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エアアジア創業者フェルナンデスCEOが語った、型破りな経営哲学、「危機こそ好機」、25セント買収から航空機150機発注まで

アムステルダムで開催されたトリップ・ドットコム・グループ(Trip.com Group)の「エアライン・グローバル・カンファレンス」にエアアジアの親会社キャピタルAのトニー・フェルナンデスCEOが登壇した。

フェルナンデス氏は、現在62歳。エアアジアを世界有数の格安航空会社に成長させた創業者であり、現在はキャピタルAグループのCEOを務めている。2001年にエアアジアを買収して以来、アジアを中心に世界中の10億人もの旅行者のスタイルを変革した航空会社を育て上げた時と変わらず、今もなお型破りな人物であり続けている。

そんな同氏に、旅行テックの国際会議「WiT(Web in Travel)」創設者のYeoh Siew Hoon氏がインタビューした。

フェルナンデス氏の閃き

フェルナンデス氏は、過去にワーナー・ミュージックのアジア支社を率いていた。そのときの華やかな日々、マドンナと食事をし、プリンスとジャムセッションを楽しんだ。その後、ワーナーはタイム・ワーナーとなり、タイム・ワーナーはAOLと合併。フェルナンデス氏は、この合併を人生で最もシュールな役員会議の体験だったと振り返る。

ロックフェラー・プラザに座っていた時、AOL創業者スティーブ・ケース氏が彼に振り向き、「1年後の株価はいくらになると思う?」と尋ねた。当時、株価は約80ドルだった。ケース氏は自ら「500ドルだ」と答えた。

フェルナンデス氏は「その時、自分のキャリアは終わったと悟った」と振り返った。

彼は辞職し、ロンドンへ飛んだ。そして、バスでルートン空港へ行き、人々がバルセロナ行きの航空券を9ポンド、パリ行きを6ポンドで予約しているのを目にしたとき、何かがひらめいた。

「天才と愚かさの間には、非常に細い線がある。本当に細い線だ。そして私は思った。『私にもできる』と」と彼は話した。

彼は、マレーシアに戻り、首相と面会して自身の構想を売り込んだ。首相の返答は、彼にとって忘れられない言葉の一つとなっている。「これは素晴らしいアイデアだ。君は航空業界出身ではないからこそ、成功するだろう」。

そして、エアアジアを25セントで買収した。自宅を抵当に入れ、2機の飛行機と254人の怯えた従業員でスタートした。従業員たちが不安を抱いた。彼が音楽番組に出演している姿と、今や自分たちの航空会社のオーナーとなった姿がどうしても結びつかなかったからだ。

25年後、エアアジアは10億人近くの人々を運ぶまでになった。

最も困難だった10年間

創業から現在までの30年間で、最も困難だったのはいつか?との質問に、フェルナンデス氏は迷わず「この10年間だ。間違いなくこの10年間だ」と答えた。

「2機の飛行機と200人の従業員で航空会社を立ち上げるのは、300機の飛行機と2万1000人の従業員を抱える航空会社を再建するよりも、実際には簡単なことだ」と彼は話す。新型コロナウイルスの影響で、エアアジアは100億ドル(約1.6兆円)の収益を失った。多くの競合他社とは異なり、エアアジアはどこからも支援を受けられなかった。彼は、シンガポール航空は政府から120億シンガポールドル(約1.5兆円)の支援を受けたと強調した。エアアジアは、すべて自力でやらなければならなかったのだ。

危機管理に奔走した他社とは異なり、彼は混乱の最中に企業構築に力を注ぎ、5つの新しい会社を立ち上げた。

エンジニアリング部門である「アジア・デジタル・エンジニアリング」は、彼曰く、現在、世界最速のCチェック(定期的な機体整備)を実施している。未使用の航空機から座席を取り外し、立ち上げた貨物航空会社「テレポート」は、アセアン地域最大の貨物航空会社となった。

自社開発の旅行プラットフォーム「ムーブ」も立ち上げた。食品ブランド「サンタン」は現在、500か所のテイクアウト店舗に展開している。さらに、エアアジアの文化とブランド名を他業界にライセンス供与するブランディング会社「エアアジア・ネクスト」を設立。大手ホテルグループが「エアアジアホテル」を開業する予定のほか、多国籍病院グループが今後6か月以内にマレーシアに「エアアジア病院」を開設する予定だ。

フェルナンデス氏は、「エアアジアは、もはや航空会社ではない。哲学だ」と話した。それは、従業員への接し方、フラットで労働組合のない、機会に満ちた組織運営のあり方であり、荷物運びから始めてCEOや機長にまで昇進できるような組織のことだ。

困難な時代に大きな賭け、新機材150機を発注

エアアジアは、2026年5月にエアバス社に新たな機材150機の航空機を発注した。中東情勢で航空業界が危機的状況に直面しているなか、なぜこれほど大きな賭けに出たのだろうか?

フェルナンデス氏は、「私は少し天邪鬼なところがある。皆が『これからどうしよう?』と考えている危機の時にこそ、市場シェアを拡大する絶好の機会だ」と話す。

彼は、東南アジア地域を熟知している。そして、何よりも、旅行は一度決めたらなかなか諦めないものだということを理解している。不況下では、人々は旅行を諦める前に他の支出を削減する。欧州と異なり、アジアでは、例えば北京からクアラルンプールまで列車で行くことはできない。車で行くこともできない。飛行機が唯一の選択肢であり、格安航空会社の登場がそれを可能にした。

フェルナンデス氏は、「格安航空会社は、この地域で素晴らしい成果を上げてきた」と自信を示した。

AI、パートナーシップ、そして今後は?

フェルナンデス氏はAI、特に運航におけるAIの可能性を強く感じている。

エアアジアは、以前からAIを活用し、機齢、ルート、高度、積載量に基づいて燃料消費量を最適化してきた。その結果、燃料消費量を4%削減することに成功している。エアアジアのような規模の機材を保有する航空会社にとって、これは非常に大きな成果だ。

カスタマーサービスにおけるAIについては、「まだ少し柔軟性に欠ける。完全には実現していない」との見解を示す。しかし、AIは最終的には旅行体験における摩擦を解消し、業界を変革するだろうと考えている。これは、アジア大手リゾート企業バンヤン・グループのKP・ホー会長が最近語った、「AIは、格安航空会社がそうであったように、東南アジアの旅行業界における次の大きな変革の原動力となるだろう」という言葉と共通している。

格安航空会社は、これまで他社との提携を避けてきた。一方、エアアジアは、ウィズエア、ペガサス航空、イージージェットといった航空会社と提携関係を構築している。目標は、低コストの世界を繋ぎ合わせ、乗客が既存の航空会社に頼ったり、割増料金を支払ったりすることなく、大陸間をシームレスに移動できるようにすることだ。

生きるか、死ぬか。

フェルナンデス氏は、いつものようにインタビューの最後に一つのエピソードを披露した。バリ島爆破事件が発生した時、他の航空会社がこぞって運航を停止する中、彼は従業員にこう言った。「我々は運航を中止しない。人々は最悪の時こそ、最高の時と同じように我々を必要としているのだ」。彼は5000席を無料で提供した。

「私はマレーシア人のことをよく知っている。無料の席を提供すれば、彼らは爆弾のことなど気にしない」。彼らはバリ島へ行き、素晴らしい時間を過ごした。そして、帰国後、50万人にそのことを伝えたのだ。

25セントで航空会社を買収し、30年後にはアジア第4位の規模にまで成長させ、政府の支援を一切受けずにパンデミックを乗り越えたフェルナンデス氏。夢を見る勇気を持て。信じられないことを信じろ。そして誰かに『ノー』と言われたら、同じように『ノー』と言い返せばいい。決して『ノー』を受け入れてはいけない」とメッセージを送った。

最後に「エアアジアのストーリーを最もよく表す楽曲は何か?」という問いにフェルナンデス氏は、少し間をおいて答えた。

「Live And Let Die(死ぬのは奴らだ)」。

※ドル円換算は1ドル159円、シンガポールドル円換算は1シンガポールドル124円でトラベルボイス編集部が算出

※この記事は、シンガポール拠点の旅行業界ニュースメディア「WiT」から届いた英文記事を、同社との提携に基づいて、トラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。

オリジナル記事(英文):Tony Fernandes: The art of never saying no, and never wasting a crisis