東京都立大学観光科学科の清水です。今回は、近年の観光地域づくりに関して感じていること、「観光圏」について述べたいと思います。
観光圏とは、2008年に施行された観光圏整備法に基づいて認定される、複数自治体で構成する圏域です。私は観光圏の制度設計を審議する委員会に当初から参画しており、直近では認定委員会の座長を務めていました。加えて、全国観光圏推進協議会のアドバイザーにも就任しています。思い入れもありますので、この観光圏の仕組みや現状・課題、これからの期待について述べたいと思います。
DMOの役割とは?「購入したい」と感じさせる魅力で地産地消に貢献
地域の持続的経営のために、観光地域づくりとその推進組織が果たす役割が極めて大きいことは、すでに共通理解だと思います。
多くの地域が担い手不足に直面し、地場産業の維持も徐々に難しくなっているようです。観光の力を上手に使える地域が、その維持や縮小速度の抑制に成功すると期待されます。具体的には、地場産業の生産物を観光商品に活用することで地産地消に貢献し、その後のECサイトでの消費につなげていく。このことで、当該産業の売上げ・利潤の確保、既存の担い手のつなぎ止めや新たな担い手の確保につなげることが可能になります。
しかし、どのような商品でもよいわけではありません。「地域貢献をしたい」というような純粋な気持ちで購入されることもありますが、やはり購入したいと感じさせる魅力が必要です。どの地場産業のどの商品であれば観光客の手に取ってもらえるのか、ECサイトで購入してもらえるのか。観光客が感じる地域のテーマ性と親和性はあるのか。この課題に、地場産業と連携して主体的に取り組むことが地域の観光地域づくり推進組織の果たすべき役割だと考えます。
物的商品を生産するいわゆる一次産業・二次産業だけでなく、地域資源を観光活用する体験アクティビティを提供するサービス産業も必要なピースです。その担い手の維持・確保への貢献も求められます。
こうした観光地域づくり推進組織として位置づけられるのが観光地域づくり法人(DMO)です。DMO区分の中でも、「地域DMO」は、この課題に正面から取り組まなければならない存在でしょう。しかし、どの程度の組織がその役割を十分に果たしているでしょうか。
私は、この課題に真正面から取り組める制度の一つとして「観光圏」を推したいと考えています。
観光圏の歩みとDMO
観光庁は観光圏を「自然・歴史・文化等において密接な関係にある観光地を一体とした区域」と定義しています。21世紀に入り、日本人一人当たり年間延べ宿泊数が減少傾向を示したため、1泊2日の旅行形態を2泊3日に転換することで歯止めをかけようとしました。そのためには、既存の宿泊拠点地区が単独で戦うのは不十分です。そこで、広域連携による滞在プログラムを構築して、「もう1泊」需要を創出することを狙いとしました。複数自治体で圏域を形成して5年間の整備計画を策定、それを観光庁が認定することで観光圏となります。
当初は49の観光圏が認定されましたが、粗製濫造といって過言でない状況でした。民主党政権時代の事業仕分けを経て、「最終的に地域ブランドを形成すること」を目的とした観光圏に限定して認定を行うスキームに移行し、13観光圏にまで絞り込まれました。現在は、11の観光圏が残っています。
この間、日本人一人当たり年間延べ宿泊数の増加を目的とした制度が、事実上インバウンド対応を主眼に置くように軌道修正されました。2018年に改訂した「観光圏の整備による観光旅客の来訪及び滞在の促進に関する基本方針」によるものです。
加えて、観光圏の推進組織である観光地域づくりプラットフォーム自体がDMOとしても登録されるケースが増え、多くの観光圏がDMO制度と観光圏制度の切り分けに苦しむこととなりました。観光庁も観光圏からの制度運用に対する不満を受け止めきれず、DMO制度が広範に運用されている中での観光圏制度のあり方を議論する機会もありませんでした。過去に業界誌(週刊トラベルジャーナル2023年9月25日号)が、「観光圏とDMO」特集を組み、そこでは観光圏とDMOの両立に否定的な論調が展開されたこともありました。
観光圏制度の特徴と具体的な取り組みは?
DMO制度と比較した観光圏制度の特徴として、以下の3点が挙げられます。
- 圏域の認定(DMOは組織の認定)
- 観光庁が認定する観光地域づくりマネージャーが存在
- 将来の地域ブランド確立を目指し、ブランドコンセプトを設定
地域ブランド確立には、他地域との差別化、地域の成り立ちを背景にした「売り」を特定し、来訪者や地域の担い手・住民が、それに対して誇りと信頼を持つことが必要です。そのために、観光地域づくりマネージャーが中心となって圏域全体を貫くブランドコンセプトを設計します。その下で、滞在プログラムを構築することが求められています。
観光地域づくりマネージャーは、先の基本方針で、「観光地域づくりに関して地域が目指すべき方向性を企画・立案し、関係者との認識共有及び合意形成を行い、かつ、具体的な事業の実務を適正に実施するために必要な知識及び経験を有する者」と規定されています。各観光圏からこのような能力を有すると考えられる候補者を年1回のマネージャー認定研修に派遣し、研修での厳格なプログラムを経て一定の能力があると認められる候補者が認定されます。2024年度末までに237名認定され、全国観光圏推進協議会が自律的に実施している「観光地域づくりマネージャーステップアップ研修」で継続教育を受けています。
まさに観光地域づくりの戦略策定や実践の担い手を、観光庁と協議会が協調して組織的に育成しているわけです。地域ブランドの確立には、最低でも数十年単位の時間が必要です。そのノウハウは確立されておらず、試行錯誤が必要でしょう。そのためにはリーダーシップ能力を高い次元で持つ観光地域づくりマネージャーが不可欠です。研修コンテンツでは、単なるスキルではなく「志」を持つことを最優先に設計している点も特徴です。これは既存のDMO関連研修プログラムにはない発想です。
地場産業や農業などに従事する新たな人材を積極的に観光地域づくりマネージャーにすることが、まさに観光圏制度全体のKPIの一つになるはずです。
一方、ブランドコンセプトの確立については、十分に出来ている観光圏はまだ少ないのが実情です。最も進んでいるのが雪国観光圏であることは衆目の一致するところですが、その設定には10年規模の時間を要しました。それでも地域への定着という意味では、さらに時間が必要でしょう。ブランドコンセプト定着の段階でも最低限20年は必要なのかもしれません。各観光圏には、ブランドコンセプトを見つめ直し、できるだけ時間を短縮してより望ましいものを設定して欲しいと思っています。
観光圏とDMOの両立は可能か?
結局、観光圏制度には中長期の地域づくりの視点が不可欠です。現時点では短中期の経済波及を主眼としているDMO制度とは、似て非なるものと言えるでしょう。しかし、両者は完全に両立できるはずです。中長期の地域づくりには、より持続的でより実効性の高い経済波及構造をつくる必要があるからです。
観光庁は2025年度に「観光圏の機能強化有識者会議(私が座長を務めました)」を設置し、3回の審議を経てこれからの観光圏制度の方向性を提示しました。観光圏制度発足時の目的だった2泊3日以上の滞在を達成するために、観光地のブランド化を目標とすること、それを実現するために観光地域づくりプラットフォームと観光地域づくりマネージャーの機能を強化することを再度確認しました。この取りまとめが観光圏制度を再度活性化していくきっかけになることを期待します。
せっかく組織的に観光地域づくり人材を育成し、ブランド化に向けた“知的”支援をしているのですから、観光圏制度に11圏域しか参画していないのは大変もったいないと思います。観光圏の理念に賛同する地域DMOには、ぜひ観光圏の門戸を叩いてほしいと考えています。
清水哲夫(しみず てつお)
東京都立大学都市環境学部観光科学科教授、博士(工学)。クロスアポイントメント制度で金沢大学先端観光科学研究所特任教授を併任。非常勤で日本観光振興協会総合調査研究所所長を務める。土木計画学が専門で、観光分野におけるデータサイエンス×観光地域づくり×モビリティマネジメントの領域で研究・実践活動を展開する。