アジア最大級の観光産業展示会「ITBアジア2026」が2026年10月21~23日、シンガポールのマリーナベイ・サンズで開催された。19回目となる今回は、「MICEショー・アジア」「トラベルテック・アジア」を併催。参加者1万8000人超、出展ブランド1000超、昨年を上回る規模となった。
期間中には160人の講演者による100以上の講演や、6万件の商談マッチングを展開。新たな取り組みとして「Experience Zone(エクスペリエンス・ゾーン)」を設けたほか、「MICEショー・アジア」の展示面積を約3倍(前年比184%拡大)し、成長分野への対応を強化した。
ITBアジアの責任者である、本社エグゼクティブ・ディレクター、ダレン・シー氏は開幕にあたり、「旅行は最終的には人が中心だ。旅行者が求める体験、そこで生まれるつながり、心に残る場所が重要になる」と強調。「新たなエクスペリエンス・ゾーンや、大幅に拡大したMICEショー・アジア、トラベルテック・アジアへの注力は、急速に変化しながらも人のニーズを中心に据える観光産業を映し出している。私たちの役割は、業界を前進させるつながりをつくることだ」とコメントした。
会期中にトラベルボイスの単独取材に応じたシー氏は、旅行者の消費行動の変化や旅行テクノロジーの新たな潮流などについて説明。日本の観光事業者に対しても、今後の海外市場への情報発信や商談機会の活用について提言した。
旅行先は「国」よりも「体験」で選ぶ時代へ
シー氏が今年の最大の見どころとして挙げたのは、新設した「エクスペリエンス・ゾーン」だ。「体験コンテンツの流れは、少なくとも今後3~5年は続く」と予測を示した。
その象徴となるのが、エクスペリエンス・ゾーン内に設けた、トリップアドバイザーと連携した「Experience Pavilion(エクスペリエンス・パビリオン)」だ。同氏によると、トリップアドバイザーが同様のパビリオンを設けるのは世界の展示会の中でもITBアジアが初めて。トリップアドバイザーの旅行者評価に基づく「ベスト・オブ・ザ・ベスト」受賞事業者が参加した。日本からも寿司作りやラーメン作りなどの体験コンテンツを提供する事業者が参加した。
シー氏は「こうした事業者の多くは従来は旅行見本市に出展することを考えていなかった小規模事業者。大手旅行会社やツアーオペレーターとは異なる事業者が、初めて業界関係者と直接つながる機会になる」と説明する。
今回新設したエクスペリエンス・ゾーンで重点分野に据えたのは、ガストロノミー、ウェルネス、アドベンチャーの3つだ。その理由について、「ガストロノミーは旅行先の文化とのつながり、ウェルネスは個人の心身の健康、アドベンチャーは新しい発見や刺激をもたらす。それぞれが旅行者とデスティネーションを結びつける重要な要素だ」と説明した。
シー氏が注目するのは、旅行先の選び方そのものの変化だ。トリップアドバイザーと旅行動向を分析するなかで、従来の旅行者は「日本に行きたい」「イタリアに行きたい」など、まず国や地域を決めていたが、現在は「何を体験したいか」を先に考え、目的地を選ぶ傾向があるという。
例えばスキー旅行なら、最初にスキーをしたいという目的があり、その後に各国のスキー体験を比較する。森林の中を滑るといった特別な体験ができるかどうかが、行き先を決める要素になる。
この変化を踏まえ、シー氏は日本の観光事業者に対して「美しい景色やホテル、交通インフラを紹介するだけでなく、旅行者が現地で何を体験できるのかを伝えてほしい」と提言する。工芸品作りや料理体験など、旅行者が自ら参加できる活動を具体的に示すことが重要だという。
日本のウェルネス観光については、温泉旅館などを高く評価。「日本はすでにウェルネス分野で高い水準を築いている」と話す。一方で、箱根や京都、大阪、東京などへの訪問経験を踏まえ、知名度が比較的低い地方都市にも興味深い体験があり、さらに積極的な情報発信が必要との見方を示した。
ITBアジアの責任者 兼 エグゼクティブ・ディレクターダレン・シー氏
MICE展示面積が184%拡大、旅行テクノロジーは決済サービスが台頭
今年のもう一つの大きな変化が、MICE市場の拡大だ。併催する「MICEショー・アジア」の展示面積は前年から184%増加した。
シー氏は「多くのデスティネーションが、従来の団体レジャー旅行や個人旅行だけでなく、MICEや出張に目を向け始めている」と指摘。ホテルも企業出張やインセンティブ旅行の団体需要を重視する傾向があるという。
また、旅行テクノロジーの分野では、新たな出展企業の動きも見られる。シー氏が今年の特徴として挙げたのは、旅行者向けの金融・決済サービスを提供する企業の存在感が高まっていることだ。
例えば、金融テクノロジー企業の英国のRevolut(レボリュート)社などが、一般消費者向けの決済サービスに加え、旅行者を対象とした商品やサービスを展開しているという。
「ITBアジアはBtoBの展示会であり、消費者は来場しない。こうした金融テクノロジー企業が求めているのは、デスティネーションやDMC、旅行会社とのパートナーシップだ」と説明する。
具体的には、旅行会社が団体ツアー客に決済サービスを紹介し、利用者に特典やクーポンを提供する仕組みなどが考えられる。また、デスティネーションとの連携を通じて、旅行者による現地でのサービス利用を促進する取り組みも想定されるという。
一方、AIについても旅行業界への浸透が進むと見ている。
シー氏は旅行会社による旅程作成を例に挙げ、「以前は旅行先の見どころや訪問先を調べて旅程を組み立てるのに多くの時間が必要だった。しかし今では、AIを使えば1分足らずで旅程を作成できるかもしれない」と話した。
ITBアジア自体もAIの活用を進めている。すでに商談マッチングシステムにはAIを導入し、参加者が登録した希望条件に応じて、面談相手となる企業や担当者を推薦する機能を提供している。
会議プログラムについても新たな試みを進める。会場には、旅行産業全般のトレンドを扱う「ナレッジ・シアター」、MICE関連の「MICEショー・アジア・シアター」、旅行テクノロジーを扱う「トラベルテック・アジア・シアター」の3つを設け、それぞれ専門分野に応じた講演や討論を展開した。
また今後は、各セッションの登壇者や主な発言、重要なポイントをAIで要約し、参加者が取得できる仕組みも検討している。シー氏は「現在システムを試している段階だが、うまくいけば来年には各セッションのAI要約をダウンロードできる機能を導入したい」と説明した。
日本の旅行・観光事業者が参加して効果を高めるには
シー氏は「日本からの参加者を含め、もっとも勧めたいのは、会期前からビジネスマッチングのプラットフォームを活用することだ」と強調する。
マッチングシステムは開催1カ月前に公開され、AIによる推薦機能を通じて事前に面談相手を探すことができる。「会場に来てから相手を探そうとしても、すでに予定が埋まっている場合がある。事前に商談を設定しておくことが重要だ」と話した。
さらに、展示会場が複数フロアに分かれていることから、事前にフロアマップを確認し、商談先の位置を把握することも勧めた。
シー氏が繰り返し強調したのは、展示会の規模そのものよりも、参加者が実際のビジネス機会を得られるかどうかという点だ。体験コンテンツ事業者の新しい担い手と旅行業界を結び、旅行テクノロジーにおける新たな商談を生み出すことが、ITBアジアの目指す方向性だと語った。
取材・文: 鶴本浩司