エイチ・アイ・エス(HIS)が、法人事業で自治体との連携を強化している。「地域の力で日本を元気にする」を掲げ、地方創生を通じた社会課題の解決を事業の柱の一つに据える同社の取り組みは、従来の観光プロモーション支援にとどまらない。
その基盤にあるのは、ハウステンボスや九州産交グループなど、大型観光施設や地域インフラの経営再建で培った事業再生の知見だ。現在、同社は自社社員の地域出向や、地域伴走型コンサルティング事業のさとゆめ社との戦略的提携による「新・目的地創出事業」などを通じて、独自の地方創生モデルを構築しようとしている。
旅行業のノウハウをいかに地域経営の資源へと転換し、持続可能な地域づくりに寄与していくのか。法人事業を統括する執行役員法人営業本部長の加治木宏氏に、その戦略を聞いた。
旅行業と再建事業の知見を地方創生へ
HISグループは、日本各地で地域に根ざした観光事業の経験が豊富だ。九州産業交通(現:九州産交グループ)にはじまり、ハウステンボスやラグーナ蒲郡(現:ラグーナテンボス)を手掛けてきた。近年では石川県粟津温泉の旅館「辻のや」の再建事業、三重県多気町での地方創生プロジェクト「VISON」の宿泊施設の運営など、観光による地域の価値創出の実績は多岐にわたる。
しかし、これまでの取り組みは、それぞれ個別プロジェクトの展開にとどまっていた。今後は「HISの地方創生」を掲げ、地域全体に経済効果をもたらす事業として本腰を入れていく方針だ。
法人事業として、自治体などの観光支援や住民の生活支援に関わる事業などに従事するなか、大きな課題として突き付けられたのが、地域における事業のリーダーと現場を担うプレーヤーの圧倒的な不足だ。「地域が地方創生の事業をしたいと思っても、人がいないので進められない。そもそも、事業の立ち上げ部分から出来ないというケースも多かった」(加治木氏)。
自治体との事業を通して地域とのつながりを深めるなかで、特に人口減少が進む地域から「もっと多くの人に訪れてもらいたい」という想いや、HISに対して「地域を盛り上げるために力を貸してほしい」という声もいただくようになった。HISとしてできることは何か、考えるようになったという。
HIS執行役員法人営業本部長の加治木宏氏
熱量を持つ社員を地域経営のキーパーソンに
そこで、HISでは、地域における人材の課題に対応し、2024年10月から連携する自治体に、旅行業の現場で経験を積んだ自社社員を送り込みはじめた。現在は、約20名の社員を日本各地の自治体に出向させている。
なぜ、地域へ人材を送ることを重視しているのか。同社には、日本人の海外旅行において、バリ島や海南島などを幅広い層が楽しめる人気デスティネーションへと成長させた“目的地創出”の精神とノウハウがある。それを国内の地域に適応させるためには、内側から地域を動かす人の「熱量」が不可欠だと判断した。
社員の地域出向に際しては、社内の人事制度や採用制度にも手を入れた。まずは半年に1回、自治体や地域法人で、地域を活性化するさまざまな事業に取り組む社員を「地方創生チャレンジ公募」という形で募集。さらに、2026年度から、新卒採用で「地域活性プロジェクト」を新設した。北海道、東北・新潟、中四国、九州の各地区での配属を前提に、入社から2年間は東京をはじめとする関東で勤務しながら学び、その後、各地域の法人営業本部に異動する。
「法人事業の新卒採用のうち、2026年度は3分の1をこの地域活性プロジェクトに配分している。地域活性化に携わりたいと応募する人材は多い。『祖父母が住んでいるから』『その場所に旅行で出かけて好きになったから』など、動機はさまざま。それぞれの地域に対する思いをぶつけて、活躍してほしい」(加治木氏)。
加治木氏自身も地域に何度も訪れ、地元の人たちとの出会いに元気をもらっている。「地元の人たちが紹介してくださった食事一つをとっても新しい驚きがあり、地域のストーリーがある。そこから『土産にしたらどうか』など、外部の我々が入ることで気づくことも多い。こうした発見の積み重ねが、高付加価値を生むと考えている。出向した当社の社員たちが自ら案内役を買い、生き生きしているのが印象的だ」と話す。
地域PRイベント等にも、地域の関係者と一緒に積極的に参加
新・目的地創出事業(DCP)における、さとゆめ社との戦略
さらに、強みとなるのが、地方創生に特化した事業プロデュースをおこなう、さとゆめ社との連携だ。HISは2024年7月、さとゆめ社と資本業務提携をおこない、協働事業として「新・目的地創出事業(DCP:デスティネーション・クリエイト・プロジェクト)」を立ち上げた。
この背景について加治木氏は「地方創生事業は、地域の中に入って取り組むゼロからの“課題解決”。その領域でノウハウを持ち、既に地域の懐に入って観光計画を策定しているのが、さとゆめ社だった。そこに当社が得意分野を提供し、補完しあうことで、より飛躍した事業展開ができると判断した」と話す。
具体的には、DCPではHISが宿泊・体験などの商品化とともに、送客やプロモーションを支援する。景勝地や史跡だけでなく、今に続く地域の暮らしに焦点をあてたライフスタイルを観光の魅力として打ち出していく。さとゆめ社が戦略策定・プロデュース機能を、HISが実装・送客機能でそれぞれのノウハウを効かせていく体制で、ゼロからの伴走支援をおこない、事業化する。
「彼らが作る戦略を、我々が持つリソースを用いて主体的に動かす。総務省の『地域活性化企業人制度』などを活用して社員を派遣する。これにより、計画倒れに終わらない持続可能な地域経営を実装できる」と加治木氏は自信を見せる。
このスキームを実施するにあたり、なぜHISはさとゆめ社を選んだのか。決め手は、全国50エリア以上で事業を展開している実績に加え、それぞれの地域に受け入れられ、地に足の着いた事業を展開していると実感したからだ。
「さとゆめ社は地域に入り込み、住民と一緒になって考えていらっしゃる。志を同じくする企業と組むことで、地域課題に切り込めると確信した」(加治木氏)。
現在、DCPでは山形県河北町、熊本県球磨村、東京都奥多摩町、県単位では徳島県など、10地域と包括連携協定を締結。独自の「伴走型」地方創生モデルが動き出している。
地域資源をいかした新しい旅の目的地を作る「DCP」に取り組んでいる地域。今後も全国に展開していく
産業を超えた「人の力」で、地域と共に成長する未来を
HISの取り組みは、着実に成果を生み出している。2025年5月に包括連携協定を締結した大阪府茨木市では、万博記念公園の花火プロジェクト鑑賞をメインとした日帰りバスツアーに、日本最長の歩行者専用つり橋から壮大な景色が望める都市公園「ダムパークいばきた」を組み込み、日帰りバスツアーを実施した。これまで、同社では茨木市を訪れるツアーを組んだことがなかったが、結果として、大型バス6台・約230名の集客に成功。昨年の花火イベント単独ツアーの販売数を上回ったという。
一方で、DCPを含め、HISが携わる地域の中には、“日本三大秘境”と評される宮崎県椎葉村など、従来、団体ツアーの送客がなかった地域がある。「ワゴン車でしか入れない場所も多いが、逆にプライベート感がある。こうした少人数ツアーも造成していく。従来の旅行ビジネスでは壁となった部分も、地域の価値を見極め、挑戦していく。『地方創生といえばHIS』と言われるよう、邁進していきたい」(加治木氏)。
ワゴン車やタクシーを利用したツアーも積極的に企画していく考え。画像は地域創生事業で進行中のモニターツアーの様子地域に活力を与えるのは、人だ。「地域の中に入って作り上げていくのは、AIにはできないこと」と、加治木氏は強調する。その担い手として、若手のみならずミドルシニアにも注目。多くの企業でマネジメント層がキャリアの転換期を迎えるなか、その豊かな経験・スキルを地域活性化の原動力へと変えるビジネスモデルを構想している。国内の各産業のノウハウを地域へつなぎ、新たな価値を循環させる。多様な接点を持つ観光事業者だからこそ、その結節点の役割を担うことができると考えている。
HISでは、2030年以降に全社での「旅行」:「旅行関連+非旅行」の利益構造を1:1とする計画も打ち出しており、その目標に非旅行の地方創生事業が寄与することは間違いない。加治木氏は「様々な地域に光を当て、ともに成長するビジネスモデルを構築していく。我々の目利き力と実行力を持って挑んでいきたい」と締めくくった。
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記事:トラベルボイス企画部