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観光産業が関わるべき「ふるさと住民制度」、政府の「地方創生」施策が観光の成長につながる可能性を、内閣審議官に聞いてきた

政府が2025年6月、今後10年を見すえて打ち出した「地方創生2.0基本構想」。人口減少時代に地域が自律的かつ持続的に成長する「稼げる」経済を創出するとともに、都市部の住民が地域と多様に関わる関係人口の拡大などによって地域が活性化することを目的としている。具体策としては、「ふるさと住民登録制度」の創設や「企業版ふるさと納税」の推進があり、観光産業に大きく関わる施策が多い。

内閣官房新しい地方経済・生活環境創生本部事務局内閣審議官の岸田里佳子氏への取材(2025年8月に実施)から、施策の概要や持続可能な観光産業の成長につながる可能性を探った。

緩やかなつながりを構築

若者や女性の地方離れが深刻化するなか、「都市」対「地方」の構図ではなく、相互につながり、高め合う社会の実現に向けて期待されているのが、2025年度中の創設が見込まれている「ふるさと住民登録制度」だ。

地域のファンを住所地以外の地域に継続的に関わる人として登録することで、関係人口の規模や地域との関係性を可視化する。誰もがスマートフォンのアプリで簡単に登録できる仕組みで、関係府省庁が連携してプラットフォームの構築を進めている。

自治体はイベントや行政サービスの情報を提供し、ふるさと住民は特産品購入やふるさと納税、観光などを通じて地域経済の活性化に寄与する。また、ボランティアや副業、二拠点居住などで地域の担い手として活躍することも想定されている。岸田氏は「普段、使い慣れているアプリを活用し、旅行だけでなく地域との関わりも促進する、多面的な取り組みとして、関係人口の創出を目指している」と話す。

居住する定住人口でも、観光目的で訪れる交流人口でもなく、地域と多様な形で関わる人々を指す概念とされる関係人口。岸田氏は「例えば週2~3日別の地域でオンライン勤務をおこなったり、副業的に地域と関わりつつ、その土地ならではの食を地域通貨で楽しんだりするなど、緩やかなつながりをどう政策として構築できるかを考えたい」との見解を示す。

産業を掛け合わせ化学反応を起こす

ふるさと住民登録制度と並んで、観光産業との共創が特に期待されるのが、内閣府地方創生推進事務局が中心となって実施している「企業版ふるさと納税」だ。

企業版ふるさと納税は、国が認定した地域再生計画に位置づけられる地方公共団体の地方創生プロジェクトに対し、企業が寄附を行った場合に法人税から税額控除を受けられる仕組み。損金算入による軽減効果(寄附額の約3割)と税額控除(寄附額の最大6割)を組み合わせることで、寄附額の最大約9割が軽減される。たとえば、1000万円を寄附した場合、企業の実質的な負担は約100万円にとどまる。

この制度を活用した成功事例の一つとして、岸田氏は、青森県弘前市の「援農ボランティアツアー」を挙げた。弘前市は日本一のりんご産地だが、農業従事者の減少や高齢化が深刻で、繁忙期の労働力不足が課題となっている。そこで市は飲料メーカーからの寄附を得て協議。全国から、りんご収穫ボランティアを募集し、農家での1日体験に加えて、ツアー前後に宿泊助成を行い、観光滞在も楽しめる仕組みを整えた。

2023年度に初めて実施したところ、参加者282名のうち約7割が青森県外から訪れ、170名が市内に宿泊。農作業体験だけでなく、地域との交流や観光の新しい形として注目されており、今年も10月18、25日、11月1、8日に実施し、生産者との交流会も組まれている。岸田氏は「単なる観光にとどまらず、人手不足や環境問題など地域の課題解決に関わる体験として、都市と地方のつながりを生み出す取り組み。旅行会社をはじめ、さまざまな企業が関わることで、これまで形にならなかった事業を動かすきっかけになってほしい」と話す。

また、地域の稼ぐ力を高めるためには「多様な産業を掛け合わせ、化学反応や新結合を起こすことが重要だ」とも強調する。農業や製造業に加え、地域の伝統工芸やものづくり体験を軸としたクラフトツーリズムなど、単に観光名所を巡るだけでなく、地域の職人や生産者と直接触れ合い、ものづくりの過程や文化に触れる旅行スタイルにも注目している。

まちづくりと観光、地域の誇りを守る視点が鍵に

これまで観光だけでなく、都市計画や住宅整備に深くかかわってきた岸田氏は、「住民の誇りを損なわず、地域にとって本当に価値のある形で観光を進めることが大切」と指摘。短期的な流行や作り物の観光施策は、一時的なにぎわいを生むだけで、長期的には地域に負の影響を残す可能性があると警鐘を鳴らす。

ふるさと住民登録制度や企業版ふるさと納税に観光産業が深くかかわっていくことで来訪者に地域経済や文化への理解、地域課題の解決につながる体験を提供することができる。それによって、訪問者の地域での体験価値と満足度が向上し、地域との交流が継続することで地方創生に資する可能性がある。

岸田氏は「地域の誇りや価値を守りながら、長期的に地域に還元される観光や事業を計画することが重要。地域の合意形成と地道な計画の積み重ねこそが、住民も旅行者も喜べる地域の持続可能な発展の鍵になる」と力を込めた。

聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫

記事:野間麻衣子