日本観光振興協会の最明(さいみょう)です。
観光庁予算が拡大し、国際観光旅客税の引き上げも予定されるなか、その財源をどのように地域へ還元していくのかが、これまで以上に問われています。訪日客数や観光消費額の拡大だけでなく、地域交通の維持、受入環境の整備、住民満足度の向上につなげるには、地域が自ら課題を設定し、継続的に取り組める仕組みが必要です。本稿では、観光庁予算の使途として、都道府県DMOや地域DMOを対象とした成果連動型交付金の必要性を考えます。
写真:2026年5月11日に東海道線・大船駅発着便が廃止になった京浜急行バス(筆者撮影)
5月18日付の本コラムでは、観光庁予算の使途について述べました。日本観光振興協会は、観光関連団体や企業と取りまとめた提言の中で、国際観光旅客税の増収分の一定割合を、補助金ではなく「広域連携・都道府県・地域DMO」向けの交付金に充てるべきだと訴えています。全国一律の施策だけでは、地域ごとに異なる観光課題に十分対応できません。地域が自ら課題を設定し、長期的な視点で人材育成や交通改善、受入環境整備に取り組むには、補助金より交付金のほうが適していると考えています。
7月から国際観光旅客税は3000円に引き上げられます。だからこそ、その使途には明確な成果が求められます。旅行者が納得し、2030年に6000万人の訪日客を迎える地域の住民も「観光が地域の役に立っている」と実感できる政策でなければなりません。特に都道府県DMOや地域DMOに対しては成果連動型の交付金とすることを提案したいと考えています。
観光庁予算は、住民の満足を高めているか?
京都の市バスの混雑や、江ノ電の踏切周辺での観光客のマナー違反は、たびたびニュースで取り上げられています。こうした報道は、観光への不満が住民の間に広がっているという印象を与えます。もちろん報道には誇張もありますが、地域によっては観光と住民生活が緊張関係にあるのも事実です。観光は経済波及効果だけでなく、住民がどう受け止めているかまで含めて政策を設計しなければ、持続可能なものにはなりません。
これまでの観光政策は、旅行者と事業者を主な対象としてきました。そのため、住民の視点は十分に組み込まれているとは言えません。オーバーツーリズムへの対応が後手に回りがちだった背景には、こうした政策設計の偏りがあります。今後、都道府県DMOや地域DMOには、観光地の資源・文化・住民生活を適切に管理し、持続可能性と地域の幸福を優先する観光地マネジメント、すなわちデスティネーションスチュアードシップを担う役割を明確に持たせる必要があります。観光振興と住民満足度向上の両立を担う主体として位置づけることが重要です。
2003年の観光立国宣言以来、日本の観光政策はインバウンド誘致と受入環境整備を中心に進んできました。訪日客は増え、予算も拡大しました。しかし、いま地域で起きているのは、交通の維持の難しさ、人手不足、住民の受容の揺らぎです。宿泊者数や観光消費額だけでは、政策の成果を測れない段階に来ています。オーバーツーリズム対策においても、住民の観光に対する評価を政策に組み込むべき時期に来ています。
デスティネーションスチュアードシップを定着させ、成果につなげるには、複数年にわたる息の長い取り組みが欠かせません。しかも、人口減少で地方財政が厳しさを増す中、都道府県DMOや地域DMOに都道府県が十分な予算を配分するのは難しく、財源としては観光庁予算に頼らざるを得ないのが実情です。
単年度の個別事業を対象とする従来の補助金ではなく、地域が自ら課題を定め、複数年で観光振興と地域課題の解決に取り組める制度へ改めるべきです。そのうえで、KGIとKPIを明確に設定し、達成度に応じて増額・減額を行う成果連動型の制度にする必要があります。単なる配分ではなく、成果に応じて報いる仕組みに改めるべきです。
評価すべき成果は、量の拡大だけではありません。住民が「観光は地域に役立っている」と感じているか。医療、買物、通学を支える地域交通が維持されているか。関係人口が広がり、地域経済の循環が強まり、若い世代の定着につながっているか。そうした地域の持続可能性こそ、KGIとして据えるべきです。観光政策を交流人口や関係人口の拡大にとどめず、地域経営の政策へと進化させることが理想です。
つまり、これからの観光庁予算は、観光客数を増やすための予算から、地域の暮らしを支える成果を生み出す予算へと転換していく必要があります。
成果連動型交付金で、地域交通の持続可能性を支える
KPIは、より実務的でなければなりません。二次交通の利用率、MaaSの利用率、オンデマンド交通の混乗率、宿泊客の公共交通利用率、平均滞在時間、再訪率、DMOの自主財源率などが有力な指標になります。
大切なのは、地域ごとにバラバラの物差しを持つのではなく、比較可能な共通枠組みを設けることです。住民満足度も、統一した設問と手法によるアンケートを通じて中立的な公益法人などが評価すべきです。欧州などではすでに導入例があります。そうすれば、成果連動による増額にも減額にも納得感が生まれます。
成果連動型交付金が特に力を発揮するのは、路線バスやライドシェアなど地域交通の整備です。観光客か住民のどちらか一方だけでは、地域交通は持続しません。住民にも旅行者にも使いやすい仕組みをどう設計するかが、現実的な課題です。たとえば中国運輸局では、本数の少ない路線でも観光周遊に活用できるよう、時刻情報と地域コンテンツを分かりやすく示す工夫を進めています。地域の足を守りながら観光にも生かすという発想は、これからの政策を考えるうえで重要なヒントになるはずです。
MaaS Tech Japanの代表取締役 日高洋祐氏や日観振が幹事の観光予報プラットフォーム推進協議会の会員企業にも問いかけてみました。生活のツールとして開発したMaaSアプリを観光でも活用できるよう改良し、その原資に交付金を充てることも一考に値するとの意見がありました。ピーク時の予約管理や地域の多様なモビリティの活用、組み合わせなど、テクノロジーの力で住民と観光客の共生を図ることは可能だということです。
一方で、現行制度にはねじれがあります。赤字路線バスでは、赤字が縮小すると補助金が減る仕組みがあるため、観光による利用者増は必ずしも歓迎されません。20年近く前、JR東日本新潟支社に勤務していた際、私は越後妻有の大地の芸術祭の受け入れやツアー造成を担当しました。作品周遊に路線バスを活用しようと、地元のバス会社にツアークーポンでの乗車や、芸術祭の宣伝物へのバス利用案内の掲載許諾を依頼しましたが、利用増に伴って補助金が減額されるリスクを理由に、旅行商品への組み込みなどを断られました。
地域交通の維持に資する望ましい需要創出が、制度上は報われにくいのです。だからこそ、地域交通の維持や改善そのものを成果として評価し、交付金に反映する仕組みが必要だと考えています。
全国で実証や実装が進むMaaSも、よく見ると住民向けと観光客向けが分かれている例が大半です。事業者や自治体に問い合わせても、住民利用と観光利用を両立させようという発想自体が乏しいように感じます。背景には、自治体の発注側が住民サービスと観光の部署に分かれ、縦割りで進めていることがあるのではないかと推察しています。京丹後のmobiのように、アプリ上で観光利用と生活利用を切り替えられる仕組みは、両者をつなぐ発想として示唆に富んでいます。
また、秋田県大館市では住民向けにWillerが開発したmobiが実装され、若い世代を中心に利用が広がっていると聞きます。実車率も高く、ニーズは高いようですが、ライドシェア用の車両台数はまだ少なく、需要と供給のバランスを改善するには、なお課題があるようです。だからこそ、観光需要も取り込みながら、新たな需要を生み出し、地域交通全体の設計を積極的に考える必要があると思います。
制度を動かす人材をどう育てるか
もっとも、こうした制度は仕組みをつくるだけでは動きません。
都道府県DMOや地域DMO、自治体、そして国の側に、それを運用し評価できる人材が必要です。観光行政は比較的新しい分野であり、国にも自治体にも専門人材の蓄積はまだ十分とは言えません。観光庁は組織として大きくなりましたが、出向者への依存もなお大きく、現場で培った知見が継続的に蓄積されにくいという課題があります。
だからこそ、若手・中堅のプロパー職員を計画的に育成し、自治体やDMO、公益法人、民間企業の現場を経験させながら、制度設計と現場感覚の両方を備えた人材を育てていく必要があります。
私はここにも観光庁予算を思い切って充て、第五次観光立国推進基本計画の5年間に、観光庁プロパー職員の育成と高度化へ集中的に投じてもよいのではないかと考えています。
観光客数を増やすことだけを競う時代は、そろそろ終わりに近づいているのではないでしょうか。これから問われるのは、観光によって地域の暮らしが本当に良くなったのか、住民が「観光があって良かった」と思える地域になっているのかという視点です。そうした視点で観光庁予算を活用し、観光への信頼をより厚くしていく必要があると考えます。
最明 仁(さいみょう ひとし)
日本観光振興協会 理事長。1985年日本国有鉄道入社、JR東日本で主に鉄道営業、旅行業、観光事業に従事。日本政府観光局シドニー事務所を経て、JR東日本訪日旅行手配センター所長、新潟支社営業部長、本社観光戦略室長、ニューヨーク事務所長、国際事業本部長などを歴任。2023年6月より現職。自他ともに認める鉄道・バスファン。