人がおもてなしやオペレーションの最前線を担う観光・ホスピタリティ事業者にとって、現場スタッフが感じた違和感や“ヒヤリハット”は、サービスの品質を支える生命線だ。日本航空(JAL)空港本部では、そうした声を安全運航に役立てるため、世界中の空港現場から集めてデータ化してきた。しかし、数値ではない大量の定性データを人の目で精査・分析するのは、物理的に限界がある。
その打開策としてJALが導入したのが、日鉄ソリューションズ(NSSOL)のAIを活用したVoE(Voice of Employee:従業員の声)分析だ。先ごろ、VoE分析を活用した新たなヒヤリハット分析システム「JAL-AI FALCON(ファルコン)」の稼働を開始させた。現場主導の安全対策システムの構築を目指すJALと、その支援をするNSSOLに、本プロジェクトについて聞いた。
膨大な現場の声に潜む「予兆」で先手の対策へ
VoE分析とは、従業員からの報告を収集・分析し、事業や組織の改善や経営判断に活かす手法だ。今回、JALがVoE分析を用いて目指したのは、現場の声を安全運航のための具体的なアクションにつなげる自律的な仕組み作りだ。JALには、国内外の空港で起きたインシデント(危機につながる恐れのある出来事)やヒヤリハットなどの報告が毎日約50件寄せられ、社内データベースには過去10年分の約22万件が蓄積されている。
JALが今回のプロジェクトに取り組む直接的な契機となったのは、2024年5月、羽田空港で2機の飛行機の翼端接触が発生したことだった。
安全や品質管理の分野では、1件の重大インシデントの裏に300件のヒヤリハットが起きているという経験則(ハインリッヒの法則)がある。JAL空港本部が真因究明のため、データベースを精査したところ、機体接触発生の前に類似事例のヒヤリハット報告があがっていたことが判明した。「貴重なヒヤリハット報告が膨大なデータに埋もれ、管理側の対策につなげられなかった」とJALの空港安全推進部企画グループ長の諏訪次郎氏は話す。
それまで空港本部では、旅客や保安、オペレーション、搭降載など、各部門が個別に安全管理に取り組んでいた。しかし、この出来事を機に、安全管理に特化した全体を横断的・客観的に見る役割の部署が必要と判断。各部門のエキスパートを集め、2024年12月に空港安全推進部を発足した。
同時に、データ精査を通し、安全対策の精度を高められる可能性も見出した。「現場の声は宝の山。従来、管理側はインシデントが起きてからの行動になっていたが、現場の声をいかせば、予防的な安全措置につなげられる確信が得られた」(諏訪氏)。
安全対策をリアクティブ(事後対応)からプロアクティブ(未然防止)へと進化させる。そのシステムを構築するパートナーとしてJALが選んだのが、NSSOLだった。同部リスクマネジメントグループ マネージャーの武藤隼氏も「インシデントが起こる前に予兆を察知して認識・評価し、次の行動ができるようになるのは、リスク管理上、望ましい」と期待を示す。
(右から)JAL 空港安全推進部企画グループ長 諏訪次郎氏、同部リスクマネジメントグループ マネージャー 武藤隼氏
1件十数秒で、AIが「エキスパートの思考」を提案
では、JALが望んだ安全管理のVoE分析システム「FALCON」とは、どのようなツールなのか?
NSSOLで本プロジェクトを担当する堀内亮平氏は「AIを使ったVoE分析は、膨大な定性データを、瞬時に漏れなく分析できる。本プロジェクトは、迅速な分析はもちろん、JAL様の安全基準に沿った実務的なシステムを目指した。安全管理のエキスパートがどのようなロジックで考え、判断しているのか。その思考過程を聞き取り、言語化しながらシステムに落とし込んだ」と、その特徴を説明する。
FALCONの画面では、全体の画面のうち半分に現場が入力した情報をそのまま表示する。海外空港からの報告なら、英文のままだ。これをAIで翻訳・要約したものを残りの画面に表示。その下に、その事案の要因と対策について、多角的な視点で分析した結果を表示する(4M5E分析:4項目の要因分析と、5つの視点で対策立案をおこなう手法)。その報告に気付かなかった場合に想定される事態やリスクレベルの判定を、AIが提示する。
そして、AIが導き出した対策案には「即効性」「コスト」「効果」を10点満点で評価したスコアを付与する。ここまでの情報処理にかかる時間は、1件あたりわずか十数秒ほど。現場の声を迅速、かつわかりやすく整理し、アクションに移す最終的な判断をサポートする。
また、個別のミクロ分析結果をもとに、BIツールなどを活用したマクロ分析も可能だ。特定条件の事案をまとめてグループ分析することで、人員配置や作業手順、組織的な要因、地域や施設に起因する要素などをあぶりだすことができる。
稼働したばかりのFALCONだが、こうした分析を通じて、重大な不安全事象につながる予兆をいち早く察知できる可能性が示唆されているという。
日鉄ソリューションズが提供するVoE分析を使ったインシデント分析の流れ
AIの「限界」も示す、伴走型のサービス提供
JALが、このプロジェクトのパートナーにNSSOLを選んだのは、なぜか?
決め手は、同社のAIに対する知識と誠実な姿勢だった。AIの得意・不得意や人がカバーすべき領域を示し、JALの目的に沿ったシステム構築を提案した。「AI活用のサービスを勧めながらも『何でもAIに任せるべきではない』と指摘する。その知識の深さと現実的な提案に信頼感を持つことができた」と諏訪氏は振り返る。
NSSOLでは、生成AIが脚光を浴びる以前から、言語解析の研究を重ねてきた。堀内氏は「クライアント企業の依頼の背景にある課題や思いを一緒に考えたうえで、最適なものを作る伴走から入る。こうした業務知見と技術力が弊社の強み」と自負を語る。そして、本プロジェクトにあたっては「航空業務の勉強から始めた」という。
JALのFALCONを開発する前には、コンセプト検証(PoC)を実施している。JALが目指すシステムをNSSOLの技術やサポートで構築することが可能か、1つ1つのヒヤリハットを深く分析し、AIによる評価結果を確認した。
この結果に、諏訪氏は「AIが業務のエキスパートと同等、もしくはそれ以上の洞察と対策を与えてくれるところまで確立して、開発へと移行した」と評価。武藤氏も「開発の前の段階から内容の濃い議論ができ、最終的にはAIによって我々に近い評価が出るようになった。当社側が改めて勉強することもあったほど」と太鼓判を押す。
今回のVoE分析は、NSSOLのAI主導型ビジネス支援サービス「NS Craft AI Factory」の1つとして提供されている。
同社営業本部の宋惠美氏は「企業のAI活用を、企画から導入、運用まで、ワンストップで支援する。汎用的な業務はもちろん、航空や旅行業界特有の複雑な業務にも対応できる」と話す。VoE分析のほかにも、AIガバナンスの整備・支援、生成AIの基盤作りなど多岐にわたるメニューを、企業の課題や目的と対峙しながら提供している。
(右から)日鉄ソリューションズ 流通・サービスソリューション事業本部 営業本部 営業第一部 エキスパート 宋惠美氏、同事業本部 DXビジネス・イノベーションセンター エキスパート 堀内亮平氏
「現場主導」の安全実現へ
FALCONは2026年2月、空港安全推進部をはじめ、一部部署の担当者の間で使用を開始した。次のステップとして、2026年5月には国内外の全社員が利用できる環境の構築を目指している。現場のスタッフが日々の業務で活用できる、現場主導型のシステムに発展させることが目標だ。諏訪氏は「従来の安全システムは、本部から現場に警告する。そうではなく、現場から上がった声が、AI分析を経て、現場で自律的に回せるようにしたい」と説明する。
そのためには、現場スタッフの意識醸成は重要だ。JAL旅客部門での経験を持つ同リスクマネジメントグループの藤澤優匡氏は「現場では、ヒヤリハットの報告をあげるようにいわれていたが、それらがどう役立ったのか見えない部分もあった。現場が分かる形で伝えることは大切だ」と指摘。多忙ななか、業務後に報告してくれた人へのフィードバックや、報告業務の負担軽減にも取り組みたい考えだ。
現場からの声があがっているのに、その活用が追いつかない、どこから手を打てばいいか分からない企業は、決して少なくない。宋氏は「こうした悩みの解決に、VoE分析は非常に効果的。業務プロセスの改善、問い合わせの自動整理など、色々な用途に展開できる。引き続き、クライアント企業に伴走し、サポートしていきたい」と力を込めた。
(右から)JAL 空港安全推進部 リスクマネジメントグループ 藤澤優匡氏、同部企画グループ 栄村匡哉氏※「JAL-AI FALCON(ファルコン)」は日本航空(JAL)社内システムの通称です
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対応サービス:NS Craft AI Factory
記事:トラベルボイス企画部