日本のホテル市場は、訪日インバウンド市場に支えられて引き続き活況を呈している。2026年9月3日、グランドプリンスホテル高輪で開催された第3回日本・極東アジアホテル産業カンファレンス(AHICE)では、国内外のホテルや投資関係者が集まり、多岐に渡る議論が展開された。
同イベントは2010年に豪州でスタート。ホテル産業をオペレーションと投資の両面から展望するアジア太平洋で最大規模のフォーラムで、主催は旅行メディア「トラベル・ビジネス・メディア」。今年のAHICEには、前回を上回る350人が参加した。
国内ホテルのピークシーズンに変化
カンファレンスでは、まず、STRのアジア太平洋地域(中国除く)リージョナルディレクターのマシュー・バーク氏と日本市場責任者の櫻井詩織氏が2026年の日本のホテル市場動向について紹介した。世界のホテル稼働率が50~70%であるのに対し、日本は約8割と引き続き高いものの、需要の成長率は2025年秋をピークに5%から2.5%へと減速している。
中国市場の激減については、「日本全体では7割が内需、外需は3割。この3割の中の18%ほどが中国市場なので、全国平均に対する影響はそこまで大きくない」(櫻井氏)。他市場は2桁成長を続けているため、2026年は欧米豪のシェアが3割に達し、昨年の中国のシェア(2割)を上回っている。この結果、ADR(平均客室単価)はむしろ上昇しているという。
インバウンド市場の拡大に伴い、国内ホテルのシーズナリティにも変化が出ている。日本の内需は、1995年以降、常に夏の8月がピークだったが、訪日客需要には桜シーズン、紅葉の秋、そして冬のスキーと3つのピークがあるため、夏はむしろ閑散期に近くなる兆しすら見られると分析している。福岡では、稼働率もADRも年間を通じてほぼフラットに推移しており、国内および韓国市場が中心だった時代から大きく変化している。
日本が目標に掲げるゴールデンルートから地方への需要分散も進んでいるようだ。東京の数字は依然として別格ではあるものの、全国を43地区に分けての分析では、「全体の77%は稼働、単価ともに成長を継続」しており、東京同様、外需が内需を上回る勢いが地方都市にも広がる傾向にある。
STRのアジア太平洋地域(中国除く)リージョナルディレクターのマシュー・バーク氏
唯一、マイナス成長に苦しんでいるのが大阪で、万博終了の反動に加えて中国市場減の影響が最も大きい。京都にも影響は出ていたが、2026年に入り、ADRは持ち直している。「東京は、(インバウンドに占める)欧米豪の構成比が約6割であるのに対し、大阪は約2割。また大阪は中国市場の構成比が約3割と、全国平均より高い」(STR)ことが理由だ。
ただし、同じ大阪エリアでも、ホテルのカテゴリー別で影響には差が見られた。7月のADR下落幅では、ミッドスケールで減少幅が最も大きく(前年同月比21.7%減)、最上位クラスのラグジュアリーは3.1%減にとどまった。
明るい兆しもある。大阪の客室稼働率の前年同月との比較の推移では、万博需要がピークだった10月の減少幅が8~9月より縮小する見込みで「10月の国慶節が要因ではないかと推測している。今後を見守りたい」(STR・櫻井氏)と話した。
一方、東京のホテル市場については、高価格帯ホテルの価格高騰が目立つ。ラグジュアリーおよびアッパー・アップスケールの単価と、アッパーおよびアッパーミッドスケールのADR差は、2019年の1万7500円から、2026年は3万5600円へと倍増。その要因は好調な欧米豪需要や円安だけでなく、東京が世界の大都市に比べて、ラグジュアリークラスの客室供給が圧倒的に少ないためだとしている。
最も懸念される課題は、ホテルの GOP(総営業利益) の推移だ。東京のフルサービスホテルでは、GOPの前年比成長率がマイナスの月もあり、売上の伸びに対して、利益の成長が追いついていないことがうかがえる。STRのマシュー氏は「コストを極めて厳格に管理し、売上を確実に利益へと転換する必要がある」(STR)と問題提起した。
ホテルから見た地方への需要分散
その後のセッションで、多くの登壇者がゴールデンルート以外で熱視線を送っていたのは北海道だ。西武・プリンスホテルズワールドワイド代表取締役社長 社長執行役員の金田佳季氏は、札幌への国際線の拡充とアドベンチャーツーリズム需要の高まりが、北海道のホテル市場にとって大きな成長機会になるとの期待を示す。
北海道のカムイ・リゾートのディレクター、ナイジェル・アボット氏は、「建設コスト上昇はここでも同じだが、我々の周辺は空港から25分という立地ながら、土地価格がずっと安いので、成熟した観光地より投資効率が高く、収益性が成立しやすい」と話す。ただし、表面的な数字だけではなく、「本当にストーリーのある場所を見つけ、長期的に育てる視点が重要」とも釘をさす。
6年前から長野、箱根、那須など地方各地でタイムシェア事業とホスピタリティ事業を展開している世界大手Travel + Leisure(旧ウィンダム・デスティネーションズ)は目下、北海道・知床の国立公園での新規開発を進めている。オペレーション担当副社長・日本法人代表取締役のエリック・ディグナジオ氏は「海外オペレーターが国立公園内に進出するのは初めてになる。地元の行政や関係者と協力しながら、既存施設のアップグレードを進めている」と明かした。
同社の顧客基盤であるオーストラリア、アメリカ、東南アジアの旅行者にとって「日本の地方リゾートには都市部とは異なる魅力があり、再訪するケースが多い」(ディグナジオ氏)。コロナ禍の中で、堅調な稼働率を維持したことも、タイムシェアへの関心が世界的に高まった一因という。同氏は「唯一の課題は海外からのアクセスの弱さ」とし、物理的な交通アクセスの不便さと、情報発信の弱さを指摘する。
パンパシフィックホテルズのチョウ氏も、注目エリアとして岡山、北海道、長野の白馬、沖縄などを挙げつつ、地方進出の課題として、季節便しかないなど、航空アクセスの偏りを挙げた。「モルディブのように新築レジデンスが急成長している地域もあるが、日本の地方都市で同じモデルが成立するかは慎重に見ている。その地域への十分なアクセスがあるか、地域コミュニティがブランド価値を理解しているかが重要」と話した。
インバウンド6000万人時代に向けて
インバウンドを年間6000万人を誘致するためには、地方への需要分散は欠かせない。アコーの日本開発担当副社長、クリス・チョウ氏は「地方都市が海外の旅行マーケットとつながるためには、目的地としての発信力をもっと高めるべきだ。具体的には、政府の積極的なデスティネーション・マーケティング支援、我々のような国際ブランドが進出することで、世界中の顧客やメディア、旅行会社とつながること、それから地方都市に長期滞在型ブランドが増えること」が必要との考えだ。
西武・プリンスホテルズワールドワイドの米国担当エグゼクティブ・リージョナル・バイスプレジデント、ヴィクター大隅氏は、国際観光旅客税の収入を地方自治体のデスティネーション・マーケティングの財源とする仕組みを整えるべきだと訴えた。
豪州の旅行会社、ラグジュアリー・エスケープのビジネス開発担当ジェネラルマネジャー、ポール・ゴーマン氏は、「スキーや桜など、特定の季節だけでなく、その他の多様な魅力、例えば文化、食、ビーチなどをもっと強く発信するべき」と説く。その際、「『何を』『誰が』『いくらで』などよりも、『なぜ』を伝えることが最も人を動かす。業界全体でこの視点を共有できれば、はるかに良い結果が得られるはずだ」と提案した。
AHICE Global Conferences グループプレジデントのジェームズ・ウィルキンソン氏は、「日本市場への期待は依然として非常に大きい一方、これから問われるのは、単なる成長の『量』ではなく、成長の『質』だ」と語った