
世界のホテル業界は、ブランドの多様化と明確なポジショニング戦略によって激しい競争を繰り広げています。中でも、私が注目しているのが、マリオット・インターナショナルとアコー、2つのホテルグループです。
外資系ではヒルトン、IHG、ハイアットを含めた5大グループが勢力を競っていますが、ブランド数においてはマリオットが36ブランド、アコーが53ブランドと突出しており、この2社がブランドポートフォリオの「量と多様性」において抜きんでています。
両社ともに同業他社の買収によって成長してきた歴史を持ち、それぞれが傘下に異なる文化的背景や運営モデルを持つブランド群を抱えています。ブランド数の多さは多様なニーズへの対応力や市場適応力の広さを意味していると言えます。
新興国市場やライフスタイル領域への投資も積極的です。そこで今回は、この大手2社のブランド構成を例にとり、比較してみたいと思います(ハイアットも35ブランドありますが、規模が小さいので、残り2グループを含めて別の機会に比較してみたいと思います)。
ブランド数ではアコーが最多、マリオットも急拡大
外資系ホテルグループによる日本進出が加速する中で、最も多様なブランド展開を見せているのが、マリオットとアコーです。両社は世界中で数十のブランドを展開し、宿泊客のニーズや価格帯、滞在目的に応じてきめ細やかなポートフォリオを構築しています。
まず注目すべきは、両社のブランド数です。
- マリオット:36ブランド
- アコー:53ブランド
どちらも5大ホテルグループでは高水準ですが、アコーの多さが目を引きます。
マリオットは2016年のスターウッド買収以降、急激にブランド数を増やし、現在では「エディション」や「リッツ・カールトン」などのラグジュアリーブランドから、「モクシー」や「フェアフィールド・バイ・マリオット」などのミッドスケールブランドまで幅広い展開を見せています。近年では、バケーションレンタル型(一棟貸し民泊)の「アパートメンツ・バイ・マリオット・ボンヴォイ」や「ソンダー」なども加わり、アセットライト戦略(自社でホテルの土地や建物などの「資産(アセット)」を保有せず、主にフランチャイズやマネジメント契約を通じてホテルを展開する経営戦略)の深化がうかがえます。
マリオットグループのブランド:同社公式サイトより
一方、アコーはフランス発祥のグローバルチェーンで、もともとブランド数が多いことに加え、ライフスタイル系ホテルの勢力を強化するために、イニスモアとの合弁で多数の新興ブランドを取り込んでいます。「ザ・フートン」や「モーガンズ・オリジナルズ」、「ママシェルター」など、ユニークで尖ったブランドも多く、ブランドの“顔”がマリオットよりも多彩なのが特徴です。
アコーグループのブランド:同社公式サイトより
マリオットは階層別、アコーはライフスタイルに厚み
マリオットとアコーのブランドカテゴリを比較すると、設計思想に違いが見られます。マリオットのブランドは以下の4区分に分類されます。
- ラグジュアリー(例:エディション、リッツ・カールトン)
- プレミアム(例:マリオット、シェラトン)
- セレクト(例:コートヤード、モクシー)
- 長期滞在(例:レジデンス・イン、エレメント)
一貫して階層(高級→中級→低価格)で分けられており、ビジネスユースや観光、長期滞在といった用途に応じてスムーズに提案できる構造です。
(出所)会社ホームページ等より著者作成
マリオットのブランドの中でユニークな存在といえるのが、「エディション」です。高級ブティックホテルという位置づけながら、デザイン、音楽、食のすべてにおいて極端なまでに「スタイリッシュさ」と「ローカル性」にこだわっており、創業者は著名なナイトライフ・プロデューサーであるイアン・シュレーガー氏です。東京・銀座のエディションでは、地下に隠されたカクテルバーやミシュラン星付きのレストランが併設され、“都会の社交場”としても知られています。
また「マリオット・ボンヴォイ・アパートメント」は、いわゆる「レジデンス型」の長期滞在者向けブランドです。都市部での新しいライフスタイル需要に応えるもので、ホテルサービスを受けつつ、暮らすように泊まるスタイルが特徴です。ビジネストラベラーや海外赴任者などをターゲットとしています。まだ展開は限定的ですが、マリオットの新たな柱として注目されています。
アコーは大きく5カテゴリーに分類されています。
- ラグジュアリー
- ライフスタイル(バイ・エニスモア)
- プレミアム
- ミッドスケール
- エコノミー
注目すべきは「ライフスタイル・バイ・エニスモア」という独立した区分です。25hours、モンドリアン、ザ・フートンなど、都市型・文化重視・デザイン重視のホテルを明示的に「ライフスタイル」と位置づけています。アコーとロンドン発のホテル開発会社 エニスモアが2021年に設立したジョイントベンチャーによって運営されている、ライフスタイル特化型ブランド群です。
また、アコーは「ホテルF1」「イビスバジェット」などの超エコノミー帯ブランドにも力を入れており、ヨーロッパや新興国市場においてボリュームゾーンを押さえる戦略が目立ちます。
(出所)同社公式サイト等より著者作成
アコーで際立ったブランドの一つが、「ママシェルター」です。“ホテルなのに、バーでライブがある”“レストランにスケートボードが吊られている”など、型破りな演出が話題で、アーティスティックで陽気な空間づくりが特徴です。設計はフィリップ・スタルク氏が手がけており、デザイン性とサブカルチャー志向が融合した、アコー内でも異色の存在です(日本には未進出)。
もう一つ、アコーが誇るエコラグジュアリーの先駆けが「マンティス」です。南アフリカ発祥のこのブランドは、動物保護区に立地したロッジや、エコサファリと一体化した宿泊施設など、自然環境と共生するユニークな宿泊体験を提供します。ホテルというより「体験型滞在」としての位置づけであり、SDGsやエコツーリズムに関心を持つ富裕層に人気があるようです(日本未進出)。
日本展開はマリオットが先行、アコーも本腰
ブランド数ではアコーが上回るものの、日本国内での展開ではマリオットの方が圧倒的に先んじています。地方都市やリゾートにも展開され、ブランドの認知が高まっています。一方、アコーは中価格帯ブランドを中心に日本展開しており、ラグジュアリーブランドの進出計画も予定されています。
森トラストは多くの外資系ホテルグループと連携して国内各地にホテル展開を進めています。マリオットのブランドも手がけていますが、今のところアコーはないようです。マリオットが階層型・グローバル統一志向で日本展開ではアコーに先行していること、アコーはブランド数が多いが欧州ローカルに強みを持ち、アジア展開はこれからといった差が背景にあるとみられます。
10年以上前から外資系ホテル大手の日本展開加速を見越し連携してきた森トラストの伊達美和子社長は「中国や東南アジアでマリオット、ヒルトン、IHGなどが多くのホテルを開業するのを見ていた。現地の観光が活性化されれば、次に日本のインバウンドに目が向けられるのは明らかだったので、各社との連携を図った」と語ります。
「“真新しさ”のアピールが求められるため、これからも日本初進出のブランドは増えるだろう」と伊達社長は見通します。大手だけでも日本未進出のブランドが多い現状、今後も「日本初上陸」をうたった新ブランドの進出が続きそうです。

山川清弘(やまかわ きよひろ)
東洋経済新報社編集委員。早稲田大学政治経済学部卒業。東洋経済で記者としてエンタテインメント、放送、銀行、旅行・ホテルなどを担当。「会社四季報」副編集長などを経て、現在は「会社四季報オンライン」編集部。著書に「1泊10万円でも泊まりたい ラグジュアリーホテル 至高の非日常」(東洋経済)、「ホテル御三家」(幻冬舎新書)など。