世界の旅行市場がコロナ禍を経て正常化するなか、次の競争軸は「地理」ではなく「構造」に移行している。旅行調査の世界大手フォーカスライト社の上級バイス・プレジデント、ミトラ・ソレルズ氏は、最新調査をもとに世界旅行市場の規模拡大と地域別の成長の違い、そして生成AIがもたらす流通構造の転換について発表した。今回の発表はITBベルリン2026の開会記者会見でおこなわれた。(写真:フォーカスライト社の上級バイス・プレジデント、ミトラ・ソレルズ氏)
※編集部注:本調査と予測は、米国・イスラエルによるイラン攻撃の発生前に実施された。
世界の旅行総取扱高は2027年に2.14兆ドルへ
フォーカスライトの調査によると、2025年の世界旅行総取扱高は前年比6%増の1.93兆ドル(約300兆円)に達した。さらに2027年には2.14兆ドル(約332兆円)に拡大し、そのうち約67%をオンライン予約が占めると予測する。
地域別にみると、欧州や米国といった成熟市場では、2028年までの年平均成長率(CAGR)は約4%と予測。旅行需要そのものは横ばい、もしくはわずかな増加にとどまる一方、旅行構成要素の価格上昇やラグジュアリーセグメントの底堅さが、予約総額の緩やかな増加を支えている構図だ。
これに対し、中東の一部地域、インド、中南米では、より速い成長が見込まれている。同氏は中東については短期的には地政学的な変動の影響を受ける可能性はあるとしつつも、「中東では、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、カタール、エジプトを調査対象としている」と説明し、「中間層の拡大、急速なデジタル導入、若い人口構成が成長を後押ししている」と指摘した。
特にサウジアラビアについては、「政府主導による観光およびインフラ投資が長期的な主要ドライバーになっている」と明言。「時間の経過とともに、次の旅行需要の波がどこから生まれ、どこで競争が激化するのかを形づくる要因になる」と述べた。
より重大なのは地理ではなく構造、AIが再定義する旅行流通
一方で、同氏は「より重大な変化」と位置づけるのは地理的シフトではなく、構造的転換であると指摘した。
「より重大なシフトは地理ではなく『構造』。そして、それが生成AIだ」と語り、「AIはもはや概念的なことではない。旅行の発見、計画、予約、管理の方法を積極的に再形成している」と述べた。
旅行者は旅程検討の出発点としてAIを活用し、企業は業務フローにAIを組み込み、さらにエージェンティックAI(自律的に行動するAI)が旅行者や企業に代わって行動し始めているという。同氏は「これは刺激的であると同時に、不安も伴う時期だ」と率直に語った。
主要なグローバル旅行ブランドのCEOも、AIを単なる機能追加としてではなく、「旅行流通と顧客獲得のリセットの可能性」として捉えているという。「IHG、エクスペディア・グループ、マリオットといった企業のCEOは、AIを機能のアップグレードではなく、流通構造の再定義として語っている」と紹介し、「AIエージェントの機会とリスクについても初めて本格的に議論されている」と説明した。
フォーカスライトが昨秋に実施した世界の旅行業界幹部向け調査では、83%の企業が何らかの形でAIを活用していると回答。ただし、その多くは現時点では社内利用にとどまる。一方で、予算配分を見ると、生成AIを最優先のテクノロジー投資分野と位置づける企業が多いにもかかわらず、全テクノロジー予算の20%超をAIに充てている企業は13%にとどまるという。
同氏は「これは多くの企業がまだ実験段階にあることを示している」と分析した。
消費者行動は急変、ミレニアル世代が牽引
では、消費者側の行動変化は業界と同じスピードで進んでいるのか。同氏は欧州および米国の最新調査結果を示した。
英国、フランス、ドイツで実施した2025年第2四半期の調査では、旅行計画における生成AIの利用は一定水準にとどまっていた。しかし、米国では直近の調査で大きな伸びが確認された。ソレルズ氏は、チャットGPT、Google Gemini、旅行プラットフォーム内AIなどを含め「回答者のほぼ半数が旅行のためにこれらのツールを利用している」とし、「1年前の約3分の1から大幅に増加した」と説明。「私たちは、旅行者がどこへ行くか、どうやって行くか、どこに泊まるか、何をするかを見つけ、選択する方法において構造的なシフトを目の当たりにしている」と述べた。
米国における旅行計画時の生成AI利用の調査
興味深いのは、AI活用を最も積極的に進めているのがZ世代ではなく、30〜45歳のミレニアル世代である点だという。「時間の節約や情報過多を乗り越える手段としてAIを評価している」と指摘した。
さらに、「AIを利用する旅行者はより高所得で、旅行頻度が高く、旅行支出も高い」という結果も示した。これは、旅行ブランドやデスティネーションにとって競争環境の再定義を意味する。
「もはやGoogleの表示順位ランキングで競うだけではない。誰もがAIに推薦される存在になる方法を模索している」と述べ、「明確な答えは単純ではないが、SEOと同様に、クリーンで構造化されたデータ、質の高いコンテンツ、強いブランド、真正な権威性が求められる」と総括した。
AIは実験段階を超えた、流通再編に向けた再ポジショニング
講演の締めくくりで同氏は、「AIはもはや実験ではない。消費者行動は変化しており、高付加価値旅行者がその先頭に立っている。そして主要なグローバルブランドは、流通の構造変化を見据えて再ポジショニングを進めている」と強調した。
旅行市場は規模拡大を続ける一方で、成長の重心は新興地域へと広がり、流通構造はAIによって再編されつつある。競争の舞台は検索結果からAI推薦へと移行しつつあるなか、旅行ブランドの戦略的再構築が本格化している。
※ドル円換算は1ドル155円でトラベルボイス編集部が算出
取材・文: 鶴本浩司