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HIS新社長が描く未来戦略を聞いてきた、海外旅行の打ち手からグローバル事業の拡大、AIで変わる顧客体験まで

1980年に格安航空券の販売で創業し、当時は高額だった海外旅行を人々の手の届く価格で普及させることで事業を開始したエイチ・アイ・エス(HIS)。「海外旅行はHIS」という看板のもとに事業を拡大し、半世紀近くになる。その同社の新たな代表取締役社長に2026年1月28日付で就任したのが、澤田秀太(さわだひでたか)氏だ。

同氏はトラベルボイスのインタビューに応え、創業来の思いを込めたビジョン「旅を通じた世界平和への貢献」をあらためて掲げながら、AI、テクノロジーと人との協業を軸とした全社改革を進める方針を示した。特に、HISグループ創業50周年に目指す姿(Vision2030)に向けて、「コロナ前の過去最高営業利益をできるだけ早期に超えるために、『俊敏・大胆・スケール』の攻めの経営を推進していく」と強い決意をにじませた。

海外旅行市場は必ず反転

澤田氏は1981年生まれ。証券会社勤務を経て、クルーズ旅行専門会社では独力で東証マザーズ(当時)上場へと導いた起業家としての顔を持つ。2020年にHIS取締役に就任後は、日本発海外旅行、国内旅行、投資戦略の業務経験とともに、情報システムやAI戦略の責任者としてグループ全体のデジタル転換を指揮してきた。現場の知見とITへの深い造詣を武器に、満を持して代表取締役社長に就任。創業の精神を土台に、テクノロジーによる次世代の組織づくりを加速させる。

HISの核である日本人の海外旅行。自身も仕事で幾度となく海外を訪れ、その歴史や文化、食体験を通じ、旅行という体験が持つ圧倒的な価値を肌で理解している。今後の見通しについて、澤田氏は2030年を見据えた二段構えのシナリオを描いていることを明らかにした。一つは、現在の情勢を踏まえた現実的な推計、そしてもう一つは、HIS自らが需要を創出し、市場を大きく押し広げていく拡大型のシナリオだ。

足元では円安や不安定な国際情勢、物価高など、旅行業界にとって向かい風の状況が続く。しかし、証券業界でのキャリアを持つ澤田氏は、「マーケットにずっと同じ流れが続くことはない。歴史が示すとおり、極端にぶれた振り子は必ず逆方向へと戻る。今は外部環境が悪すぎるが、いずれ流れは反転する。その時、爆発的な成長とレバレッジが効いてくるはずだ」と冷静に分析する。

「私は、そもそもポジティブ。日本人の海外旅行はダントツナンバーワンを獲得していく」と笑顔をみせ、「人間の本能的、直感的な部分で、人生の旅、生活の旅というものが与えるインパクトは、これからも残り続けると思う。行きたいと渇望している人は今も大勢いる。それがどこかで爆発するタイミングが必ず来るはず」と力を込めた。

この反転の時を見すえ、同社があらためて磨き上げているのが旅行のプラットフォームとしての総合力だ。近中期では、安心・安全へのニーズを背景に、添乗員付きツアーや企画型旅行を強化。さらに、海外拠点による現地サポート体制や強力な仕入れ力と価格設定、そして店舗・オンライン・AIを融合させたチャネル戦略をフル活用する考えだ。

「ターゲットはZ世代から富裕層まで。近距離でさらに成長が期待されるアジア方面を強化しつつ、フルラインナップの商品と、他社には一朝一夕に真似できない、海外でのサポート体制という選ばれる理由が我々にはある。外部環境が好転した瞬間に、どこよりも速く、大胆に市場を席巻する準備を着々と進めたい」

海外旅行やAI戦略について力強く語るHIS新社長の澤田氏

AI活用は「生きたデータ」を武器に、顧客体験を劇的に変革

全社改革のエンジンとして澤田氏が主導するのが、2025年11月に新設されたAIイノベーション本部だ。自ら本部長を兼任する背景には、テクノロジーへの深い知見と、この領域は自分が直接推進したいとの情熱がうかがえる。

「旅行業界は他業界に比べ、テクノロジーの導入がまだ遅れている。裏を返せば、伸びしろは無限にあるということ。CRMや基盤システムの刷新を含め、データが可視化される仕組みを確実に構築し、業務の進め方や収益力を見直していきたい」

澤田氏は常に、効率化の先にある顧客体験の向上を意識する。「AIがお客さまの動線や興味関心を分析し、一人ひとりに最適なレコメンドを行う『ワンツーワンマーケティング』を追求する。成約率やリピート率を高めることが、結果として生産性と収益力の向上に直結する」との考えを示した。

世界では膨大なデータを誇るグローバルプラットフォーマーが市場を席巻しつつある。HISの優位性はどこにあるのか?

澤田氏は“生の情報の蓄積”を挙げる。「我々には、店舗やオンライン、海外拠点で長年培ってきたお客様の属性や趣味嗜好、さらには熟練スタッフの接客スキルといった『生きたデータ』がある。これら独自の資産をAIと掛け合わせることで、汎用的なAIには到達できない、我々にしか提供できない価値を見出す」と力を込めた。

また、AIの導入は、現場にも大きな影響を与えるとみる。澤田氏は「AIは人の仕事を奪うものではなく、人をより付加価値の高い業務へと移行させる」と言い切る。「事務作業をAIが担うことで、人は意思決定やクリエイティブな領域、そしてリアルな接客に集中できるようになる。一人がこなせる仕事の幅が広がれば、それは会社にとっても個人にとっても、より未来のある姿になるはずだ」。若手の活躍や中途採用の拡大も掲げ、組織全体の収益への意識を変えていきたいと考えている。

選択と集中でグローバル市場も拡大

海外旅行とともに収益の柱として、澤田氏が意欲を見せるのがグローバル事業の拡大だ。「世界の旅行人口が中長期的に拡大していくのは確実」と述べ、2030年に向けた成長の軸を、従来の日本人の海外旅行という枠組みから、世界の旅行需要そのものへと広げる考えだ。

具体的には、日本へのインバウンド需要に加え、カナダなどの海外拠点を軸とした「第3国間(海外から海外へ)」の旅行需要の取り込みを加速させる。ただし、全方位に手を広げるのではなく、選択と集中を貫きたいという。

「日本人も、外国人も、タビナカにHISが介在している状態をつくりたい。そのために特定の強い地域や国にリソースを集中投資し、現地の着地型コンテンツを自社開発やM&Aで押さえる。このリアルの接点こそが、デジタルプラットフォーマーに対する最大の差別化になる。そして、決めた分野においては、圧倒的なナンバーワンを目指すのがHISの戦い方だ」

その際、カギとなるのがリアルの接点という同社の強みだ。オンラインの予約プラットフォームはすでに成熟しているが、現地の観光商材やアクティビティといったタビナカのコンテンツ開発には、まだ大きな勝機がある。お客様が現地に到着した後の体験そのものを磨き上げていく。

こうしたグローバル展開において、澤田氏は「ゼロから自社で構築すること」には固執しないという。

「ゼロイチで事業を立ち上げるのは、時間と成功確率の観点からリスクが高い。基本的にはM&Aや投資、あるいは他社との事業連携を軸に進める。このスピード感を持ってグローバル市場をやり抜く力があるのは、国内では我々を含めごく限られた存在しかいないと自負している」

簡単には成し遂げられない難しい事業であることを認めつつも、「M&Aや事業連携といった投資判断には圧倒的なスピード感を持って臨む一方、そこで得た事業が収益の柱へと成長するまでは5年、10年というスパンで着実に育成していく」。攻めの判断は速く、事業の構築は粘り強い姿勢で、2040年、2050年を見すえた中長期的には、売上高1兆円超えを達成したいとの目標も明らかにした。

インタビューの最後、澤田氏はあらためて、半世紀にわたる同社の歴史にふれた。テクノロジーを突き詰めるのは、単なる数字のためではない。「AIやシステムは、その志を実現するための強力な手段。まさに世の中の流れだけではなく、HISらしい変革を起こしていきたい」とさらなる成長に向けた意欲を示した。

聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫

記事:野間麻衣子