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観光大国スペインが目指す「持続可能な観光」とは? 「量から質」「集中から分散」へ、新戦略を政府観光局の日本トップに聞いた

2024年に外国人観光客数が約9400万人を超え、2025年には約9700万人となったスペイン。2026年には、その数が1億人を超えると見込まれている。人口約4800万人の国に、人口の約2倍に相当する観光客が毎年訪れている計算だ。

外国人観光客数では世界第2位の観光大国となるなかで、スペイン政府観光局は、「量」から「質」への転換を目指し、新たに「観光戦略2030」を策定した。その中身と戦略の中で日本市場の位置付けはどうか?2025年9月に駐日スペイン大使館観光部参事官兼スペイン政府観光局日本支局長に就任したエンリケ・ルイス氏に聞いてみた。

観光マネージメントを重視する戦略

2025年~2030年にかけて展開される「観光戦略2030」の中心は、「持続可能な観光(サステナブルツーリズム)」だ。ルイス氏自身も策定に携わった。スペインへの観光客数が増加を続け、年間1億人に迫るなか、ルイス氏は「スペインの市民の間で、観光に対する疑問も高まっている」と現状を明かす。

その端緒となったのがマジョルカ島だ。人口約100万人の小さな島には、年間約1300万人(2024年)の観光客を訪れるが、さまざまな面で受け入れの許容範囲を超えている。また、バルセロナでも近年、オーバーツーリズムが政治問題化。観光客の増加によって、民泊を含む短期宿泊レンタル(Short Term Rental)が増加したことで、住民向けの長期賃貸物件のコストが上がり、住民の不満が高まっている。ルイス氏は「『観光客はもういらない』と話す住民も増えてきた。それは、我々、観光産業に従事する者としては、大変ショックな言葉だった」と振り返る。

もう一つの課題は、地域が観光化されることで、その地域のアイデンティティが失われてしまうことだという。町のコーヒーショップがスターバックスに、伝統のあるホテルが大手ホテルチェーンに代わる。そのなかを観光客が行き来するなかで、ルイス氏は「その町が従来持っていた文化的特徴が失われつつある」と危機感を口にする。

また、観光客の増加によって、住民の日常生活にも実害が現れ始めた。特に公共交通の混雑は地元住民にとっては切実な課題だ。バルセロナでは、町の中心から人気の観光スポット「グエル公園」までのバス路線が観光客で混雑し、生活路線として成り立たない事態となったことから、市議会がグーグルに対して、その路線をGoogleマップでの検索結果から削除してもらうように要請したという。

観光客増加によって生まれてきた課題の解決に向けて、スペイン政府は、地方自治体、航空会社やツアーオペレーターなどの民間事業者などに加えて、「これまではサイレント・ステークホルダーだった住民」(ルイス氏)も巻き込んだ議論を進めてきたという。ルイス氏は「市民がハッピーでなければ、観光地域は成功しない」と強調する。

ルイス氏は、ベルリン、ブラジル、シンガポール、ロンドンの後、日本に赴任した

「責任あるマーケティング」で新キャンペーン

「観光戦略2030」のもとで進められる施策の目的の一つが、観光客の「集中」から「分散」への転換だ。その方針に向けて、スペイン政府観光局はマーケティング戦略も見直した。

2025年7月に新たなキャンペーン「Think you know Spain? Think again」を立ち上げた。日本語に訳すと「本当にスペインを知っていますか? もう一度考えてみて」。

ルイス氏によると、1億人近い観光客が訪れるものの、その訪問地はスペイン全土の20%に過ぎず、80%はまだ知られていない。また、スペインはリピーターが多い国だが、彼らも同じ地域に再訪する傾向があるようだ。

その背景を踏まえて、新キャンペーンでは、ビーチや人気都市をあえて取り上げず、地方や内陸部の魅力を発信するとともに、自然や食文化に焦点を当てることで、シーズンと地域の分散化に取り組んでいく。ルイス氏は「コロナ禍後、旅行者は本物の体験を求めるようになったきた。それは今まで知らなかった価値に出会うこと。言い換えれば、『新しいラグジュアリートラベル』。それがスペインの地方にはある」と話す。

新キャンペーンでは、地方の魅力を訴求するさまざまな動画を作成。TVやSNSで配信していく。グローバルキャンペーンとして統一したテーマで展開していくが、日本市場向けには市場特性に合わせてローカライズしていくという。

また、新キャンペーンの目的である分散化に向けては、スペイン政府観光局公式ウェブサイトでAIの導入を進める。AIが地方分散、混雑回避、環境に優しい移動手段などをリコメンドするという。昨年から米国でその実証を開始。スペイン観光に特化したAIとして開発を加速させている。

「我々は、単なるDMOではなく、DMMO(Destination Management & Marketing Organization)。地域のマネジメントと責任あるマーケティングを進めていく」とルイス氏。インバウンド旅行者を多様化、分散化し、全国に観光による経済的恩恵を行き渡らせることが重要との考えを示した。観光客の誘致だけでなく、地域の持続可能性を高める次世代型の観光マネジメント組織を目指す。


スペインにとっての日本人は理想的な旅行者

ルイス氏は、「量」から「質」への転換を図るスペインにとって、日本市場は重要な立ち位置を占めていると話す。

2019年にスペインを訪れた日本人観光客は約68万人。2024年は約42万人で、回復率は約6割にとどまっている。数的には依然として回復途上だが、ルイス氏は日本人旅行者の現地消費額が高いことを評価。また、「日本人旅行者はマナーがよく、スペイン文化に対して敬意を払ってくれる。また、シーズンオフにも訪れてくれることから、スペインにとって理想的なインバウンド旅行者」と話し、「観光戦略2030」にも合致する市場との認識を示した。

また、ルイス氏は2026年の訴求ポイントについても言及。ガストロノミーや世界遺産などに加えて、アントニオ・ガウディ没後100周年に触れたほか、8月に発生する皆既日食では、スペインが世界で最も注目される観測地となることから、日本からの来訪者にも期待を寄せた。

聞き手:トラベルボイス代表 鶴本浩司

記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹