東京都立大学観光科学科の清水です。
今回は、令和8(2026)年7月24日に一部改正された観光地域づくり法人(DMO)の登録制度に関するガイドラインの考察を通じて、DMOの最終目標の達成度を測るKGI・取り組みの進捗を測るKPI、そのマネジメントをめぐる施策展開のあり方を考えます。
私は、そう遠くない時期に、国がガイドラインでKGI・KPIの具体的な指標を必須として定めるのではなく、その設定をDMOの提案に任せる方向になることを期待しています。
改正を重ねるDMO制度、KGI・KPIはどう変わったのか
このガイドライン改正は、平成27(2015)年に最初のガイドラインが示されてから、何と7回目になります。毎回大きな改正が入るわけではありませんが、そのたびに対応しなければならないDMOの関係者の皆さんに同情します。
前回の令和7年改正では、登録区分が変更されるとともに、KGIとKPIが大きく見直されました。私自身がDMO制度設計の委員会に入っていたわけではないので、議論の詳細は分かりませんが、初めて内容を聞いたときには、「かなり思い切ったな」という印象と、「現場はかなり困るのでは?」という危惧を持ちました。
今回の令和8年改正では、「地域の自主性を高める制度改善」が提示されました。見直されたKGIとKPIに対して、DMOから対応の難しさが指摘されたことに対応する改善のようです。「画一的な対応でなく自主的な対応を尊重する」方向へみなおされましたが、これまで多くのDMOと関わってきた個人的経験から考えて、この改善が有効に機能するか、大きな不安を覚えます。
令和7年改正では、更新登録に向けて、KGIとして旅行消費額と経済波及効果(新規登録では不要)、KPIとして、1.一人当たり旅行消費額、2.延べ宿泊者数、3.来訪者満足度、4.持続可能な観光に対する住民満足度、5.観光事業者の平均給与額、6.月別来訪者の平準化率に加えて、DMO自らが設定するマネジメントおよびマーケティングの観点からの指標(新規登録では不要)が要件として提示されました。
確かに、多くのDMOにとって、これらを必須項目としてモニタリングすることは厳しい状況だったでしょう。そこで令和8年改正では、更新登録ではKGIの旅行消費額と経済波及効果を必須指標としました。KPIでは、1から4の4指標を必須として、DMOの人材・財源基盤に係る指標などその他の指標は、戦略を踏まえて自主的に設定できる形に見直され、努力目標とするような対応に変更されました(新規登録では経済波及効果と自己設定マネジメント・マーケティング指標は不要)。
それでも、個人的見解ですが、経済波及効果の分析は、データや手法への理解という観点から、かなりハードルが高いと言えるでしょう。
そもそも、KPI評価は何のために行うのでしょうか? この令和7年改正と令和8年改正での“混乱”を見るにつけ、これに対する関係者の無理解や誤解が多いのではと心配しています。
私の理解では、KPI評価の目的は、「期限内に組織が目指すべき達成目標に向けて、それに近づいたことを確認できる指標とその目標値を設定し、それらの指標が自分たちの取り組みによって目標値に近づくのかを定期的に確認し、近づいていかなければ取り組みを強化したり、別の取り組みを行ったり、より適切な指標を再検討すること」です。
KGIは「地域のなりたい姿」から決めるべき
KGIは「達成目標を具体的数値で表したもの」です。本来は、地域の関係者との合意形成を通じて、DMOがマネジメント区域内の観光地域づくりの「なりたい姿」を決定し、それを端的に示すごく少数の定量指標を“自主的に”設定することが求められます。
言うまでもなく、地域のなりたい姿は固定的なものではなく、地域ごとに異なるはずです。本コラムを執筆した数日前に北海道のニセコ町に出張していましたが、昔から環境を大切にしてきた同町では、リゾート開発をできる限り抑制しつつ、若年・子育て世代の定着や環境負荷の小さい市民生活の実現を目指していると理解しています。要は、著しく観光に依存しない地域づくりを目指しているわけです。
ニセコ町に限らず、著しく観光に依存しない地域づくりを目標にしている地域は少なくないはずです。このような状況で、観光庁が全国一律のガイドラインで旅行消費額と経済波及効果を一方的に“必須”KGIとしていることに大きな違和感を覚えます。
必須指標から抜け落ちた「環境」の視点
少し前まで、観光庁が音頭を取って「持続可能な観光」をフィーチャーし、その流れに乗って、持続可能な観光を推進する国際認証機関Green Destinationsのアワードを目指す地域が増えていると聞いています。しかし、今年度からスタートした第5次観光立国推進基本計画では、目標値の一つに「観光客の戦略的な誘客と住民生活の質の確保との両立に取り組む地域数」が設定され、前計画での「持続可能な観光地域づくりに取り組む地域数」から変更されています。
私は、この変更が国としては「あくまで地域経済が大事である」というメッセージだと受け取りました。そこでガイドラインの必須KPI指標を改めて見てみると、持続可能な観光の柱の一つである「環境」に関するものが一つもないことに気がつくでしょう。先のニセコ町や、同様に持続可能な観光の先進地である釜石市など、その観光計画に環境のKPI指標が含まれているところも散見されるようになっていましたが、このままでは次期の計画から環境関連指標が一斉に消えることも想像に難くありません。
昨年度の観光庁によるDMOデータ活用事業で、私は有識者として宮古島観光協会に伴走支援をおこないました。宮古島では、もちろん観光による経済成長が大事ですが、あの素晴らしい自然環境を観光で破壊しないようにすることも、観光事業者の重要な役割であることは言うまでもありません。戦略策定に当たって、「経済関連指標だけでなく、環境関連の指標を自主的に設定した方がいいのではないですか?」と何回か問いかけた記憶があります。しかし、ガイドラインに指標例として掲載されていないことも影響してか、実現はしていません。
指標を追うだけでは、KGI・KPIマネジメントにならない
国指定のKGI・KPI指標のモニタリングに必死になるあまり、本来行うべきKGI・KPIマネジメントに意識が回らない。こんなことが各地で頻発しているのではないでしょうか? 本来、設定するKPI指標とDMOが実施する事業を対応づける必要があることは言うまでもありません。残念ながら、これができているDMOは非常に限定的であるというのが、私の見解です。
例えば、必須KPIである「一人当たり旅行消費額」を増やす目標を設定した場合、そのような事業でそれが達成できるでしょうか? その事業にどのくらいのリソースをかける必要があるのでしょうか? 複数の取り組みが考えられる場合、どれが効果的なのでしょうか?
KGI・KPIマネジメントには時間も根気も必要ですが、このことが適切に伝わっていないようです。加えて、観光庁には厳しい指摘になりますが、「現状のKGI・KPIマネジメントフレームでは、時間をかけるだけムダ」というDMOの諦めの心境も見え隠れします。
私は、東京都産業労働局観光部からの支援を受けて、「指標を活用した持続可能な観光地域経営の進め方」という講座を令和6年度から試行的に提供しています。観光データサイエンスを専門の一つとしながら、地域の観光地域づくりの伴走支援を担当してきた立場で感じた課題感をベースに、その内容を組み立てています。90分×16コマという、大学の2単位を付与する講義と同じ時間数をかけ、なりたい姿の定め方から、その実現に向けたKGI・KPIマネジメントまでを演習形式で実施しています。
手前味噌ですが、実は一番必要な施策は、このような基礎的な講座を、リーズナブルな受講費用負担のもとで、全国的に提供することではないかと感じています。その最大の課題は、演習をオーガナイズできる講師の発掘と育成です。
そして、講座が一定程度行き渡った後に、ガイドラインについては、KGIといくつかのKPIを設定することのみを必須として、その具体的な指標設定はDMOの提案に任せるといった内容になることを期待します。
DMOのKGI・KPIマネジメントは何のために行うのか。観光庁には、その本質を考えた制度設計をお願いしたいところです。
清水哲夫(しみず てつお)
東京都立大学都市環境学部観光科学科教授、博士(工学)。非常勤で日本観光振興協会総合調査研究所所長を務める。土木計画学が専門で、観光分野におけるデータサイエンス×観光地域づくり×モビリティマネジメントの領域で研究・実践活動を展開する。