市内各所で仰ぐ3000メートル級の立山連峰と、水深1000メートルの豊饒の海・富山湾を有する富山市。市民にとっては当たり前の生活基盤である高低差4000メートルの地勢と雄大な自然にいま、世界の熱い視線が注がれている。2025年1月、米紙ニューヨーク・タイムズが発表した「2025年に行くべき52カ所(52 Places to Go in 2025)」に日本の地方都市として選出され、世界的な知名度を一気に高める転換点となった。
もっとも、裏側には計算された都市戦略と関係人口創出への先進的な仕掛けがある。富山市が目指すのは、単なる景勝地やグルメとしての消費ではない。観光を市政の重要柱と位置づけ、食、文化、自然、そして産業資源をスマートシティの基盤上で統合。訪れる人が“準市民”として街の未来に参画する、新たな都市経営のモデルを目指している。富山市長の藤井裕久氏に「世界に選ばれるまち」に進化していくための次なる一手と、底流にある都市経営の真意を聞いた。
写真(上):市内のいたる所から仰ぎ見ることができる立山連峰(写真提供:富山市)
観光を「幸せ日本一とやま」を支える基幹産業に
「富山市にとって観光は、単なる旅行者を呼び込むことではない。私の掲げる『幸せ日本一とやま』、そして『選ばれるまちづくり』という市政の重要テーマを支える、極めて重要な柱の一つだ」
藤井市長は、観光を宿泊、飲食、製造業、IT、交通インフラまでを巻き込む裾野の広い総合産業であり、力強い経済を取り戻すための成長分野と定義する。世界でも稀有な高低差4000メートルがもたらす豊かな水資源。それがおいしい米や魚を育み、水力発電による豊富な電力を生み、富山の基幹産業である「くすり」や「ガラス」を産業として発展させてきた。
「食、自然、伝統、産業。一つひとつのコンテンツをバラバラに提供するのではなく、トータルで結びつけて地域を活性化させていく。そのための最高のプラットフォームが観光だと考えている」
市民と観光客の共存について語る藤井市長デザインの力で「まちの品格」をプロデュース
富山のまちを歩くと、その整然とした美しさに驚かされる。これは、長年にわたる都市デザインの結果だ。政策アドバイザーを務める建築家・隈研吾氏の助言も受け、富山市は「トータルデザイン」を徹底している。
「駅を降りて目に入る電車の送電ポールから、街路の花飾り、さらに民間広告物の高さや大きさの制限に至るまで、街全体のシティスケープを統一している。隈さんからは『雪国の街は壁が多い。ならば産業を発信するための舞台として再定義してはどうか』とユニークなアドバイスもいただいている」という。
たとえば、壁面にガラスを大胆に組み込み、街並みそのものを巨大なアートやショーケースへと変容させていく。かつては雪国の宿命であった閉ざされた壁を、デザインの力で世界を惹きつける意匠へと転換していく試みだ。
そのトータルデザインを象徴するのが、複合施設「TOYAMAキラリ」内にある富山市ガラス美術館だ。そもそも、なぜ富山が「ガラスの街」なのか。源流は、江戸時代から続く「富山のくすり」にある。明治から大正にかけて、薬瓶製造が盛んになり多くの職人が集まった。そのDNAを背景に、30数年前からガラスの街づくりが本格始動したのである。
「富山市では、国内の自治体で初となる専門教育機関『富山ガラス造形研究所』で人材を育て、工房で作家が腕を磨き、美術館でその成果を世界へ発信する。この人材育成・制作・発信の三位一体の体制こそが、富山の強みだ」と藤井市長は胸を張る。
隈氏が「木と光の大聖堂」と称した美術館内部は、地元産のスギ材が斜めに組み合わされ、吹き抜けから差し込む光がガラスと共鳴し、雪国の課題に対する一つのデザイン的な解を提示している。特筆すべきは、この空間が市立図書館を併設した市民の書斎でもある点だ。最新アートにふれる旅行者のかたわらで、地元の学生が自習に励み、市民が読書にふけっている。
「観光地として飾られた姿ではなく、市民の憩いの場としての質の高い日常。自然体な風景に、世界がスポットライトを当ててくれた」
複合施設「TOYAMAキラリ」内にある富山市ガラス美術館の内部
この市民と観光客の幸福な共存こそが、富山市の本質的な価値ともいえる。ニューヨーク・タイムズ効果もあってガラス美術館の2025年度来館者数は前年度から1.4倍に増え、過去最多41万6504人の快挙となった。国際的な評価は、話題性にとどまらず、ほかにも明確な数字となって現れている。2025年の外国人観光客宿泊者数の全国平均の伸び率が約8%であったのに対し、富山市は約23%という伸びを示した。
自分たちのまちの素晴らしさを再発見
2025年5月に、ニューヨークのセントラルパークで開催された「ジャパンパレード」の際には、越中おわら風の盆が6万人の観衆を熱狂させた。市長も自ら参加し、その経験から「自分たちの文化が世界に認められた実感は、シビックプライドを強く刺激するもの。観光はまちの魅力を再発見する大きな力になる」と実感したという。
藤井市長は北陸のハブである金沢や新幹線延伸で注目が集まる福井、さらに飛騨に加え、震災からの復興途上にある能登との連携も重視する。事実、ニューヨーク・タイムズも、富山市を能登への玄関口と位置づけ、この地を訪れることが復興の支援につながると評価している。藤井市長は「広域で観光客を分散・循環させる。外国人から見れば北陸は一つ。金沢市、福井市とも話し合い、ガストロノミーツアーなどの高付加価値な旅行商品の共同造成も進めている。それが被災地の支援にもなり、地域全体の持続可能な豊かさを生む」と力を込める。
そして、富山市が目指すのは、単なる通過点としての観光地ではない。追い風を一時的なブームで終わらせず、来訪者と街の絆をより深く、持続的なものへと進化させるための挑戦。それが、デジタルの力を活用した関係人口の創出である。
2025年、NYでジャパンパレードに参加。越中八尾おわら風の盆の演舞と甲冑が約6万人を魅了した(写真提供:富山市)
訪問者を準市民へ、デジタルパスポートで関係人口を可視化
「観光で訪れた場所が、いつの間にか自分の居場所に変わっていく。この心の変化を、制度として後押ししたい」
藤井市長がそう語る次なる一手こそが、2026年に始動したデジタル登録証「TOYAMAみらい市民パスポート」だ。同パスポートは、市外在住の富山市ファンを対象としたNFT(非代替性トークン)技術活用のデジタル登録証。保有者限定のコミュニティを通じて、移住・Uターン、ふるさと納税などの公式情報発信や、地域づくりへの参画、参加者同士の交流など、地域と継続的につながる仕組みを提供する。
その反響は、関係者の予想を遥かに超えるものだった。1カ月の募集期間で、目標1000枚に対し2433名が応募。見逃せないのが応募者の約7割を30代以下の若年層が占め、さらに約6割が将来的な移住を視野に入れているというデータだ。
保有者はガラス美術館や市内のコワーキングスペースを無料で利用できるが、それは観光客ではなく、富山で生活し、働く“準市民”としての日常を体験してもらうための仕掛けだ。好評を受け、第2回として1000名の追加募集もおこなわれた。
「デジタル上でファンを可視化し、オンラインコミュニティを通じて対話を深める。彼らはもはやお客様ではなく、ともにまちの未来を創る仲間だ」
藤井市長は政府が進めている「ふるさと住民登録制度」との並走についても柔軟な考えを示す。「国の制度は、関係人口の概念を社会に定着させる大きな後押し。我々のデジタルパスポートで枠組みをつくり、具体的な実益と富山とのつながりを深める。制度を競わせるのではなく、あらゆるツールを掛け合わせて、富山を想う人々の受け皿を広げていく」
スマートシティが描く、幸福の新しいカタチ
移住・定住の前段階としての関係人口。富山市は豊かな食文化を活かし、「すしのまち とやま」としてのアプローチに力を入れている。年に数回、美味しい寿司を食べに来る、あるいは二拠点居住で週末を富山で過ごす。そうした多様な関わりを、富山市はスポーツや薬という切り口でも拡大させようとしている。
「2026年秋からはバスケットボールの新たなトップリーグBプレミアで富山グラウジーズが始動する。アリーナ改修には、国内の先駆けとなったPFI(民間資金等活用事業)手法を導入した。スポーツ観戦をフックにした来訪も重要な関係人口だ」
また、富山の歴史とも深く関わる「くすり」の産業を近未来のウェルネスにつなげようとする動きもある。2028年秋には、富山駅前に「とやまくすりミュージアム(仮称)」がオープンする。和漢薬の歴史から、最先端のバイオ医薬品製造までを楽しみながら学べる産業観光のハブとなる予定だ。さらに、薬の背景と大学病院などの高度医療を掛け合わせた「医療ツーリズム」を近未来の柱にすえる。「1カ月滞在してバカンスを楽しみながら、最先端の人間ドックや治療を受ける。シンガポールなどで見られるような高付加価値な滞在型モデルを、富山の豊かな自然と食を活かして実現したい」
こうした取り組みの土台となるのが「コンパクトシティ政策」だ。公共交通を軸に歩いて暮らせる街をつくることで、市民の健康寿命が延び、医療費が抑制される。にぎわいによって地価が上がり、税収が増える。その増収分を、公共交通の維持や中山間地域への支援に還流させる。藤井市長は、「この10年以上、富山市の税収は増え続けている。地方都市としては珍しいこの好循環こそが、コンパクトシティの真価だ」と自信を見せる。
同時に、デジタル技術によって移動の利便性を高め、混雑を最適化し、市民と来訪者がともにストレスなく過ごせる環境を整える。その基盤があるからこそ、観光の高度化も、関係人口との対話も着実に実現しようとしている。
「観光を市政の重要柱にすえるということは、街全体を磨き上げることと同じ。世界に選ばれるまちは、市民にとっても最高に“幸せなまち”であるはずだから」
取材の終盤に市長が語ったその言葉は、市外の人々も富山市を「自分のまち」と呼びたくなるような、新しい未来都市の姿を鮮やかに描き出そうとしている。
「幸せ日本一、とやま。」、「選ばれるまちづくり」を市政の重要テーマに掲げる藤井市長
聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫
記事:野間麻衣子