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富裕層の変化に着目した新感覚の体験商品を取材した、3時間半の没入体験で1人14.4万円、五感で日本の精神性に没入する体験

JTBは2025年12月、文化と空間、食を融合させた新文化体験ブランド「かげろひ」の第1弾イベントを開催した。鎌倉・報国寺を舞台に、ディナーを含む3時間半の体験で、料金は1人14万4000円。イベント前日にはメディア向け体験会を開き、商品概要や取り組みの狙いを説明した。

「かげろひ」は、その土地の歴史や文化を、日本の精神性や美意識を軸に表現する没入型の体験商品。歴史的・文化的な建造物などを舞台に、俳優や音楽家などのアーティストと料理人などが芸能・芸術や食事を通じて、その場限りの物語による世界を作り出す。通常の観光や美食イベントとは一線を画し、参加者が五感で地域の深部に触れる体験を価値としているのが特徴だ。

夜の寺院の厳かな雰囲気の中、俳優の語りがその世界に誘う 画像提供:JTB

JTBのイノベーション戦略推進担当マネージャーである日高彬人氏は、開発の背景として新富裕層や海外VIP層の価値観の変化・多様化を指摘。「富裕層向けコンテンツは多くあるが、必ずしもニーズを充足できていないと聞いている」と話した。禅やガストロノミーなど、文化体験への関心が高まっていることにも触れ、「こうした志向に自信をもって対応できるブランドを作ることが目的だった」と説明した。

商品設計では、建築家・磯崎新氏が日本の美を表す真髄の言葉として考察した「立ちあらわれても、消えていくものの美しさ」に着想を得て、物質化できないが強い印象を残す体験の創出を目指したという。

執行役員CMOの風口悦子氏は、「かげろひ」を同社の交流創造事業を象徴する商品と説明。訪日インバウンドが拡大するなか、「当社が捉えているのは、量的な拡大ではなく、質の変化」と強調し、同商品の提供は日本文化の継承にもつながることを説明した。

「竹の寺」としても名高い竹林で白湯が供された。俗世間と「かげろひ」の世界との境界を示されているような感覚に

予約流入は自社チャネルが中心、広告開始1週間で定員に

第1弾となった今回の鎌倉・報国寺編では「-虚空- ~川端康成と鎌倉の美~」と題し、鎌倉と1334年創建の同寺の歴史、周辺環境などを、日本の美意識や特性を数々の作品に描いた川端康成の世界観を意識して物語に再編。能の謡を現代音楽で表現する「能声楽家」の青木涼子氏やチェリストの上村文乃氏、大森亜璃紗氏や料理人の内海亮氏など、国内外で活躍する分野の異なる表現者たちが共演し、その世界に誘う。メディア向け体験会では、その一部が披露された。

開基でもある足利氏との深い歴史や「竹の寺」として知られる同寺の竹林が彷彿とさせる竹取物語のストーリー、この地に移り住み、同寺とも交流のあった川端康成とのエピソード――。こうした文脈が俳優による語り、物語を映した料理、現代能とチェロの共演によって表現された。夜の寺院が醸す幻想的な雰囲気の中、演者の誘導のもと、自ら歩き、味わい、演目に身をゆだねているうちに、その場に時代を超えて重なった縁を追体験しているような、不思議な感覚に包まれた。

夕食時には、同寺の歴史や川端康成とのエピソードが語られる。寺に残された同氏が愛用した文机も披露

会場を提供した報国寺は、同イベントのコンセプトに共感。寺務長の成田佑介氏は「単に寺や文化財といった目に見える対象だけではなく、その文脈を伝えたい」と、協力した意図を話した。イベントのひと時に、参加者が思い思いに感じ入ることができる今回の没入型体験は、その機会になると期待しているという。

本番イベントの定員は12名。当日は、投資家、経営者などミドル世代、周辺地域のシニアの富裕層を中心に、多くを自社チャネルから集客した。特にSNS広告では、出稿1週間ほどで満席となった。

2026年は季節ごとの開催を予定。次回、春の開催に向け、準備を進めている。訪日観光客など外国人向けの展開も予定しており、まずは英語対応での開催を考えている。能の「謡」と現代音楽をあわせた「能声楽」を生み出し、欧州を中心に活躍する青木涼子氏とチェリスト上村文乃氏の共演 画像提供:JTB

料理人をネットワークした社内ベンチャー発の商品

「かげろひ」は2023年、JTBグループの新規事業開発プログラムを機に誕生した社内ベンチャー「LIVING AUBERGE(リビングオーベルジュ)」事業の一環。日本全国の料理人をネットワーク化し、交流を掛け合わせた食体験を提供するとともに、飲食産業の働き方を提案する。「かげろひ」のほかガストロノミー、出張料理人、ポップアップレストランといった5つのサービスを提供している。

日高氏は、同事業について「共食(ともに食べること)」は人間ならではの行動であり、文化。それを深堀りし、価値として提供する」と説明。宿泊施設への料理人の派遣や、観光地の繁忙期に不足する訪日客向け飲食店の期間出店など、観光現場の課題対応にもつながる事業でもあることを説明した。

イベント当日の夕食では、料理人が料理内容とともにモチーフにした物語との関係などを説明 画像提供:JTB