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日本の国際クルーズが再開できないのは何故か? 2つのハードルと、早期再開すべき理由を日本国際クルーズ協議会の会長に聞いてきた

2022年10月11日に入国者数の上限撤廃と訪日個人旅行の解禁、短期滞在ビザ免除が開始され、いよいよ海外旅行と訪日旅行の本格的な再開が期待される。実際、航空各社は日本路線の運航再開を発表し、日本行き航空券予約も急増するなど、空の旅は急ピッチで通常モードに戻ろうとしている。

しかし、この動きに追従できていないのが、外国客船による日本発着の国際クルーズ(寄港地や発地・着地に海外を含む外航クルーズ)だ。外国船社の日本法人等で構成する日本国際クルーズ協議会(JICC)会長の堀川悟氏(カーニバル・ジャパン社長)は、「空の旅が開けば、日本発着の国際クルーズも再開になると思うのが普通。しかし、外国客船が運航を再開するには2つの障壁がある」と話す。そして「このままの状態が続けば、日本は大きなチャンスを失う」と警鐘を鳴らす。

なぜ現在の枠組みでは、外国客船による日本発着の国際クルーズを運航することが難しいのか。外国客船の日本発着クルーズの運航がなくなった場合の影響とは? 堀川氏に聞いた。

運航再開に立ちはだかる2つの障壁

堀川氏が指摘する1つ目のハードルは、検疫。

そもそも飛行機と船舶は、検疫体制が違う。また、新型コロナウイルスは現在、感染症法上、2類相当の「指定感染症」の分類で「検疫感染症」の対象であるため、通常時とは異なる検疫審査となっている。これを踏まえ、飛行機では検疫審査の簡素化を目的に、入国者健康居所確認アプリ(MySOS)で済ませる「ファストトラック」が整備された。

一方、船舶でおこなわれるのは「無線検疫」。船が入港前に、乗船者全員の健康状態を確認して連絡し、検疫がその通報内容を審査する。検疫が問題ないと認めれば、乗船者の入国が可能になる。

ただし、もし検疫が「検疫感染症の病原体が日本国内に侵入する恐れがある」と判断した場合は、検査官が乗船して検査をする「臨船検疫」に移行する。発熱やのどの痛みなどは珍しくない症状だが、コロナが検疫感染症の対象になっている現在、検疫が必要と判断したら、臨船検疫となるのだ。

そうなった場合、船上では感染が疑われる乗船者や陽性判定された乗船者の濃厚接触者にPCR検査を実施。それ以外の乗船者にも問診を行い、必要な人にはPCR検査をおこなう。つまり、乗船者全員の健康状態を確認し、必要な措置を終えてから入国となる。これが乗客乗員数4000人~5000人以上となる外国船社の大型客船でおこなわれると、少なくとも1日半程度の時間が必要になる。

この間、船と乗客は港付近の洋上で留め置かれることになる。運航に支障が出るため、次のクルーズは中止を余儀なくされる。そして、クルーズがまた、港付近に留め置かれている状況が世間に発信されれば、検疫審査で問題がなかったとしても、風評被害に晒される懸念もある。

堀川氏は「お客様に安心して乗船いただくためにも、少しでもこのような可能性がある場合は、船社が日本での運航再開を決定できない」と説明する。

2つ目のハードルは、外国船社用の運航ガイドラインの策定・承認だ。

現在、日本では、日本の客船会社向けの国内クルーズの感染予防対策ガイドラインはあるが、外国船社による日本発着国際クルーズ用のガイドラインは策定されていない。このためJICCは現在、北米、欧州、豪州で運航している外国客船のガイドラインを日本での運航に即した形で作成を進めている。これを早期に承認を得て、運航可能な状態にする必要があるという。

堀川氏は、「検疫の緩和とガイドラインの承認が早期になされなければ、外国船社は日本への配船を決定できない。そうなると、2023年度以降の運航にも影響が出る」と危惧する。

日本国際クルーズ協議会(JICC)会長の堀川悟氏(カーニバル・ジャパン社長)

2023年度の運航判断に影響する理由

なぜ、これら2つのハードルが早期に解消される必要があるのか。

それは今が、外国船社が2023年度の日本発着国際クルーズの運航判断をする時期に差しかかっているから。再開には、スタッフの再雇用をはじめとする人材確保や、日本に船を持ってくるための運航期間も必要で、堀川氏は「運航再開の決定から就航まで、最低でも3カ月はかかる」という。来年春から始まる2023年シーズンの実施判断は、まさに今が重要な時期にあるのだ。

堀川氏は「各船会社は日本市場に需要があり、かつ、日本に多彩な寄港地があるからこそ、日本発着クルーズを運航し、デスティネーションの魅力を世界に発信している。それでも船を日本まで持ってくるからには、シーズンを通して運航し、収益を上げたいと思う。それが叶わないなら、日本発着クルーズを取りやめ、マーケットが活況な地域への配船を判断せざるを得ない」と説明する。

地方の港町を国内外に開く

堀川氏によると、岸田総理大臣による入国規制の緩和発表を境に、日本発着の国際クルーズに対する外国からの予約が急増したという。堀川氏が日本代表を務めるプリンセス・クルーズでは春の桜を見るクルーズの海外からの予約が、9月下旬にそれ以前と比べて15%増加した。堀川氏は、「日本国内のみならず、海外からの日本発着クルーズに対する人気の高さを改めて実感している」と強調する。

訪日外国客数が3000万人を突破した2019年、クルーズでの訪日は200万人で、その経済効果(旅行消費額)は805億円に上った。航空機での訪日客と比べると数は少ないが、堀川氏は、飛行機にはないクルーズでの訪日旅行の特色として「日本には全国200の港があり、直接、地方の小さな港町に訪日客を案内できる。もちろん日本発着クルーズのメイン市場は日本であり、日本人客による効果も大きい」と、津々浦々の地方経済に直接寄与していることをアピールする。

プリンセス・クルーズは現在、国内50の港を寄港地としており、日本の地方に入り込む門戸を国内外に開いた。「国際空港から距離のある町にも、国が観光立国で目指すものを実感してもらえる機会になったと思う。これは航空機だけの旅行ではなかなかできないこと」と、クルーズが地方の町に直接的に影響する効果を強調。外国船社は欧米豪に巨大な顧客網があり、長期的に観光需要をもたらすことができるのも、日本発着クルーズならではだという。

機会喪失が3年間に広がる可能性も

外国船社はコロナ以降も、世界各国の運航計画に日本発着クルーズも含めて、販売してきた。そして日本発着クルーズだけが再開できない状況になっても、2020年の予約客の9割は2021年に振り替え、2021年が中止になると2022年へと予約がスライド、というように、この2年間、予約客と船会社は日本発着クルーズに対する期待と失望を繰り返してきた。

2023年のシーズンも予約が入っているが、堀川氏は海外の顧客の予約に変化の兆候を感じとっている。

「クルーズは熱心なファンが多く、1つのシーズン中に同じコースをリピートしたり、コースを2つ3つ繋げて乗船したり、中にはシーズンを通して暮らすように乗船する顧客がいる。しかし、日本発着クルーズでは、そういう予約が減ってきている」という。それは、予約とキャンセルが繰り返されたことによる不安や、日本を旅行することへの意欲の低下の表れといえるのではないだろうか。

もし2023年も運航できなければ、日本の各寄港地には3年間、外国客船によるクルーズ効果が及ばなくなる。そして日本発着クルーズのリピーターが、別の寄港地に鞍替えすることも考えられる。堀川氏は、「これまで積み上げてきた日本のクルーズ市場と訪日旅行市場にとって、大きな損失になるのではないか」と訴える。

日本では過去にも、外国船社による日本発着の国際定期クルーズの運航があった。しかし、日本に根付き、市場の成長が続いているのは、プリンセス・クルーズが日本発着の国際定期クルーズを開始した2013年以降のこと。日本のクルーズ人口は長く20万人前後で推移していたが、2013年以降は同年の23.8万人から2019年には35.7万人へと拡大した。日本がソースマーケットであることが世界に周知されたことで、他の外国船社が日本発着クルーズに参入し、日本のクルーズ市場の成長を牽引している。

現時点では、全体の旅行市場からみれば、クルーズは決して大きい市場ではない。しかし、海洋国家である日本の利点を生かす意味でも、クルーズ振興は欠かせない。四季の変化と景観、歴史文化の多様性に富み、200もの港が集中して点在する日本のような寄港地は、世界的にも珍しいと、堀川氏はいう。地中海やカリブ海のように、世界のクルーズ寄港地として圧倒的なブランド力を持つ可能性が、日本にはある。その成長の芽がコロナで止まることがないよう、願うばかりだ。

外国客船の日本発着クルーズには、日本をメインに回るコースに魅力を感じ、飛行機で訪日してから参加する外国人旅行者も多い。写真は2019年ゴールデンウィークに実施したノルウェージャンクルーズ。旅程を終え、下船する様子

クルーズ客船の安全対策とは?

外国船社は欧米豪でのクルーズ再開にあたり、各客船に様々な安全対策を講じた。医務室は陰圧室とし、ウイルス等が室外に排出されない換気対策を実施。全客室の一定数を隔離室に改修し、室内の空気が公共スペースに循環しない換気システムを備えた。乗船中に陽性となった乗客は隔離室に移され、最終港まで安全に案内される。

また、運航ガイドラインは米国疾病予防管理センター(CDC)と各客船会社の感染症専門官が協議の上、北米、欧州、豪州など運航地域の実情にあわせて作成・更新している。北米と欧州では国自体が通常に戻っていることを踏まえ、ガイドラインは緩和された。一方、豪州では現在も厳格なプロトコルで運航されている。JICCでは豪州を参考に、日本での運航ガイドラインを作成しているという。

その内容はクルーズ中に発生した陽性者の割合に応じて、大きな船内イベントの中止やサービスの制限等の段階的なアクションプランを策定し、クルーズを安全に継続してくもの。日本では、豪州よりも厳しい条件を付けた。

堀川氏は「北米、欧州、豪州では、現在までに船内でのアウトブレイクによるクルーズの途中キャンセルが発生したという例はない」と話している。