交流創造事業をドメインに掲げ、旅行・地域・ビジネス分野でソリューションビジネスの拡大を進めるJTB。大きく3つの軸で構成される事業のうち、基盤を成すのがツーリズム事業だ。個人旅行から産官学の法人需要まで多様な顧客に対し、旅行や交流を通じた価値提供を進めるとともに、地域や社会の課題解決を命題に掲げている。
コロナ禍を経て正常化した旅行市場の回復をけん引しつつ、未来を見すえた新たな事業領域の創出にも挑む。その舵を取っているが、2025年4月1日付で就任した取締役 専務執行役員の西松千鶴子氏だ。今後の展望を聞いてきた。
体験価値の高い商品造成に注力
直近の需要動向と営業方針について西松氏は、「国内旅行はコロナ前の水準まで回復。大阪・関西万博を契機とした関西方面の活況が目立っており、下期は沖縄をはじめとする定番デスティネーションへの波及を見込んでいる。海外旅行は回復途上だが、テーマ性を打ち出した商品の開発や、将来に向けて教育旅行を含めた若年層市場の醸成に注力していく」と語る。
今年度はスポーツ分野での展開も顕著だ。MLBワールドツアーのオフィシャルパートナー、ロサンゼルス・ドジャーズとのパートナーシップ、Jリーグのサポーティングカンパニーなど、複数の契約を通じて体験価値の高い商品造成を推進。スポーツと地域を軸にした周遊型コンテンツの創出も加速している。
訪日インバウンドでは、取扱額を2030年度までに2025年度比で約2.7倍に拡大する方針を9月に明らかにした。既存の「BtoC」「提携販売」「旅行会社・ランドオペレーター」「BtoB」「プロモーション」「BtoG(自治体・官公庁)」の6領域に加え、訪日目的を創出するサービスやコンテンツ開発・投資を行う「+1」の新領域を設定し、事業ポートフォリオの拡充を図る。一方で、西松氏は「宿泊単価の上昇や旅行会社向け客室供給の逼迫など、急増する需要に伴う課題も浮上している」と指摘する。
オンラインとオフラインの境目なくす
創立から113年。JTBは年間で、企業3万5000社、地域・行政550市区町村、学校関係84万人、個人2000万人の旅と交流をプロデュースしている。西松氏は「発地と着地、両方の顔を持っているのが私たちの強み」と語る。
さらに、「人の力こそが最大の価値」と西松氏は言う。「人財という最大資産にテクノロジーを掛け合わせ、新しい体験価値を届けたい」。旅行業界でDXが不可欠になった今、営業・提供体制とAI戦略を一体的に推進する方針だ。
個人旅行では、店舗でオンライン接客を活用したリモートコンシェルジュを展開。来店が難しい地域や、店舗での待ち時間がある顧客も、オンラインで相談できる体制を整えた。相談予約ページではコンシェルジュの人となりが垣間見える投稿を発信し、現地スタッフと三者で相談できる体制も構築している。
会員データの活用も深化。「お客様の行動や予約履歴をしっかり把握することで、より的確な提案ができる」と西松氏。JTBのトラベルメンバーIDを基盤に予約・行動履歴を一元管理し、店舗担当者がオンライン上の顧客行動を参照可能にした。今後は、リアル接点で得た情報をAIリコメンドに反映し、最適な提案につなげたいとする。
教育旅行でも西松氏は、「地方や人口減少地域の学校が抱える課題に寄り添うことが大切」と話す。JTBは事前打ち合わせをオンラインでおこない、オーダーメイドの柔軟性を保ちつつ、モデルプランに最小限の調整を加えることで、効率と品質の両立を図る教育旅行サービスを開始した。
こうしたDX・AI戦略全般の考え方について、西松氏は「オンラインとオフラインの境目をなくし、OMOを推進しつつ、国内外の体験コンテンツを一人ひとりに届けたい」と説明。全社横断のデータインテリジェンスチームが各事業の投資とニーズを統括し、マーケティングデータを使った自動マッチングや24時間対応チャットの高度化を推進。AIの社内ハッカソンで開発した業務改善ツールも各部門に展開している。
富裕層向け新サイト「anyBOUND」立ち上げ
サステナビリティの観点でも、西松氏は強い思いを持つ。「旅行は、地域の文化や暮らしを理解し、住民と持続的に関わる体験であるべき」。その一環として注目を集めているのが、今後スタートする富裕層向けの取り組みである新サイト「anyBOUND」だ。希少な体験コンテンツを求める富裕層向けに今までにない新しい旅行提案の形、新しい購入・決済の形を実現するため、ブロックチェーン技術を活用して新サイトを開発する。
デジタルネイティブ層かつ暗号資産も所有するようなモダンラグジュアリー層をメインターゲットとし、世界中の希少な旅行コンテンツとWeb3.0を活用したNFTなどデジタル手段を組み合わせ、体験しながら残す仕組みを導入した。発着の縛りがない現地集合・解散をメインにしたコンテンツとして販売する。西松氏自身が在籍していたロイヤルロード銀座で培った商品開発のナレッジやホスピタリティも活かし、世界発・世界着でのボーダーレスな販売とオペレーションスキームで、富裕層市場の体験志向に応えるとともに、文化継承への投資を促すモデル構築を目指している。
JTBツーリズム事業の舵をとる西松千鶴子氏
多様なパートナーとの共感を基盤に
ツーリズム事業は、仕入れや地域ネットワークを核に、エリアソリューション、ビジネスソリューション、グローバル事業を横断して支えるハブ機能も担っている。西松氏は「ツーリズム産業はすでに日本の主要産業の一角。人の力を中心に、DXやAIを融合した総合力で課題を乗り越え、社員への投資を継続したい」と話す。
また、西松氏はリーダーとして、「置かれた場所で全力を尽くすこと」の重要性を強調する。「予期せぬ役割やミッションがあった際も、自身の個性や強みを活かして対応する姿勢を大事にし、多様なリーダーシップを尊重しながら、社員やお客様が共に満足できる環境づくりに注力したい」と力を込める。
観光産業の未来については、「私たちだけでは価値を作れない」と率直だ。顧客や地域、企業、自治体など、多様なパートナーとの共感を基盤に持続可能な価値を共創することが不可欠とし、人手不足や業界の課題を総合力で乗り越え、働く価値を社員に実感してもらいながら、観光を通じてお客様に新しい体験や心豊かな時間を提供することを目指したいという。
ツーリズムを核とした交流創造事業として、地域やパートナーとともに未来の観光を形づくる――。西松氏の言葉には、リーダーとしての覚悟と、観光産業全体をけん引する思いがにじむ。DXやサステナブルな取り組みと合わせ、次のステージへと進化するJTBの姿勢がここにある。
聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫
記事:野間麻衣子