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海外の観光機関の事例に学ぶ危機時の活動、20種類の危機管理シナリオや、外出自粛期間中の旅行会社向けオンライン研修など【コラム】

ディスカバー・プエルトリコがミーティングプランナーに送付したコーヒー

こんにちは。DMOコンサルタントの丸山芳子です。米国、欧州を現地調査した経験をもとに、日本のDMOを支援しています。

今回のコラムは、新型コロナウイルス(COVID-19)が世界の観光産業に大きな打撃を与えるなか、プエルトリコのDMO「ディスカバー・プエルトリコ」が、コロナ禍をいかに乗り越えようとしているかについて紹介します。

災害発生時から復興見据える

プエルトリコは、カリブ海北東に位置するアメリカ合衆国の自治領。島国で人口は約370万人と、静岡県ほどの規模です。観光は国内総生産(GDP)の10%を占める重要な産業ですが、毎年のように災害、事件を経験しています。2016年のジカ熱の流行、2017年のハリケーン・マリアによる壊滅的な被災、2019年には大規模政治デモ、そして2020年1月に発生した2回の大地震は、3月になっても何千人もが避難所で暮らすほどの被害をもたらしました。一方で、プエルトリコの観光業はそのたびに試練に直面しているからこそ、災害に対する強さを身につけたとも言えます。

復興のためのプロモーションや情報発信について、日本では災害対応がひと段落してから始めるケースが少なくありませんが、海外の危機コミュニケーションは、災害発生時点から復興を見据えています。もちろん、危機発生前の計画、準備も入念にしています。

ディスカバー・プエルトリコは、過去の経験から約20種類の危機コミュニケーションのシナリオを策定しています。新型コロナウイルス対策では、3月初めに「航空機による感染シナリオ」を発動。本来、春休みのこの時期はプエルトリコ観光のピークシーズンで、多くの旅行者が見込まれていました。

地元事業者にはリアルタイムの観光の動向、旅行者、旅行計画者にも必要な情報発信をし、まずは危機的状況の緩和を目指したのです。

世界に先駆け仕掛けたバーチャル旅行

プエルトリコのシナリオには、危機に対応する影響期と、回復に向けた再開期があります。いまはまだ、感染拡大の影響期で、現状の情報共有をしたうえで、ディスティネーションとして真っ先にプエルトリコを想起してもらうことをマーケティング目標として掲げています。

3月初めに観光関連のジャーナリストにアンケート調査をしたところ、回答者の8割が感染拡大の局面でも観光の記事を書いていること、また最新のニュース価値ある情報を探していることが浮き彫りになりました。つまり、有料メディアへの出稿を中止する一方で、ソーシャルメディア、そしてソーシャルメディアを活用したアーンドメディア(Earned Media:コンテンツの拡散を促す媒体)の重要度が増しているのです。

こうした状況を活用して立ち上げたのが、「バーチャルウィークエンドゲットアウェイ(逃避)」キャンペーンです。コンセプトは自宅にいながら、プエルトリコに逃避する気分を味わってもらうこと。バーチャル旅行のアプローチはいまや世界各地で行われていますが、プエルトリコが仕掛けたタイミングはその先駆けでした。

具体的には、インスタグラムでサルサ、カクテル、料理の教室のライブ配信を開催しました。当初、限定の開催でしたが、1回ごとの数百人もの参加があり好評だったため、4月は毎週実施。コンテンツに楽しんでもらいつつ、自然にプエルトリコの文化に触れることができるため、一般観光客へのブランド想起として有効だったと言えます。

この施策は、ディスカバー・プエルトリコのねらいどおり、多くの一流観光媒体が記事として取り上げました。キャンペーン開始から約1週間の媒体露出量は、広告価値への換算で300万ドル(約3億2000万円)に上ったそうです。さらに、SNSでも拡散し、1億7400万インプレッションを獲得。新たなフォロワーが得られ、キャンペーンとして成功をおさめました。こうした反響は地域も勇気づけ、ライブ配信の講師として参加したいという事業者も現れました。

ディスカバー・プエルトリコのバーチャル旅行。5月もラム酒講座などを実施

反発や炎上招くプロモーション活動とは

また、MICE誘致チームは、得意先のミーティングプランナー1000人をリストアップし、コーヒーのプレゼントを送付しました。もちろんプエルトリコ産で、地元の事業者に協力を仰いだもの。添付メッセージには「今は大変なときだが、コーヒーを飲んで休憩して」と記し、販促の要素を含めなかったのもポイントです。

また、営業チームが、通常有料の旅行会社スタッフ向けオンライン研修を期間限定で無料提供したところ、1カ月間の受講者数が昨年半年分に匹敵。需要が急減したことで生まれた時間をうまく活用したのです。

このように、危機状況における取り組みは、いつも以上に十分な作戦を立て、洗練された手法が求められます。押しつけがましいと、かえって反発や炎上を招くことにもなりかねません。米国は感染者数増加の報道ばかりが目につきますが、そうしたなかでもディスカバー・プエルトリコは対象者の感情や状況に配慮しつつ、積極的に活動しています。ディスカバー・プエルトリコがミーティングプランナーに送付したコーヒ

旅行者の意識変化を見逃さないために

ディスカバー・プエルトリコは、情報発信の一方で回復の兆しも探っています。まず、新型コロナウイルスに関して世界中のコンサルティング会社が無料提供しているデータをもとに、全体のトレンドを把握。そのうえで、毎週、米国本土の居住者を対象とした独自の意識調査を実施しています。プエルトリコへの旅行意向、来訪手段などを定点的にチェックすることで、旅行者の意識が変化するタイミングを見逃さず、プロモーションの方向性を決定していく考えです。

このようにさまざまな角度から戦略を策定しているディスカバー・プエルトリコですが、実は組織の開設は2018年7月と、つい最近のこと。2017年秋のハリケーンの被害が甚大だったため、復興を目指して設立されました。ハンディを背負ったうえでのスタート、かつ職員の多くは新人ばかりだったにもかかわらず、わずか2、3年でこれだけの危機コミュニケーションを展開できるほどに急成長しています。

ディスカバー・プエルトリコCEOのブラッド・ディーン氏は、「これまで頻繁に危機を経験したが、観光は必ず復活する」と訴えています。つまり、プエルトリコは災害に伴う数々の危機を乗り越えてきたからこそ、新型コロナウイルスという未曾有の事態でも、多くの国・地域と差別化した取り組みが可能になったとも言えます。

丸山芳子(まるやま よしこ)

丸山芳子(まるやま よしこ)

ワールド・ビジネス・アソシエイツ チーフ・コンサルタント、中小企業診断士。UNWTO(国連世界観光機関)や海外のDMOの調査、国内での地域支援など、観光に関して豊富な実績を有する海外DMOに関する専門家。特に米国のDMOの活動等に関し、米国、欧州各地のDMOと幅広いネットワークを持つ。DMO業界団体であるDestination International主催のDMO幹部向け資格「CDME(Certified Destination Management Executive)」の取得者。企業勤務時代は、調査・分析、プロモーションなどの分野でも活躍。