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絶景の名湯「ホテル浦島」トップに聞いてきた、地域経済の中核担うホテル再生、全館改修で目指す次世代リゾートのカタチとは?

和歌山県・熊野灘の荒波が生み出した天然洞窟風呂「忘帰洞」で知られる、「ホテル浦島」。昭和の観光ブームに沸き、今も多くの観光客が訪れる大型温泉リゾートだ。関西・中部圏、特に団塊世代の団体旅行や家族旅行を中心に絶大な人気を誇ってきたホテルが、大きな転換期を迎えている。

2023年12月、日本共創プラットフォーム(JPiX)が創業家から浦島観光ホテル社の全株式を取得。JPiXは、約10年にわたる大型投資を計画し、時代に即したサービスを提供するための全館リニューアルを進めている。その舵を取る浦島観光ホテル代表取締役社長の松下哲也氏に、転換期の戦略と展望を聞いてきた。

松下氏は、2024年1月に同代表取締役に就任。それ以前は、帝国ホテルをはじめ、リゾートや旅館など、多様な宿泊業態に携わってきた。2025年6月には、那智勝浦観光機構(地域DMO)の理事長にも就任。松下氏は、長年、地域の観光をけん引してきたホテル浦島の存在価値をさらに高め、新時代に向けた地域の活力につなげていく考えだ。

ホテル“全体”のリニューアルへ

来年70周年を迎えるホテル浦島の総客室数は365室。過去の最多客室数からは半減しているが、今も和歌山県で最大規模を誇る。勝浦湾に突き出した半島全体、東京ドーム約4.5個分の巨大な敷地に、本館、なぎさ館、日昇館、山上館の4館を配し、忘帰洞など地形を生かした6つの温泉大浴場、崖上の展望台、散策路などがある。

世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に近く、生マグロの水揚げ日本一の港町という立地も強み。紀伊半島を訪れるツアーでは、定番の宿泊施設であり、観光コンテンツとなっている。松下氏によると、エリア全体の宿泊売上における同ホテルのシェアは40~50%。まさに、地域観光の中核となっている。

JPiXは、浦島観光ホテルの買収時、地域経済を成長させる基盤とすべく、ホテル浦島の全館リニューアルを織り込んでいた。松下氏は「親会社のJPiXと、優先事項を見極めながら着実に取り組む」と説明する。

ホテル浦島は長年、地域観光の中核的な役割を果たしてきたが、経営方針や営業スタイルは保守的だった。例えば、客室販売では多くを従来型の旅行会社に割り当て、OTAへの提供はごく一部。旅行市場の変化に伴い、多くの宿泊施設が変化を余儀なくされてきたが、同ホテルでは「長年の歴史でブランドが確立しているため、従来のやり方でも一定の売上を維持できていた」(松下氏)という。

しかし、未来に向けた成長には時代にあわせた変化が必要だ。そのため、リニューアルは施設の老朽化への対応にとどまらず、オペレーションや販売、マーケティングなど、経営全体の仕組みの刷新も同時に進める。

意識改革もその一環。松下氏は、スタッフの接客面について「何も言うことはない」と評価する一方で、今後は「おもてなし」で対価が得られるという意識付けと体制づくりに注力していく。日本の宿泊業で過去に、ホスピタリティに対価を求めないと教育されてきたことが、宿泊業の低い賃金水準につながったと考えている。

松下氏は「この仕事を“楽しくて儲かる”商売に変えるためには、ホスピタリティのマネタイズが必要。当社が先陣を切ってその仕組みを作りたい。地域のフラッグシップであるホテル浦島を、この地方を発展させる原動力にする」と意気込む。浦島観光ホテル代表取締役社長 松下哲也氏

レストラン改革が生んだ意識の変化

一連のリニューアルで、松下氏が真っ先に着手したのが、食の改革だ。同ホテルは以前から、温泉の評価が高い一方で、食事への課題感があった。「旅行の楽しみといえば食。目の前が海なのに、期待を裏切ってはいけない。社員に『食の浦島になる』と宣言した」と話す。

まず、手がけたのは、日昇館のレストラン「サンライズ」。2024年7月、バイキングに「熊野cuisine(キュイジーヌ)」を掲げ、地域の海産物や農畜産物を中心としたメニューの提供を開始した。生マグロの刺身のほか、新しいマグロの看板料理を松下氏の考案のもと、厨房スタッフと創作した。マグロの角煮の炊き込みご飯をひつまぶし風に提供する「浦島めし」だ。

「我々の商売は、リピーターを作ること。目指すべきは“1年に1度は行きたい宿”。家族旅行なら、子供が『来年も来たい』と言いたくなる体験を作りたい。食事は、家族が同じテーブルを囲む時間。そこに笑顔を作ることが、次の旅行につながる思い出になる」(松下氏)。

新たなメニューやサービスを、宿泊客の年齢や旅行目的ごとのストーリーとともに考える。すると、スタッフも宿泊客の喜ぶ姿を想像し、議論が白熱した。「私は途中から口を出さず、スタッフに任せた。現場の“ローカルエッセンス”は、当館の体験価値を高める大切なファクターになる」と話す。

全館リニューアルの第1期として、日昇館は2026年8月の完成を目指す。レストランの内装も一新し、 マグロ解体ショーも復活させる。「味だけではなく、見せ方も大切。入った瞬間に『わぁっ』と驚かれるレストランを目指している」(松下氏)。

浦島観光ホテル代表取締役社長 松下哲也氏

価値を価格に反映

食の改革と並行して、松下氏が取り組んだのが、セールス&マーケティングの手法を再構築することだ。

これまで、客室価格は広さを基準に設定し、眺望の付加価値を価格に反映できていなかった。太平洋の水平線まで見渡せるダイナミックな景観の日昇館と、勝浦湾と街並みを望む本館で価格差がなかったという。しかし、「本来、日昇館の方が高額でよいはず」と松下氏。この考えから、日昇館の最上階で最高の眺望が楽しめる客室は、同ホテルで最上ランクの「山上館」と同水準に見直した。そして、日昇館の中層階はアッパーミドル層の家族客を意識した価格とした。

「この取り組みがうまくいけば、『いつかは山上館に』と憧れられた山上館の方向性が見えてくる」(松下氏)。山上館は、海抜80メートルの半島頂上という他館とは異なる特別なロケーションにあり、展望台から望むような絶景が広がる。最上ランクの館としての位置づけを明確にすることで、様々な展開が検討できる。世界のラグジュアリーブランドでの運営などを含め、あらゆる可能性を排除せず、柔軟に考えていくつもりだ。

客室販売では、販路拡大にむけてOTAや海外へのセールスを強化。「地域の観光消費額を上げるには、滞在日数の拡大が不可欠。インバウンドの重要性を感じている」と、海外商談会にも積極的に参加している。

これら取り組みの成果として、松下氏の就任から1年半、販売可能な客室1室あたりの収益(RevPAR)は約5000円上昇。この規模にもかかわらず大きく伸びた。松下氏は「インバウンド客の影響が大きい」と手ごたえを感じている。

「改革を続けるためには、全員が考え、動ける状態にする必要がある」。そう話す松下氏は、人材教育も重視。研修の一環として、スタッフが他社のホテルを体験する機会を設けた。研修で利用したホテルのビュッフェで、オープンキッチンの料理人から「温めましょうか」と声をかけられた経験が印象的だったという声もあった。「自分が嬉しい、よかったと感じたことを、サービスやおもてなしに反映してほしい」と、松下氏は期待している。

港から亀の送迎船でホテル浦島へ。中央が本館、右上が山上館、左がなぎさ館。その対となる半島東側に日昇館がある

宿泊して楽しみたいと思われるホテル、地域に

ホテルのある那智勝浦町は、大都市からのアクセスが決して良いとは言えない。大阪や名古屋からは特急で約4時間。車でも高速道路で約4時間。南紀白浜空港からも約2時間かかる。

それでも松下氏は、この距離を不利な条件とは捉えてはいない。リニア開業や紀勢自動車道の全通などで交通利便が向上しても、滞在する必要性を感じない旅行者が増える可能性もある。「旅先は遠くていい。時間をかけてでも来たくなる理由をつくることが大切であり、それが我々の仕事」と話す。

那智勝浦町の観光客数は年間約120万人(2025年見込み)。しかし、例年、約7割が日帰りや通過客だという。一方で、来訪者の7割が宿泊客という温泉観光地もある。「これが課題の本質。魅力が十分に伝わっていない。宿泊して楽しみたいと思われるマーケティングが必要」と力を込める。「地域が持つ観光資源を見直すことから始める。新しい何かを作るのではなく、すでにある“恵み”をどう価値化するか。その方法を、地域全体で考えることが大切」との考えだ。

浦島観光ホテルは、ホテル浦島のほか同町内に「万清楼」、熊野本宮大社近くに「山水館川湯みどりや」「川湯まつや」の計4館を運営する。松下氏は、インタビューの最後に「地域でシェアの高い当社が率先して課題に挑み、成功例を示す。それが地域全体の力になる」と力をこめた。

山上館のある半島頂上から見た山側の景色。那智勝浦の港や町、その奥には霊場と参詣道を抱く紀伊山地が続く