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DMOは交通政策にどう関わるべきか? 新たな観光立国推進基本計画を読み解き、地域交通のあり方を考察【コラム】

東京都立大学観光科学科教授の清水です。

今回は、2026年3月27日に閣議決定された「第5次観光立国推進基本計画」を読み解き、私が専門とする地域交通のあり方について考えたいと思います。

国による計画づくりは、これまでおこなってきた施策を基本的に延長・再構成しながら、新たな課題への取り組みを含めていく作業だと認識しています。

今回の基本計画は、私が理解する限り、初めて抑制的な姿勢を示し、今までにない特徴を有していると考えられます。より具体的には、「持続可能性の追求」から「リスク対応」へと一歩踏み込んだと言えます。そんな視点からも述べていきます。

2030年、インバウンドの天井に向けた打ち手

内容を読み解いていくと、2016年に策定された「明日の日本を支える観光ビジョン」で示された、2030年のインバウンド観光客関連の数値目標(訪日外国人旅行者数6000万人および訪日外国人旅行消費額15兆円)は、今回の基本計画でも堅持されました。リピーター率や地方部延べ宿泊者数を新たに目標値として組み込んだことで、大都市に集中している訪日外国人を地方部に誘導する意図がうかがえます。

一方で、日本人の海外旅行者数も、過去最多だった2019年の2008万人以上とすることを目指しています。年間で8000万人が出入国する目標達成に向けて、地方空港では国際直行便の誘致や羽田・関空との接続強化が重要であることは、2026年1月6日の私のコラム「訪日客数4000万人の先にある壁とは?航空データから読み解くインバウンドの天井と2030年に向けた打ち手」でも示唆しているとおりです。

目標達成の鍵を握る「地方公共交通のリ・デザイン」

目標達成に向けた施策群については、前回と比べて地域交通関係のものがかなり増加した印象です。その意図は、1.訪日外国人を地方部に誘導するための移動環境を整備すること、2.オーバーツーリズム解消のために地区内の観光需要を分散させる必要があること、に集約されるようです。ここでは、訪日外国人、日本人ともに交通学を専門とする私自身の問題意識を交えながら、前者の訪日外国人に限定してこれら施策の課題と展望を述べたいと思います。

地方部では現在、鉄道路線の廃止の議論が盛んにおこなわれています。また、バス交通に視線を転じれば、車両は確保されていても運転者不足で便数を削減しなければならないような事例も見られ、生活の足としての地域交通の存続が危ぶまれていることは周知のとおりです。

この課題に対して、国も「交通空白解消」や「地域公共交通リ・デザイン」といった政策を立ち上げ、ライドシェアの制度設計、共創的事業への転換支援、DX/GX技術の導入支援などに取り組んでいます。観光立国推進基本計画でも、これらの施策が随所に埋め込まれているようです。

“日本版MaaS”が提唱されたワケとは?

DX/GX技術の導入支援の源流として、10年ほど前にフィンランド発祥のMobility as a Service (MaaS)という概念が盛んに喧伝され、国もそういった政策を展開していたことは記憶に新しいと思います。もともとMaaSは、「DX技術を援用することで公共交通の利便性を圧倒的に高め、最終的に都市から自家用車を減らす」ことを目指して登場したものですが、我が国の場合は、移動に飲食や観光などの移動目的側のサービスを組み合わせた“日本版”MaaSが提唱されていました。それは、なぜでしょうか?

我が国の公共交通政策では、伝統的に事業者ができるだけ自立経営することを求めてきました。そのため、民間の公共交通事業者は自衛策として輸送事業以外の事業を組み合わせ、企業としての収益性や持続性を高めてきたと考えられます。都市部の鉄道事業者は、大きな利用者数が期待できることから、概して鉄道利用と連動しやすい生活関連やレジャー関係などの事業領域に力を入れてきました。

一時期、大手私鉄が独自MaaSプラットフォームの開発に力を入れていたのは、それにより沿線の囲い込みビジネスを効果的に展開するためだったといえるのかもしれません。十分に都市化された沿線では、生活・レジャー関連サービスの充実度に加え、バス、タクシー、シェアサイクルなど、鉄道以外にも豊富な交通手段が存在し、MaaS内のコンテンツを充実化させることも比較的容易でしょう。大阪・関西万博の機会を上手に捉えた「KANSAI MaaS」もありますが、現時点で積極的に成功したと言えるプラットフォームは存在しないと見られます。

ライドシェア実装に向けた地方の挑戦

一方、地方部の民間バス・タクシー事業者はそもそも供給規模が大きくないことに加え、組み合わせる他の交通手段も豊富にありません。この状況でMaaSを過大に期待できないことは明らかです。

特に、観光地では、そもそもタクシーの供給台数が限られ、その利便性は概して高くはありません。それでも、ライドシェアの制度設計が進みつつある機会を捉え、観光地でのタクシー的な交通手段の充実を目指して、野沢温泉村のように、DMO自体がライドシェアの取り組みを主導する事例も登場しています。私は野沢温泉村の取り組みに若干関係していますが、サービスの通年化、地域住民自体の需要の創出、供給台数の管理など、実証実験から実装へと駒を進めるために、まだまだ大きな挑戦が待ち構えていることを実感します。

柔軟に地方のあらゆる輸送資源を集中させる

私は、これまでの観光MaaSの取り組みでは、都市部であれ地方部であれ、観光客の動線を意識した周遊コンテンツの作り込みが甘かったのではと感じています。

私が外部専門家として関わっている観光地では、酒蔵やワイナリーなど、飲酒を楽しめるコンテンツが充実している地域が多いのですが、公共交通だけで1日に複数を訪問することは不可能です。また、自家用車やレンタカーでは試飲することができません。トレッキング、自転車、カヌーなどのアクティビティでは、その動線によっては自家用車やレンタカーの駐車場所が問題になります。

これらのほかにも、公共交通の方が、移動がより便利であったり、アクティビティをより楽しめたりする局面はたくさんあるはずで、このような動線に柔軟に地域のあらゆる輸送資源を集中させることはできないものでしょうか?

大都市では、単独の鉄道会社、もしくは公共交通事業者による協議会が観光MaaSを展開できるでしょう。私が委員として参画する「神戸観光MaaS」では、神戸市の音頭の下で公共交通事業者が協議会を形成しています。複数事業者が連携してデジタル企画乗車券を開発し、それらを「KANSAI MaaS」を含めた複数プラットフォーム経由で販売し、協議会全体では販売や流動のデータ分析をおこなってコンテンツ全体の最適化を図る、といった運用を試行しています。依然として実証実験段階であり、現時点でDMOや観光事業者の関与は大きくないのですが、彼らを巻き込めれば伸びしろは大きいと期待しています。

地方のメインプレーヤーは広域DMOへ

一方、地方部では、観光MaaSを展開すべきメインプレーヤーは広域のDMOではないかと見ています。トラベルボイスの北海道観光機構のインタビュー記事(2026年4月21日)が、まさにこのことを示唆していると考えています。記事で登場した「ひがし北海道観光DXプロジェクト」のように、広域周遊ルート上で複数交通事業者が連携し、そこに多くの観光事業者が参画し、デジタルチケット開発の共通デジタル基盤を形成することは、観光MaaSの第一歩として極めて有効な手段だと感じます。これが成功すれば、次の段階として、よりスポットベースの二次交通・三次交通の充実化を図ることが可能かもしれません。そして、このような流れを作るのはDMOが最適でしょう。

「二次交通対策が、うちの観光の課題です」と、多くのDMOが訴えます。しかし、残念ながら、その裏には「地域交通は行政や交通事業者がしっかり対応してほしい」という受け身の姿勢が隠れていることが多いと感じます。

「地域公共交通リ・デザイン」でも共創的事業への転換支援を呼びかけているように、行政や交通事業者だけで地域公共交通を支えられない時代になっています。全ての地域で可能なわけではありませんが、できるだけ多くDMOと観光事業者に、「自分たちが地域の交通を一番に考える組織になる」といった意気込みを持っていただきたいと思います。

清水哲夫(しみず てつお)

清水哲夫(しみず てつお)

東京都立大学都市環境学部観光科学科教授、博士(工学)。クロスアポイントメント制度で金沢大学先端観光科学研究所特任教授を併任。非常勤で日本観光振興協会総合調査研究所所長を務める。土木計画学が専門で、観光分野におけるデータサイエンス×観光地域づくり×モビリティマネジメントの領域で研究・実践活動を展開する。