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オランダ・アムステルダムの個性派ホテルを取材してきた、自由な発想で進化したこだわりデザインの宿泊施設

個性派、進化系--。そんな風に形容されるデザイン性やスタイルにこだわった宿泊施設が、日本でも人気を博している。そのトレンドの発祥はヨーロッパ。多くの観光客で賑わう観光都市には、ユニークなコンセプトの宿泊施設が揃っている。

“ダッチデザイン”としてデザインに定評のあるオランダの首都で、200の国籍の人々が暮らす多様性都市・アムステルダムも、そんな宿泊施設の多い都市のひとつ。同市に本社を置く世界大手のOTAブッキング・ドットコムでは、“ホテルのダイバーシティ”を掲げ、同社サイトに掲載する宿泊施設の区分(「ホテル」や「リゾート」など)を30カテゴリ用意。多様なタイプの宿泊施設を揃えることにも力を入れている。

先日、ブッキング・ドットコム本社を取材した際に、人気の宿泊施設を訪れる機会を得た。同市で進化した宿泊施設のコンセプトや発想の源を聞いてきた。

政府のダメ出しで突き抜けたホテル

急斜面のハーフパイプでスケボーができたり、バスタブに浸かりながらルームシアターで映画が観れたり、なぜか部屋の中央に3つの便座のあるシャワールームとその上に手錠付きの丸いベッドがある--。そんな突き抜けた客室があるのは、「BOTEL(ボーテル)」。名前の通り、運河に浮かぶ客船型のホテルだ。

大きな赤い「BOTEL」の文字それぞれが客室。ペントハウスタイプ。ホテルは船の形だが、エンジンはついておらず、動かない

水運が発達したアムステルダムらしいホテルとして20年以上親しまれてきたが、変化が訪れたのは2年前。現在の場所に移転するのがきっかけ。政府がアートをテーマに再開発を推進したエリアへの移転を計画したところ、政府が「待った」をかけた。このアート地区で営業するのなら、エリアのコンセプトにふさわしい外観にするよう注文されたのだ。

そこで同ホテルは市内在住のデザイナーに相談。彼らのアイディアのもと、船の甲板の上にホテル名の「BOTEL」で巨大なオブジェを作った。その大きな文字の一つひとつが、先ほど紹介したユニークな客室になっている。各文字の部屋はそれぞれ別のデザイナーが担当したので、文字ごとに意匠が異なる究極の5室「5ロフトレターズ」ができた。

ちなみに、3つのトイレのある「O」の部屋は、担当デザイナーがオランダ人女優のシルビア・クリステルさんにインスパイヤーされてデザインしたもの。官能映画「エマニエル夫人」シリーズに主演し、世界的に有名になった女優だ。トイレが3つあるのは、男性1人と女性2人、またはその逆の3人で宿泊してOKだから。そしてベッドに付いた手錠などのおもちゃは、気に入れば持ち帰りも自由なのだという。

1番人気は、「E」のルームシアター付きの部屋。007シリーズの主人公ジェームズ・ボンドをテーマに、関連映画50本が見られるほか、同じエリア内にある映像の博物館「アイフィルムミュージアム」で上映される最新作品やオリジナル動画も見ることができる。

実はボーテルは3つ星クラスで、船の外観は独特だが、この5室以外の客室はシンプルで、フェリーのような雰囲気。部屋に入れば、他のリーズナブルなホテルと違いを感じる部分が少ない。行政の指導が入り、ホテルに唯一無二の個性が加わった好例といえるだろう。

ホテルだけどホテルではない

アムステルダムでも特に多様性を感じられる西側の住宅街デ・バールスチェス地区にある「Hotel not Hotel(ホテル・ノット・ホテル)」。「ホテルだけどホテルらしくない」をコンセプトに、異業種から転身したオーナーが2014年にオープンした22室の小規模ホテルだ。

特徴は、ロビーや廊下のない倉庫のような空間に、デザインの異なる小さな客室があること。スペインの白い家を思わせる客室があるかと思えば、飾りのように置いてあるトラムももちろん客室。建物の内部にいるのに、屋外にいるかのようにも感じられる。

倉庫のように柱しかなかった建物内に客室を作ったのが独特。
トラムの真後ろ、階段を挟んだ左側、斜め左後ろの建物も客室。

2階のライブラリーも一工夫されており、本棚がドアのように開き、その奥は客室になっている。これらは自身のベルリン旅行で刺激を受けたオーナーが、若手デザイナーらと組んで作ったものだという。

なぜこんなスタイルになったのか。実はホテルが入居する建物は2012年頃には完成していたというが、当時のオランダはユーロ危機のあおりを受けて不景気で空き家が多かった。ホテルが入居した部分も倉庫のように空間が広がっていただけだったが、オーナーは「その方が工夫のしようがある」と判断した。

不景気でも開業を決めたのは、アムステルダムの観光は活況だったことと、「若手デザイナーとコラボすれば何とかなる」という根拠のない自信。内装も「ラフなデザインしか知らないままスタートした」ほど。無鉄砲にも感じられるが、結果、成功し、今ではホテルの人気の高まりとともに、担当した若手デザイナーも賞を受賞する人もなど成長を遂げているという。

アムステルダムの新旧ユニークホテル

このほか、アムステルダムらしいユニークなホテルとして欠かせないのは、ボートホテル。これは実際に運河に浮かぶボートハウスに宿泊するもの。市内の運河には2500隻のボートハウスがあり、ボートで暮らす生活は日常のこと。アムステルダムらしい体験ができるとして人気だ。

ただしこれ以上、運河上でボートが停泊できる場所がないため、開業には現存のボートハウスを譲り受けなければならないハードルがある。つまり、ボートホテルそのものが、稀少な存在となっている。

また、ホテルではないが、「ClinkNOORD Hostel(クリンクノールド・ホステル)」は、冒頭に紹介した「ボーテル」と同じ、アムステルダムの北側(ノールド地区)に2015年にオープンしたホステル。オランダが世界に誇る石油会社「ロイヤル・ダッチ・シェル」の本社だった建物をコンバージョンした。古いレンガの外観と異なり、内部はフロント周りから共有スペースまで、様々な個所で遊び心がうかがえる。

元シェルの本社だけあって規模が巨大。220室820ベッドを有する。食堂、ゲーム、バー、アクティビティエリアなどスペースが多く、この広さを活用して世界の若手アーティストを招いて期間限定のギャラリーを開催したり、コンサートを開くこともある。大学や高校のスクールトリップなどの団体利用も多いという。

取材:山田紀子