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オープンAI会長が語った、観光産業を変える「AIエージェント」と「AIメモリ(記憶機能)」、その未来と戦略的視点とは?

ChatGPTなど生成AIを開発してきたオープンAIの会長、ブラッド・テイラー氏は、世界のテック業界で数々の革新を成し遂げてきた。Googleマップの開発を手がけたほか、Facebookでは「いいね!」ボタンやニュースフィードを生み出し、さらにTwitter会長としてイーロン・マスク氏への売却を指揮した人物だ。セールスフォースの共同CEOを経て、現在はオープンAI会長として人工知能の最前線をリードする一方、新興企業シエラの共同創業者として顧客対応AIエージェントの開発にも取り組む。

このほど開催された国際カンファレンス「スキフト・グローバルフォーラム」では、観光産業ニュース「スキフト(Skift)」の創業者兼CEOラファット・アリ氏と対談をおこなった。テイラー氏が語った、AIが観光産業にもたらす二大テーマ、「エージェント」と「AIメモリ(記憶機能)」についてレポートする。

AIを活用した「エージェント」の定義、観光産業における役割

テイラー氏はまず、AI文脈における「エージェント」の意味を定義した。

「エージェントという言葉は『代理』に由来し、単に決められたルールを実行するのではなく、自律的に推論し、予期しない行動をとることができるソフトウェアを意味する」と説明する。

観光産業では、顧客の要望が一様ではなく、突発的かつ複雑なケースが多い。例えば病床の家族に会うための急なフライト変更、大人数の宿泊客に対応するための部屋割り調整などが典型だ。こうした場面でAIを活用したエージェントが活用できれば、人間的な柔軟さと温かみを備えた顧客対応をデジタルで実現できる。

テイラー氏は「もしエージェントが実用化されれば、デジタル体験は人間的な接客に近づく。観光産業にとって、極めて大きな進化になる」と強調した。

顧客接点の変革:ウェブ→アプリ→エージェント

議論はデジタル接点の変遷に移った。

テイラー氏は「1995年にはウェブサイト、2015年にはモバイルアプリが必須だった。そして2025年にはエージェントが不可欠になる」と展望した。

エージェントは、スマートフォンやPCだけでなく、電話、WhatsApp、LINE、SMS、スマートスピーカーなどあらゆるチャネルで利用できる。ユーザーはインターフェースを意識せず、自分の言葉で要望を伝えるだけでよい。「顧客は状況を伝えるだけで、エージェントが複雑な手続きを代行してくれる(テイラー氏)」。このように、デジタル体験の入り口が根本から変わろうとしている。

さらに、テイラー氏は「今後、企業はウェブサイトやモバイルアプリ以上に、AIを活用したエージェントの構築に力を注ぐことになる」と指摘し、顧客接点がウェブサイトやアプリから「エージェント」へとシフトする未来像を提示した。

AI導入はコスト削減を超え、収益拡大の手段へ

AI活用はコスト削減と結びつけて語られることが多いが、テイラー氏はこの発想を超えるべきだと主張する。

「もしCEOが10ドルのコスト削減を達成したなら、そのうち9.95ドルを成長投資に回すだろう」と述べ、AIを効率化の道具にとどめず、収益拡大や市場シェア獲得のための戦略的投資と位置付けるべきだとした。

すでに旅行分野でも、AI活用のエージェントが問い合わせ対応だけでなく、旅先での追加消費促進やロイヤルティプログラムへの誘導を担い始めている。テイラー氏は「ブランドがAIを適切に導入すれば、旅行者にシームレスな体験を提供でき、結果として競争力を高められる」と強調した。

オープンAI会長 ブラッド・テイラー氏

パーソナライズ体験は「AIメモリ(記憶機能)」が生み出す

テイラー氏が特に力を込めたのが「AIメモリ(記憶機能)」だ。

顧客との過去のやり取りを記憶し、次の体験に生かすことで、一人ひとりに寄り添った対応が可能になる。具体的には「お気に入りのホテルで、フロントが顧客の名前やコーヒーの好みを覚えているように、AIを活用したエージェントも顧客の履歴を覚え、関係性を深めることができる」ということだ。

予約システムやCRM、顧客データ基盤など断片化した情報を統合し、再訪時に同じ要望を繰り返す必要がなくなれば、顧客体験の質は飛躍的に向上する。それは企業にとってロイヤルティ強化と市場シェア拡大につながる。

また、AIメモリ(記憶機能)が「デジタル・コンシェルジュ」として機能すれば、予約から滞在、帰宅後のフォローアップまで一貫した顧客体験を提供できる。テイラー氏は「エージェントとAIメモリの融合が、観光体験を新たな次元へ引き上げる」と語った。

観光産業に求められる戦略的視点

対談の終盤、テイラー氏は観光産業の経営者に向けて警鐘を鳴らした。

AIを通じて旅行計画や意思決定を行う消費者が増える中、企業は「自社がAI時代にどう存在するのか」を明確に戦略設計しなければならないとした。

テイラー氏は、「AIは一過性の流行ではなく、消費者行動を根本から変える潮流である。観光事業者がAIと、どのように関わるのかを定めなければ、競争に取り残される」と強調した。

今回の対談は、ウェブやアプリに代わる「新しい玄関口」としてのAIエージェント、そして顧客一人ひとりを理解し続けるAIメモリの重要性を浮き彫りにした。観光産業において、これらの技術の活用こそが次の競争優位の鍵になることを示唆している。

※編集部注:AIを活用した「エージェント」という言葉は、英語(Agentic AI、AI Agent)でも、日本語(エージェント型AI、AIエージェント)でも、まだ用語定義が定まっていません。現時点で確立されていない新用語のため、表現に揺れが生じます。

取材・文 鶴本浩司