ブッキング・ホールディングスは、旅行サービスへのAI導入を加速するため、傘下ブランドやAIネイティブのスタートアップを通じて「5つの異なる取り組み」を並行して進めている。同社CEO兼社長のグレン・フォーゲル氏は、今後AIを活用して旅行中のトラブル対応や予約体験を改善するとともに、AIの基盤となるLLM(大規模言語モデル)時代の競争力について「技術を作ることが重要な資産なのではない。信頼だ」と強調した。
ニューヨークで開催された国際カンファレンス「スキフト・グローバルフォーラム」のセッションで、スキフトのエグゼクティブ・エディター、デニス・ショー氏との対談で明らかにした。
フォーゲル氏は、傘下プライスライン(Priceline)のAIサービス「ペニー(Penny)」を具体例として挙げたほか、ブッキング・ドットコム、アゴタ、さらに2つのAIネイティブ企業を含む複数の取り組みを並行して展開する考えを説明。さらに、宿泊、航空、レンタカーなどを一体化する「コネクテッド・トリップ」とAIを組み合わせ、旅行者が問題を把握する前に代替案を提示する将来像を示した。
また、B2B事業ではグループ内に分散していた3つの事業を統合する方針を説明した。
フォーゲル氏は、今後5年でブッキング・ホールディングスが現在より強い企業になると明言し、その理由として、「結局のところ、より良いサービスを提供し、顧客が求めているものを提供できるかに行き着く」と説明。技術や社会が変化するなかで、それらを活用して顧客により大きな価値を提供できれば、成長を続けることができるとした。
同氏は、同社には旅行者とパートナーという「2つの顧客」がいると強調。「この2つの顧客に対して、継続的により大きな価値を提供する方法を考えなければならない。それができなければ、私たちは消えてしまう」と述べ、変化への対応を経営上の重要課題として位置付けた。
AIで5つの取り組み、旅行トラブルへの対応も
フォーゲル氏がAI活用の具体例として紹介したのが、傘下PricelineのAIサービス「Penny」だ。
対談では、ショー氏が前日にプンタ・カナからニューアークへ向かおうとした際、航空便が長時間遅延した後に欠航となり、別のAIエージェントを利用してボゴタ経由でニューヨークに到着した体験を紹介した。
これを受け、フォーゲル氏は対談直前にPennyを使い、「昨日、航空管制上の問題によってフライトが欠航し、ニューヨークに行かなければならなかったとしたら、何を提案したか」と質問。Pennyは当時の状況を踏まえ、影響を受けた空港や代替ルートなどを回答したという。
フォーゲル氏は、この事例について「これこそAIの素晴らしさだ。私たちがやりたいのは、すべての人にとって旅行をより簡単にすることだ」と説明。運航トラブル時に航空会社の電話窓口で長時間待たされるような状況に触れながら、「もっと良くしなければならない。AIがそれを実現すると本当に信じている」と話した。
ブッキング・ホールディングスでは、AI活用について5つの異なる取り組みを進めている。PricelineのPennyに加えて、アゴダ、ブッキング・ドットコムでの取り組み、さらに2つのAIネイティブのスタートアップを展開する構想だ。
9月29日には、ブッキング・ホールディングスの支援のもと、KAYAK共同創業者のスティーブ・ハフナー氏らが手がけるAI旅行アシスタント「Lola」が発表された。対話を通じてホテル、レストラン、イベントの検索から予約・決済までを1つのチャット内で完結できる。
フォーゲル氏は、この戦略をベンチャーキャピタルに例え、「複数の異なる投資を行う。ほとんどが素晴らしいものにならなかったとしても、1つが大きな成功になればいい」と説明。AIによって顧客体験を改善する方法には大きな不確実性が残るため、複数の方向から同時に取り組む考えを示した。
そのうえで、大企業としての規模、資本、財務基盤、人材を活用し、多数の取り組みを並行して進められることを強みとして挙げた。一方、大企業には官僚的になり、動きが遅くなるリスクもあるとして、2つのAIネイティブ企業については小規模なスタートアップのように素早く動ける体制にする考えを説明。「あらゆる可能性をカバーしようとしている」とした。
ブッキング・ホールディングスCEOのグレン・フォーゲル氏(左)と、スキフト・エグゼクティブエディターのデニス・ショー氏
「コネクテッド・トリップ」にもAI組み込み
対談では、民泊プラットフォーム世界大手エアビーアンドビー(Airbnb)がホテル分野を強化していることも話題となった。ショー氏は、Airbnbがブッキング・ドットコムの元幹部をホテル事業に迎え、独立系やブティックホテルの獲得を進めていると指摘した。
フォーゲル氏は、「どんな事業でも、すべての競合企業を常に意識すべきだ」としたうえで、特に成長が速い企業については注意を払う必要があるとの認識を示した。
一方で、ブッキング・ホールディングスが民泊などの宿泊施設分野を拡大してきたことから、Airbnbがいずれホテル事業に力を入れることは想定していたとも説明。「競争は顧客にとって良いことだ」と述べた。
また、Airbnbがホテルを拡充することで、同プラットフォーム上の旅行者がホテルを選択するケースが増えれば、これまでAirbnbだけで十分な需要を獲得できるとしてブッキング・ホールディングスとの取引に積極的ではなかった民泊施設が、新たな需要源を求めて同社と取引する可能性もあるとの考えを示した。
ショー氏から、直近の民泊分野の成長率について問われると、フォーゲル氏は、同社の民泊事業が中東、欧州、アジアなどで大きいことから、中東での戦争による旅行需要への影響を受けたと説明。短期的な数字ではなく、「長期で考えるべきだ」とし、過去4年間での民泊事業の成長を見る必要があると強調した。
同社が長期的に推進しているのが、宿泊、航空、レンタカーなどをつなぐ「コネクテッド・トリップ」だ。
フォーゲル氏は、複数の旅行商材を購入する顧客が増えていることに触れながら、「本当に重要なのは、すべてを一緒にすることだ」と話した。旅行中に問題が発生した場合、一度の連絡ですべてを変更できる仕組みを目指す。
さらにAIとの組み合わせによって、旅行者自身が問題を把握する前にシステムが異常を検知し、代替案を提示する将来像を示した。例えば、航空便が欠航した場合に別の到着空港への便を提案するとともに、レンタカーなど関連する予約も変更する。「まだ宣伝通りに完全に機能しているわけではない」と認めながらも、「私たちはこれを実現する」と意欲を示した。
B2B事業を一本化、LLM時代の競争力は「信頼」と直接取引
B2B事業についても組織再編を進めている。従来はグループ内の3つの事業がそれぞれB2Bを展開していたが、現在はそれらを統合する方向だ。
フォーゲル氏によると、それぞれの事業には得意な分野がある一方で、不得意な部分もあった。例えば銀行などの顧客から「アゴダのこの部分とプライスラインのこの部分を組み合わせてほしい」と求められても、従来の体制では対応できなかったという。
そこで、各事業が持つ最も優れた機能を組み合わせる「ベスト・オブ・ブリード」(各分野で最適なサービスを組み合わせる方式のこと)の考え方で一本化を進める。「現在持っているすべてのものの中から最良のものを使って競争し、シナジーとコスト削減を実現する」と説明した。
一方、旅行者がLLMを旅行計画に使う機会が増えるなか、旅行予約への送客については依然として限定的だ。ショー氏は、同社の決算説明を踏まえ、LLM経由の送客が宿泊予約の1%未満ではないかと質問。フォーゲル氏は、「それは事実だ。ポジティブでもネガティブでもない」と答えた。
同氏によると、LLMはさまざまな情報を発見する用途ではすでに利用されているものの、実際の商品購入に使う段階にはまだ大きく広がっていない。その背景のひとつとして「信頼」を挙げた。
「自分の情報を安全に扱ってくれるのか。何か問題が起きたとき、連絡できる相手がいるのか」と課題を挙げ、フォーゲル氏は、旅行予約ではこうした要素が重要になると説明した。
将来的には、横断型のLLMから旅行の検討を始め、そのまま予約プロセスを進める利用者も増えると予想。その場合でも、最終的な取引部分でブッキング・ホールディングスが関わり、何らかの経済的関係を構築する可能性があるとの考えを示した。
一方で、同社にはすでに取引の「60%台半ば」が直接流入しているとして、AIを使って自社サービスをさらに改善することで、直接利用を増やせるとの見方を示した。「パーソナライゼーションや特別な条件など、ほかでは得られないものが競争優位になる」とした。
また、AI時代には技術そのものを作ることだけが決定的な資産ではなくなるとも指摘。「技術を作ることが重要な資産なのではない。信頼だ」と強調した。
フォーゲル氏は、「旅行は、人が経験できる最も素晴らしいもののひとつだ」と話し、所得が増えれば旅行できる人も増えると指摘。「まだ旅行できるほど豊かではない人が世界には何十億人もいる。その人たちが今後数十年の間に加わってくる」と述べ、観光産業は長期的に成長を続けるとの考えを示した。
取材・文: 鶴本浩司