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福井県越前市のクラフトツーリズム最前線、伝統工芸の工房が観光客受け入れる現場を取材した

福井県越前市には、地域の風土に根ざし、職人たちによって長年にわたって受け継がれてきた伝統産業がいくつもある。その代表的な産業が「越前和紙」「越前打刃物」「越前箪笥」だ。

その産業の継承と発展への課題解決の手段として「観光」に期待し、旅行者を積極的に受け入れている工房も多い。伝統工芸の体験や見学を通じた本物のクラフトツーリズムだ。旅行者を受け入れる伝統産業の事業者に、その現場で起きていること、観光に対する思い、今後の観光への期待を聞いてきた。

越前和紙・五十嵐製紙、越前市に繰り返し来てほしい

越前和紙は約1500年の歴史がある日本の伝統的な和紙の一つ。紙祖神岡太神社・大瀧神社にも近い「五十嵐製紙」は、今年で創業107年目になる老舗だ。

代表取締役の五十嵐康三さんは、越前和紙の特徴を「お客さんの要望にあった紙を作るところ」と話す。例えば、画家の横山大観や平山郁夫などが画紙として使った越前和紙は、職人が画家の要望に合わせて作ったもの。大量生産ではなく、職人が手仕事で紙を漉くため、多種多様な紙があるという。

工房見学では、越前和紙製造の過程を説明しながら、五十嵐匡美さんが案内してくれた。現場では、二人の若い職人が竹簀を張った漉桁で紙料を汲み上げては、前後左右に揺すりながら紙を漉いていた。二人の職人歴は5~7年。五十嵐製紙では若い世代の後継者も育ちつつあるが、康三さんは「見よう見まねで紙を漉くのは2、3年もあればできますが、厚さを測るのは目視しかなく、『地合い(目の均一さや密度、手触りや風合いなど)』ができるようになるのは10年はかかります」と明かす。

越前和紙の製作現場。来訪者にとっては、刺激的でもあり、静かな時間でもある現在も、主力は襖や壁紙など建具だが、日本の建築様式が変わり、和室も少なくなり、その需要も年々減少しているという。「このままでは先が見えます。何か新しいことをやらないと思って、越前和紙の小物などもつくり始めました」と康三さん。数年前には、工房の隣にショップも新たにオープンした。

また、需要とともに、原材料となる楮(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)の収穫量も激減している。そこで、匡美さんの次男の自由研究をもとに、野菜など食べ物を原料として紙を漉いた「Food Paper」を開発し、サステナブル紙として商品化した。

五十嵐製紙が旅行者を受け入れる背景には、そうした昨今の越前和紙を取り巻くマーケットの変化がある。康三さんは「越前和紙って何?という人は、まだ多いです。観光客に来てもらって、少しでも体験してもらって、紙づくりの難しさや良さ、紙の風合いなどを知ってもらいたい思いがあります」と話す。

五十嵐製紙では 現在、越前市観光協会を通じたツアーと個人での申し込みによる観光客を受け入れ、工房見学のほか、紙漉き体験や墨流し体験などの機会も観光客に提供している。墨流しとは、赤や紫、青など色のついた墨を含ませた筆と墨をはじく特殊な液体を含ませた筆で波紋模様を作り、紙に定着させる技法のことだ。

匡美さんによると、日本人とインバウンドの割合は半々。インバウンドでは欧米や台湾からが多く、「もともと越前和紙のクオリティを知って訪ねてくる人が多い」という。北陸新幹線が延伸されたことから、「海外の方からは、『今、金沢にいるけど、次に訪れてもいいか』という問い合わせもあります」と明かす。

受け入れは、本業の多忙さにもよるが、約1時間のコースで1日4~6組に対応が可能だという。体験料やショップでの売上を合わせて、今では観光が収入源の一つになっている。匡美さんによると、訪れた人が発信したSNSを見て、訪れる人も増えているという。

康三さんは「越前和紙をきっかけに越前市にリピートしてもらえるようになればいいですね。越前和紙というものを見直していただいて、産地が盛り上がり、地域全体が元気になればと思っています」と今後に期待を寄せた。

五十嵐康三さん(右)と匡美さん(左)。観光による地域活性化への期待は大きい

越前箪笥・小柳箪笥店、「伝統産業×観光」で新たな取り組みを

越前箪笥は、釘を用いない技術を使った和箪笥で、江戸時代後期に現在の技法が確立されたと言われている。堅牢で美しい造りが特徴で、特に鉄製の金具を用いた装飾や漆塗りによる深みのある艶が魅力だ。近年では、デザイナーとのコラボでつくられる商品も国内外で高い評価を受けている。

「小柳箪笥店」は、1907年に指物屋として創業。100年以上にわたって、その伝統と技法を受け継いできた。4代目で伝統工芸士の小柳範和さんは、その技術について「木と木を組む指物、表面を保護する漆塗り、そして鉄の飾り金具と、三つの異なる素材と三つの技術を使います」と説明してくれた。

越前市には7つの伝統工芸が受け継がれていると言われているが、漆塗りは「越前漆器」に、金具作りは「越前打刃物」につながっているという。

小柳さんは、越前箪笥の指物技術を受け継ぎながら、クリエイティブなモノづくりにも積極的に取り組んでいる。新たに「Kicoru」というブランドを立ち上げ、iPhone用の木製スピーカーや子供の教育用に「積みにくい積み木’TSUMENKI’」を開発・商品化している。また、プロダクトデザイナーとのコラボでデザイン性の高いアートキャビネットなども商品化している。

2015年にKicoruを立ち上げたとき、店舗を改装。工房の現場が見えるようにガラス張りにした。小柳さんは「モノよりコトと言われ始めたとき、やはり自分たちがやっていることを見せないと自分たちの価値が伝わらないと思いました」と話し、工房を見える化した理由を説明した。

小柳箪笥店の店内。奥に「見える化」した工房

現在、旅行者の見学・体験の受け入れは、日本人とインバウンドが半々ほど。「最近は、産地めぐりツアーなどに組み込んでいただいているので、外国人の方が増えています」という。インバウンドは、年配の夫婦が多く、プロフェッショナルな視点で越前箪笥に関心を寄せるアーティストのグループなども訪れるという。

工房見学には、ヒノキを使った面取鉋(かんな)の体験もある。外国人にとって、日本の鉋を引いて木材の面取りする作業は新鮮なようだ。また、体験よりも道具である鉋に興味を示す外国人も珍しくなく、小柳さんは「海外ではDIY文化が浸透していて、道具に対するリスペクトも高いようです」と話す。

現在、見学ツアーに対応できるのは「月に3、4件ほどがちょうどいい」。本業があるため、受け入れ件数だけでなく、受け入れるタイミングにも難しさがあるという。

小柳さんが旅行者を受け入れるのは、本業での販売に繋げるためだ。「以前から、家具製作の相談と観光がセットになって、市内も周遊してもらえればいいなあと思っていました」と振り返る。

越前市と隣接する越前町、鯖江市では、毎年オープンファクトリーイベント「RENEW」が開催されている。産地内の工房や企業が、普段は入ることができないものづくりの現場を開放し、見学・体験・販売を実施する。2025年は122社の伝統産業事業者が参加し、⼩柳箪笥店も出展した。「越前の伝統工芸の入口として」、イベント参加に積極的だ。過去にはツーリズムEXPO ジャパンにも出展したこともある。

小柳さんは、今後の「伝統産業×観光」の取り組みにも意欲を示す。「例えば、子供の入学に合わせて、学習机を一緒に作るツアーや新婚カップルがテーブルなどを一緒に作る旅行なども面白いですよね」と、誘客につながるアイデアをもっている。

「越前の指物は『遊び心』が詰まっている」と小柳さん

越前打刃物・タケフナイフビレッジ、観光は職人の励みにも

約700年の歴史を持つ越前打刃物は、包丁、鎌、鉈などの生活道具として発展してきた。鍛造による高い強度と切れ味、一つひとつ手作業で仕上げられる美しい造形が特徴だ。現在では、伝統技術と現代のニーズを融合させた製品づくりで国内外の料理人からも高い評価を受けている。

そのなかで、「タケフナイフビレッジ」は越前打刃物のハブ的な存在になっている。現在、14社が協同組合として集結し、共同工房、ショップなどを構え、見学体験ツアーも積極的に受け入れている。

タケフナイフビレッジは、錆びにくいステンレス素材の流通や大量生産の安価な型抜き刃物の台頭によって衰退の危機にあった越前打刃物を復活させようと、10社の若手職人が団結して設立された。福井県出身の世界的なデザイナー川崎和男氏との出会いによって、インダストリアルデザインという概念を取り入れ、ブランド化。伝統技術を生かしたデザイン性の高い新商品も開発してきた。

1993年5月にタケフナイフビレッジが完成。協同組合事務局長の笠島道代さんは「職人たちは、『ここがなかったら、産地はもう終わっていた』と言っています。ここがあるからこそ越前打刃物の注目度も上がる」と話す。2020年8月には、三角形の斬新なデザインのショップがオープン。観光客も多く訪れるようになった。

ショップでは協同組合各工房の打刃物が販売されている

タケフナイフビレッジには、越前打刃物の歴史を展示したギャラリーのほか、共同工房の作業風景を一望出来るスロープがあり、無料で作業の様子を見学することができる。体験教室も提供しており、「包丁教室」では、高温に熱した鉄をハンマーで鍛え打つ「火造り鍛造」から始まり、最後に柄を付けて仕上げる所まで、ほとんどの工程を体験できる。

笠島さんは「製造のプロセスに価値を見出してくれる人、特に富裕層の方々が、その魅力を感じてタケフナイフビレッジに来ていただいています」と明かす。実際に、取材で訪れていた2時間程度の間にも、フランス人カップルとグループの2組がショップを訪れていた。

「Sharpening Four」代表で協同組合専務理事も務める研ぎ職人の戸谷祐次さんは、「昔は黙って問屋さんから言われた仕事を黙々とやるだけだった。でも、僕らは新しい世代として、自ら越前打刃物の魅力を発信していかなければ、生き残っていけないと思います」と話す。観光客が作業現場を見学することについても、「写真も結構撮られますよ。でも、僕たちは写真を撮られる価値のあることをしてるんだなあと思います」という。

「越前打刃物の強みは、普段の道具としての優秀さ」と戸谷さん

越前打刃物は今、海外で人気が高まり、販売もされている。それを現地で買った人が旅行者としてタケフナイフビレッジを訪れることも多いという。笠島さんによると、正確には把握できていないとしながらも、「越前打刃物ユーザーの8割ほどは、海外の方ではないでしょうか」と明かす。

「ただ写真を撮りに来る人でもありがたい。目的はなんであれ、来てもらえれば嬉しいです」と戸谷さん。越前打刃物を知ってもらいたいという思いは強く、職人にとってはユーザーの顔が見えることで励みにもなる。「ルクセンブルクとか、モルドバとか、普段会うことない国の人と話せるのは楽しいですよ」と笑った。

聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫

記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹