訪日外国人の宿泊地が東京、大阪、京都の都市部に偏る傾向がみられるなか、いかに旅行者を地方へ誘客するか。観光による経済効果を地域に波及させ、持続的な発展につなげることが問われている。そのための観光地域づくりなど、地域振興に資する観光施策の企画立案や調整を担うのが、観光庁の観光地域振興課だ。観光地域づくり法人(DMO)による取り組みを支援し、その登録制度を所管する。
観光庁は2025年3月、「観光地域づくり法人の登録制度に関するガイドライン」の一部を改正し、同年10月に施行。2026年7月には、さらに、その内容の一部を改正し、8月1日に施行した。2度のガイドライン改正の背景とともに、広域周遊の促進やスノーリゾートの通年型化、高付加価値な観光地づくりといった観光地域振興課の取り組みを、課長の田中倫英氏に聞いてきた。
DMOの「自主性」を高める制度改正
DMOの登録制度開始以来、その登録数が順調に増える一方で課題となっていたのが、組織ごとの機能や活動の差だ。2025年3月のガイドラインの一部改正では、マーケティングに加え、地域マネジメントも含む観光地経営戦略の策定を必須とし、科学的アプローチを徹底するための必須KGI(重要目標達成指標)・KPI(重要業績評価指標)の見直しをおこなった。田中氏は「全体を底上げし、質を高めるための改正だった」と説明する。
しかし、施行後、DMOからは「あまりにも厳しすぎる」との声や、観光庁の意図とは異なる解釈に基づく問い合わせが多数寄せられたという。
例えば、観光関連産業従事者への裨益を測る指標として観光関連従事者の平均給与額を示したが、民間企業から給与データを集めるのは難しいとの声が相次いだ。
また、要件の一つに掲げた「安定財源を確保していること」という表現は、すでに確保している必要があると読める。だが、観光庁の意図は「確保に向けた取り組みを実施すること」というものだった。
そこで2026年7月の改正では、意図が伝わりにくかった表現を整理。また、KGIとKPIについては、経年変化の分析・評価すべき「観点」を明確にするとともに、一部のKPIは地域の実情に応じて各DMO自らが設定できるよう見直した。
「KPIは、地域が自ら目標設定や進捗管理を行い、達成できていなければ振り返って次にいかすためのもの。『地域に必要なことを自分たちで考える』という形で地域の自主性を高めるねらいから運用を弾力化したのが、2026年7月の改正の大きなポイントだ」
結果だけを追うものではない。目標達成に向けてどう取り組んだのか。達成できなかった場合には、何が問題でどう改善するのか。そこまで考えて行動しているかが重要だという。
地域ごとに異なる観光経営、支えるのは2つの「M」
地域の自主性を高めることについて、田中氏は「目標の立て方は地域によって違っていい」と話す。地域によって観光資源や置かれた状況は異なり、旅行者側の興味や価値観も人それぞれだ。すべての地域に共通する「成功の形」があるわけではない。
2025年7月に現職に就いた田中氏は、前職の国土交通省近畿地方整備局時代に何度か訪れた大阪・関西万博で「人々の趣味や嗜好は極めて多様」と実感した。一方、美術品など「本物」を展示したパビリオンには多くの人々が惹きつけられた。「観光も人によって見方は異なる。それを前提にしつつ、いかに本物を見せるかが重要」と話す。
地方誘客で、重視されるのが訪日リピーターだ。訪日回数を重ねると、地方を多く訪問することがデータにも表れている。日本を来訪する旅行者に、日本での滞在にいかに満足してもらい、「また日本に来たい」と思わせるかが重要である。
そこで問われるのがDMOの機能。近年、DMOの「M」は「マーケティングからマネジメントにシフトすべき」との議論もあるが、田中氏は「両方重要だ」と話す。
地域固有の魅力や来訪者をデータから捉え、自らの立ち位置とターゲットを見極めるマーケティングは「まだ十分にできているわけではない」。一方、観光事業者だけでなく、他産業を含む幅広い関係者を巻き込むとともに、地域住民に観光による効果を認識してもらう取り組みも重要であり、まさにマネジメント力が問われるところだ。
さらに、地方誘客・地方分散を進めるうえでは、地域を越えた連携も重要になる。観光庁が2026年度に開始した「DMO総合支援事業」は、まさにそうした「面」での観光地域づくりを後押しするとともに、広域で連携した観光を推進するものだ。広域連携DMOが域内のDMOや自治体などと連携し策定する、広域連携観光戦略に基づく取り組みなどを支援している。
「地域DMOが地域の魅力を磨き上げ、広域連携DMOがそれらをつないで外に発信する。逆に、広域の視点から各地域に提案する役割もある」と田中氏。実際に「広域的な連携をはじめている」というDMOの声は増えているという。
観光庁 観光地域振興課 課長 田中倫英氏
雪を入口に、地域にあう通年型リゾートへ
観光地域振興課が地方誘客の施策のひとつとして取り組んでいる事業が、国際競争力の高いスノーリゾート形成促進事業だ。観光庁では令和2年度から当該事業に取り組み、リフト・ゴンドラなどのスキー場インフラの機能強化や二次交通、体験コンテンツの造成、受入環境整備などを支援している。田中氏は「多くの訪日客を地方に誘い、長期滞在と消費を促す。そのモデルとしてスノーリゾートは、非常に重要」と話す。
さらに、冬だけに依存しない通年型の「マウンテンリゾート」への転換も重視する。背景にあるのは、年間を通じた雇用の創出だ。
観光庁が掲げるのは「住んでよし、訪れてよし、働いてよし」の観光地域づくり。田中氏は「最初に『住んでよし』が来ていることが非常に重要」と強調する。地域の魅力をつくり、支えるのは、その土地に住む人だからだ。通年で雇用と消費が生まれる構造へ移行すれば、地域の一次産業や地場産業にも経済効果が波及する。そこで働き、暮らす人々にとっても持続可能な「マウンテンリゾート」への変革こそが、地域活性化の核となる。
すでに、スキー場のインフラを活用した冬以外のコンテンツ開発で、通年の利用を大きく伸ばした山岳リゾートもある。しかし、その成功モデルは他地域にそのまま当てはまるものではない。地域の特徴を見極め、その土地ならではの仕掛けをつくることが重要になる。
その推進力となるのは人だ。「リーダーシップを発揮する人がいて、関係者に働きかけ、地域の合意を取りながら進めていくことが極めて重要」。ここでも、地域観光の司令塔となるDMOのマネジメント/マーケティング力が求められる。
地域観光の自走を
観光庁は「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくり」事業を5カ年計画で進めている。現在は14のモデル地域を支援しているが、最終年度となる来年度は取り組みの進捗に応じて大きくメリハリをつける方針だ。
田中氏は「高付加価値な観光地域をつくるための手順を作り上げたい。モデル地域以外でも活用できるよう、成否を分ける鍵となるキーワードを少しでも整理したい」と、その道筋を示す。成功事例だけでなく、うまくいかなかった理由も踏まえ、高付加価値な観光地づくりにいかしていく考えだ。
地域観光の振興では、観光の効果を地域全体に波及させ、その意義を住民に理解してもらう活動も欠かせない。田中氏は、こうした合意形成も「DMOの重要な役割の一つ」と強調する。
これまで道路行政に携わっていた田中氏は、DMOの将来像を「道の駅」に重ねる。道の駅の登録要件は「駐車場、トイレ、情報提供機能」だけであるが、30年以上前の制度発足時にはその名前はなかなか国民に浸透しなかった。今では、各地域の創意工夫で物産や飲食の販売などサービスを広げ「その土地の名物を探すなら、まず道の駅」と思われる存在に定着した。地域が主役となってその土地の特色を前面に出した結果、道の駅というブランドが確立したといえる。
DMOの登録制度開始から約10年。田中氏はDMOに、道の駅のような進化を期待する。目指すのは、地域固有の良さを打ち出し、自走するDMOだ。田中氏は国の役割を「自転車の最初のこぎ出しを支援するようなもの」と表現。走り出したら自らの力で進み、地域の観光を伸ばして「地域の稼ぐ力」を高めていくリーダー的存在となる未来を描いている。