航空業界の調査・コンサルティング機関であるCAPA(Centre for Aviation)は、2026年10月1日・2日の2日間、北海道の新千歳空港で「エアライン・リーダー・サミット・アジア2026」を開催した。会場には、アジア太平洋地域の航空会社や関連企業のリーダーが集結。業界が直面する課題と将来の展望について議論を交わした。
そのなかでおこなわれた「テクノロジー」と「サステナビリティ」に関するパネルディスカッションで語られた、リーダーたちの現状認識と今後の戦略をまとめた。
技術革新がもたらす新たなカスタマー体験:パーソナライズとシームレス化
テクノロジーをテーマにしたセッションでは、乗客自身のデバイスの活用や、デジタルIDによるシームレスな搭乗、AIによる業務効率化などが議論された。
ZIPAIR COOの西尾慎二氏は、同社が座席背面のモニターを設置せず、機内で高速の無料Wi-Fi(Starlink)を通じて乗客の個人用デバイスでのコンテンツ視聴を推進している点を紹介。「消費者は2年サイクルでデバイスを買い替えるため、備え付けモニターよりも先進的な環境を提供できる」と語った。また、自社開発のオンライン予約システムを通じて和牛やアニメのプラモデルなどを販売しており、航空券以外の新たな収益源創出にもつながっていると説明した。
インド拠点のLCCスパイスジェットCCOのカマル・ヒンゴラニ氏も、インド政府の規制により機内インターネットは提供していないものの、イントラネットを通じて乗客のデバイスにコンテンツを提供していると述べた。また、客室乗務員が所持するiPadを通じて、政府からの緊急案内などをリアルタイムに伝達できる体制を整えているという。
さらに、顧客体験のシームレス化について、ヒンゴラニ氏はインド国内の38空港で利用可能な顔認証技術(生体認証)を活用したデジタルIDシステム「Digi Yatra(ディジ・ヤトラ)」に言及。事前にスマートフォンアプリに身分証明書と搭乗券を登録しておくことで、空港内でのパスポートや紙の搭乗券の提示を不要とするもので、すでに累計利用回数が1億回が超えとなっているという。航空会社のセキュリティ関連コストの削減にも寄与していると述べた。
西尾氏は、将来的な労働力不足を見据え、「通常時の顧客対応はAIエージェントに任せ、スタッフはイレギュラー時のサポートや別業務に注力する方向へ軸足を移す必要がある」との見解を示した。一方で、デジタル化の推進に伴い、個人データの保護やサイバーセキュリティの強化が業界全体における最大の課題であるとも指摘した。
顧客体験を向上させるシームレスな組み込み型保護ソリューションを提供するCover Geniusの旅行部門上級副社長ピーター・スミス氏は、航空券購入時の消費者行動調査において、価格以上に「確実性」が重視されている点を強調した。これに伴い、航空券予約プロセスに統合された「組み込み型保険(エンベデッド・インシュアランス)」の市場が今後5年で1兆ドルに成長すると予測。イノベーションは顧客体験を向上させ、トラブル時のサポートを通じて「信頼」と「感情的なロイヤルティ」を築くために不可欠であると語った。
(左2人目から)Cover Geniusのスミス氏、スパイスジェットのヒンゴラニ氏、ZIPAIRの西尾氏
航空業界のサステナビリティの現在地:コスト分担とバリューチェーンの連携
サステナビリティに関するセッションでは、2050年のネットゼロ(温室効果ガス排出実質ゼロ)達成に向けた「持続可能な航空燃料(SAF)」の課題を中心に、具体的な脱炭素化の取り組みが議論された。
ANAホールディングス執行役員兼グループCSOの保谷智子氏は、EUにおけるSAFの強硬な義務化が価格急騰を招いている事例を挙げ、「日本は供給体制を整えたうえで市場を歪めない義務化を目指すべき」と指摘。SAFのコスト負担を航空会社単独ではなく、ステークホルダー全体で公平に分担する仕組みの必要性を訴えた。
太陽石油理事の新町潤氏は、航空会社が許容できるコストとSAF生産者が求める投資回収価格との間に大きな乖離があると指摘。「SAFのコストは従来のジェット燃料の2~5倍に達する。航空輸送の恩恵を受けている社会全体で、コストを公平に負担する公正な仕組みが必要だ」と述べた。
キャセイパシフィック航空サステナビリティ・コマーシャル・マネージャーのニック・フォン氏も、「特定のフライトでSAFを使用すれば売上がコストで相殺され、商業的に成立しない」と現状の厳しさを説明。最終的な目標はSAFが従来燃料と同価格・同供給量になることだが、過渡期においてはバリューチェーン全体での協力が不可欠であるとした。
ボーイング・サステナビリティ・ヘッドのキンバリー・カムラス氏は、SAFの現地生産は排出削減だけでなく、アジア全域における「燃料安全保障とサプライチェーンの多様化」に直結すると強調。シンガポールが導入したSAF関連の課金制度のように、透明性が高く公平な政策設計がアジアで進んでいる点を評価した。
(左2人目から)ボーイングのカムラス氏、キャセイパシフィック航空のフォン氏、JALの小川氏、太陽石油の新町氏
各航空会社は、排出量削減に向けたアプローチとして、SAF以外の施策も並行して進めている。
JAL執行役員調達本部長・総務本部副本部長の小川宣子氏は、2025年までに総燃料消費量の1%を代替燃料で賄う目標を達成したと報告。社内で41種類の環境施策を数値管理し、各部門の業績に反映させている。さらに、残存する排出量を相殺するため、大気直接回収(DAC)などテクノロジーを活用した二酸化炭素除去(CDR)技術への投資も進めているという。
ANAの保谷氏は、機体表面に「シャークスキン(サメ肌)」技術を採用し、1機あたり年間約250トンの燃料を削減している事例や、機内プラスチック製品の削減などを紹介した。
キャセイパシフィック航空のフォン氏は、脱炭素化の道のりにおいて「機材の近代化(最新鋭機への刷新)」が排出量を最大25%削減できる最も即効性のある手段だと説明した。
また、フォン氏は、顧客とのコミュニケーションの重要性に触れ、「キャセイパシフィックでは予約時にSAFを選択・購入できる仕組みを導入している。5年後、顧客がコストの安さだけでなく『サステナビリティへの取り組み』を重視して航空会社を選ぶようになれば、それが業界にとって最大の収穫になる」との考えを示した。