EUの「AI法(AI Act)」に基づく新規則は旅行業界にとってもリスクとなりうる。違反した場合に課される制裁金の総額は、年間売上高の最大3%に相当する額となる可能性がある。同法は、AIが生成したコンテンツへの明確な表示や、チャットボットなどで利用者がAIとやり取りしていることを知らせることなど、透明性の確保を義務付けている。
旅行業界では、すでにAI生成コンテンツが広く利用されている。ドイツのデジタルマーケティング・グループの調査によると、7つの旅行先のホテル写真2万5550枚を分析した結果、約5枚に1枚の画像でAI生成やAIによる大幅な加工を示す兆候が確認された。
旅行関連法務を専門とする法律事務所Travlawのパートナー、ニック・パーキンソン氏は、AIで生成された画像や動画がすでに業界の課題になっていると指摘する。「もし旅行会社がリゾートの宣伝にAIコンテンツを使い始めれば、旅行者に誤解を与えるリスクがさらに増すかもしれない」と警鐘を鳴らす。
AIインフラプラットフォームEntravel Groupのマティアス・ルンドー・ニールセンCEOは、「表示義務の影響は、高級ホテルよりも、予算重視のホテルや中価格帯のホテルにより強く及ぶと予想される。5つ星ホテルは、宿泊者の期待値も高いため、プロによる写真撮影に投資する」と話す。
そのうえで、「(新規則によって)AI生成であることを開示しなければならないが、その開示は、集客のために何らかの強みを必要としているホテルにとって、かえって不利に働く恐れがある」と指摘する。
一方、ルンドー・ニールセン氏は、AIによる画像生成には正当なケースもあると付け加えた。例えば、季節ごとのマーケティングコストを削減するために、夏の風景を冬の風景に差し替えるといった場合だ。
ルンドー・ニールセン氏は、「問題が生じるのは、AIが過度に使用され、現実とは異なる客室や環境のイメージに基づいてゲストが予約してしまうような場合だ。そうなると、単なるコストの最適化の域を超え、顧客に対して不誠実な行為となってしまう」と話す。
業界の対応状況
ブッキング・ホールディングスは、フォーカスワイヤー(PhocusWire)に対して、「全体として、当社はAI法と、同法が企業にもたらす明確性の向上を全面的に支持している。消費者との信頼関係の構築は、当社にとって最優先事項。旅行という商品を考えた場合、重要なのは、オンラインで目にして予約した内容が、実際の体験でも期待通りであると人々に確信してもらうことだ。つまり、正確な期待値を設定することが極めて重要」と回答した。
EUは、AIによって部分的または全面的に生成されたコンテンツにユーザーが最初に接する際、必ず表示しなければならないアイコンを策定した。明確な表示が求められるのは、人によるレビューや編集管理を経ていない公共性のあるAI生成テキストなどだ。画像、動画、音声なども含まれる。
2026年8月から、2024年に採択された「EU AI法」の他の規定についても執行措置が開始された。この規定は、社会経済的地位の異なるグループに対して差別的な価格設定をおこなうなど、特定の状況下で一定のAI使用を禁止している。
ブッキング・ホールディングスは、2024年にスペイン市場で支配的地位の乱用があったとして、同国の競争当局から4億1324万ユーロ(約756億円)の制裁金を科された。同社としては、AI法の施行に伴い、価格設定に関して欧州の規制当局の厳しい目にさらされる事態は避けたいと考えているだろう。
同社広報は「我々は数年前からAI法への対応に取り組んできた。そのため、カスタマーサービスにおけるAI音声アシスタントから人間へのスムーズかつ透明性のある引き継ぎ、自然言語処理を活用した検索時の適切なフィルター選択の支援など、消費者とのあらゆる接点で、AIや機械学習を透明かつ有益な形で活用するよう努めている」と話したうえで、「はっきりさせておきたいのは、Booking.com上での価格設定を行うのはパートナー企業であって、当社は社会経済的データに基づいた価格ターゲティング・ツールを一切使用していない」と続けた。
AI利用における境界線
ルンドー・ニールセン氏は、パーソナライゼーションと差別との間には重要な境界線があると指摘する。「AIは、旅行者が最適な選択肢をより早く見つけるための助けとなるべきであり、旅行者のプロフィールや出身地、あるいは支払い能力に対する推測に基づいて、客室の価格を決定するようなものであってはならない。推奨をおこなうのは問題ないが、プロファイリングに基づいて価格を変更することは許されない」との考えを強調した。
また、EU AI法では、人の意思決定能力を著しく損ない、本来ならおこなわなかった決定をさせるAIの活用も禁止している。
ニールセン氏は、「本来なら予約しなかったであろう決断を、ナッジ・デザイン(行動を促す手法)によって強いることは、差別的な価格設定と同じ根本的な問題だ。つまり、システムがその人について把握している情報を、本人の利益のためではなく、不利益になるように利用しているということだ」と話す。
さらに、EU AI法では、採用プロセスにおいてAIを用いて候補者に不利益を与えることも禁じている。例えば、面接中の感情をAIで監視したり、その他の差別的な理由で候補者を不採用にしたりする行為などがこれに当たる。
ブッキング・ホールディングス広報は、「AIの活用において、人間による関与と監督は極めて重要であり、特に採用プロセスにおける利用ではその点が不可欠。当社では、人材関連の業務やツールの一環として、慎重に管理された形でAIを活用している。法を遵守し、常に人間が積極的に関与・監視する体制をとっている。AIはあくまで支援ツールであり、最終的な決定を下すものではない」との見解を示した。
企業がこの法律に違反した場合、本当に巨額の制裁金を科されることになるのだろうか?
法律事務所Travlawのパーキンソン氏は、「この規制は、大きな収益を上げている企業や、最も悪質な違反を犯した企業に適用されるものだろう。不注意で軽微な違反を犯した中小企業が、即座に倒産に追い込まれるようなことは起こらないと思う。しかし、規則を意図的に無視するような大企業であれば、違反の規模に見合った厳しい対応がなされることになるだろう」との見通しを示した。
※ユーロ円換算は1ユーロ183円でトラベルボイスが算出
※この記事は、世界的な旅行調査フォーカスライト社が運営する「フォーカスワイヤ(PhocusWire)」から届いた英文記事を、同社との正式提携に基づいて、トラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
オリジナル記事:WHAT THE EU AI ACT MEANS FOR THE TRAVEL INDUSTRY
