バスツアーの安全は、バス会社の運転技術や努力だけでは成立しない。旅行会社の企画は顧客に販売する際の魅力となる一方で、現場の安全を決める大きな要素だ。企画を落とし込む行程表の運用・管理が、事故リスクを低減するカギとなる。
2026年4月下旬に開催したトラベルボイスLIVEは、「バスツアーの事故リスクを減らす手法」をテーマに、ナビタイムジャパンと同社が提供する「行程表クラウド」を利用するクラブツーリズム、および帝産観光バスが出演した。
日々、現場で安全に向き合う旅行会社と貸切バス事業者が、事例を交えて語った安全に対する考え方やその取り組み、旅行業界への提言をレポートする。
旅行会社に求められる事故リスク低減、「安全確保」とは?
「安全確保は運行を担うバス事業者だけでは成り立たない。ツアーを企画する旅行会社、つまり“作る側”の存在が必要不可欠で非常に重要」。行程表クラウドの立ち上げ時から、旅行会社や貸切バス事業者と会話を重ねてきたナビタイムジャパンの酒井美帆氏はこう指摘し、議論をスタートさせた。
これを受け、クラブツーリズムのバス仕入・開発センター所長である永井久也氏は、同社が安全確保の考え方を根本から見直した背景と、安全最優先へ強い決意を明かした。
そのきっかけは、2022年10月に発生したツアー中の重大事故。これを受け、旅行会社として安全対策を根底から変えなければならないと考えた。「安全に対して、バス事業者任せであったのではないか」という反省のもと、「運行管理の直接的責任はバス事業者にあるとしても、行程を作るのは旅行会社。乗務員が安心して運行できる行程を作り、依頼する責任がある」と主体的な対策に踏み出した。
具体的には、(1)安全のためにできることを考え抜く、(2)自社の取り組みで事故発生率を下げる、(3)リスク回避の努力をする、の3点を徹底。その仕組みとして、行程表クラウドを導入したという。
帝産観光バス代表取締役社長の飯尾一重氏は、昨今の社会風潮として、事業者に直接的な責任がない場合でも、「世間からは道義的責任が問われる」と指摘。「安全確保の考えを現場の社員一人ひとりが理解する必要がある」と強調した。その観点から「行程表クラウドは、新入社員からベテランまで、社員全員が『安全配慮義務とは何か』を意識しながら使えるところに、意味がある」との考えを示した。
ナビタイムジャパンの酒井氏(左上)、クラブツーリズムの永井氏(右上)、帝産観光バスの飯尾氏(右下)、トラベルボイスの鶴本代表(左下)
情報が、事故要因となる「乗務員の焦り」をなくす
行程表クラウドは、行程表の作成とそれに付随する業務を支援するサービスだ。大型バスが通行可能な道路でバスルートを作成できるのが特徴で、連続運転時間や営業区域外、基準運賃割れに抵触する場合はアラートで知らせる。旅行会社と貸切バス事業者が同じ行程表を共有・確認することも可能だ。クラブツーリズムの永井氏は、導入したことで「社歴や経験を問わず、誰でも大型バスが走行可能なルートで無理のないツアー造成が可能になった」と効果を実感しているという。
では、同システムを使った行程表の作成や管理・運用が、どのように安全確保につながるのか。ウェビナーでは、クラブツーリズムの過去の経験から、具体的な事例が紹介された。
まずあげられたのは、山間部のヘアピンカーブで発生した自損事故だ。一般的な地図サービスで検索した乗用車向けのルートを走行し、大型バスの車体が道路の側面に接触した事例がある。しかし、そのルートを行程表クラウドで検索してみると、当該カーブを通行しない別のルートが提示されたという。
一般的な地図サービスと行程表クラウドでの検索の違いまた、実施中のツアーにおけるイレギュラー対応の事例も紹介された。
車両火災を原因とする高速道路の通行止めによって、バスが大渋滞に巻き込まれた。乗務員の拘束時間の関係で帰着の遅延が許されない状況のなか、一報を受けた同社の企画担当者が行程表クラウドで経路と時間を再計算した。その結果、昼食時間の短縮と立ち寄り先1カ所を割愛することで、予定時間内の帰着が可能であることがわかり、即座に行程変更の対応をすることができた。永井氏は「拘束時間のルールが厳格化し、帰着時間を延ばすことが難しくなっている今、短時間で影響が少ないルートを検討でき、本当に役立っている」とその実用性を評価した。
さらに、参加客の乗降場所の共有についても、効果を発揮した。地名だけでは特定しにくく、誤認が生じやすい場所でも、行程表クラウドでピンポイントに地図へ登録し、貸切バス事業者と事前に確認することで、迷いなく運行できたことが紹介された。
飯尾氏は、バスの運行管理側の目線から、これらの事例のように適正なルートや配車先を共有することが、現場が「焦る」要因を排除できると指摘した。
大型車が通行しにくい道路は事前把握が難しく、運転士の大きな負担になる。慎重な運転でペースが落ちれば、後続車や時間が気になってくる。渋滞などで遅れが生じ、拘束時間を超える場合は代替の運転士が必要だが、用意するのは簡単なことではない。さらに、ツアー参加者と合流する乗降場所は安全な場所でなければならず、運転士が神経を尖らせるポイントでもある。
飯尾氏は、想定外の事態が発生し、余裕がなくなったときの「焦りやイライラ」が事故リスクとなると指摘。「運転士が安心して運行できる情報を旅行・バス会社間で共有・確認できること自体が、安全対策になる」とバス事業者の立場で説明した。
ツアー中のイレギュラー発生も、行程表クラウドで最善な代替案を作成。現場の負担や焦りを軽減し、安全なツアーを継続へ
安全の「共通基盤」がもたらす、意識と行動変化
行程表クラウドの活用は、現場の意識や行動に変化をもたらしている。
クラブツーリズムでは、バス事業者との会話が「手配」から「安全の対話」へ進化した。永井氏によると、以前はバス料金や台数確保など、見積もりや交渉が中心だったが、現在は安全配慮に関するコミュニケーションが活発になった。同社主導で、バス事業者と社員・添乗員を交えた安全講習を各地で実施するなど、一歩踏み込んだ関係性に発展している。
帝産観光バスでは、同システムを運転士同士による安全情報の共有にも活用している。若手ドライバーの育成やベテランの技術承継の場としても、機能しはじめた。飯尾氏は「ベテランから若手まで、全員が走行したルートの情報を互いに共有している。それをもとに『この道はどう行くと安全か』を話しあい、安全情報を引き継ぐことが、事故リスク低減につながる」とその意義を語った。
その上で飯尾氏は、クラブツーリズムがバス事業者と、安全に関するコミュニケーション機会を増やしていることに「旅程管理と運行管理の双方の“安全の知恵”が結集していくことは、本当に素晴らしい」と歓迎の意を示した。
「安全はコストではなく投資」、業界全体で知見を蓄積へ
クラブツーリズムでは現在、全国のバス事業者から、危険箇所の情報を収集。危ないと思ったルートや事故地点を行程表クラウド上に登録し、その箇所を含む経路を検索した時に、アラートが表示されるようになった。この情報は同システムを導入する貸切バス事業者も閲覧でき、安全運行に活用されている。
永井氏は「旅行会社とバス事業者が行程表クラウドを通してつながり、安全対策の実現と効率化を両輪で進めていくことができるはず。安全に関する情報が旅行業界とバス業界で蓄積・共有され、進化していくことで、将来的に業界全体の発展につながる」と期待を示した。
左がクラブツーリズムが登録した注意情報。これを、行程表クラウドを導入する貸切バス事業者も閲覧できるようにした飯尾氏は「ヒヤリハット対策をきちんと運用している会社は、事故が少ないのは間違いない」と応じ、情報が共有される意義を強調。その上で、かかるコストについては「未来の安全への投資と考えるべき。業界全体で安全に向かっていくことが大切だ」と話した。
ナビタイムジャパンの酒井氏も「安全への投資」という考え方に共感を示した。同社では、旅行とバス、両業界の知見やヒヤリハット情報を横断で蓄積・共有する構想を描いており、「個々の情報が、誰かの安全につながり、業界全体でヒヤリハット情報を蓄積していく。行程表クラウドを、業界の安全標準となるシステムとして育てていきたい」と決意を述べた。
最後にトラベルボイスの鶴本浩司代表が、事故発生の経験則である「ハインリッヒの法則」(1:29:300の法則)に触れ、議論を総括。「1件の重大事故の背後には29件の軽微な事故、その背後には300件のヒヤリハットがある。現場でヒヤリとした経験が共有されなければ、次の運転士も同じ危険に遭遇する。情報を蓄積し、共有していくことが、重大事故を防ぐことにつながる」と締めくくった。
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対応サービス:行程表クラウド by NAVITIME
記事:トラベルボイス企画部