
先ごろ開催されたBtoB向け観光商談展示会「iTT国際ツーリズムトレードショーTOKYO 2025」では、「世界に誇る日本の文化 ~温泉の魅力と温泉地活性化のヒントを探る~」と題したセミナーが開催された。全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)専務理事の亀岡勇紀氏、放送作家で湯道文化振興会代表理事の小山薫堂氏、スプリングラボCEOで杏林大学地域総合研究所客員研究員も務める温泉家の北出恭子氏が、温泉や入浴の魅力、目指すべき未来について意見交換し、温泉地の活性化につながるヒントを提示した。
温泉文化を無形文化遺産に
まず、全旅連の亀岡氏は、温泉文化のユネスコ無形文化遺産への登録に向けた活動を紹介した。その背景として、温泉地の現状について説明。環境省のデータによると、2001年度には全国でおよそ3200カ所あった温泉地がコロナ禍を経て2800カ所ほどに減少し、「宿泊施設の経営も厳しい状況にある」との認識を示した。
一方で、インバウンド需要の拡大には期待を寄せている。2013年に無形文化遺産に登録された和食が、登録以降、訪日外国人のあいだで人気コンテンツになったことから、温泉文化も登録されれば人気が高まる可能性があるとした。
そのうえで、亀岡氏は、「日本人は温泉での入浴を通じて四季を感じ、自然と交わり神を感じることで心の癒やしを、温泉の効能により体の癒しを得てきた。 これは社会的な慣習としては保護すべきもの」と話し、関連自治体などとも連携しながら、2028年の登録を目指していることを説明した。
「湯道」から新しい価値を
小山氏は、同氏が立ち上げた「湯道」について説明した。
その発想の原点として、茶道の例を挙げ、「道としてとらえることで、そこにたくさんの価値が生まれてくる。 自分の精神性を変えることができる文化芸術が集まり、そこから新しい価値が創造できる」と話した。また、 京都大徳寺真珠庵の住職の「世界で水道水を安全に飲める国は、12カ国しかない。 それをわかして、日本人は当たり前のようにお風呂に入っている。 この事実は、お風呂に入ることに感謝するきっかけになる。 この身近な幸せに気づくことが、湯道の根幹にあるのではないか」という訓話も、湯道立ち上げを後押ししたという。
小山氏は、湯道を通じて成し遂げたいこととして、「感謝の心を育む」「慮る力を磨く」に加えて、茶道具のように風呂に関わる伝統工芸を応援することを挙げた。「湯道は温泉だけに限らず、家庭のお風呂でもいいし、銭湯でもいいし、とにかく湯につかるという日本の文化を広めていきたい」と話し、「200年後に湯道が完成すればいいという気持ちで活動している」と付け加えた。
アカデミックに温泉文化を可視化
温泉家の北出氏は、日本の文化の一つである「湯治」について語った。その形態は時代とともに変化してきたが、療養や健康保持などの目的は変わっておらず、現在は「現代湯治」や「プチ湯治」として見直され、環境省も「新・湯治」プロジェクトとして、温泉に浸かるだけでなく、温泉地周辺の自然・歴史・文化・食なども楽しむ事で、心身ともに健康になろうという取り組みを進めていることを紹介した。
また、近年、温泉地がある自治体が大学、医療機関などの専門機関と連携をして、さまざまな温泉の効果を調査し、温泉文化を可視化する取り組みも進められているという。さらに、北出氏が研究員を務める杏林大学では、カリキュラムの中に温泉の価値を学ぶ事業が組み込まれるなど、「温泉の価値を再評価し、いろいろな地域と連携することで地域貢献の教育も進めている」と説明した。
温泉文化の発展に必要なこととは
今後の温泉文化の維持・発展に向けて、亀岡氏は、「どのように時代のニーズに適応していくかが大切ではないか」と問題提起。それに対して、小山氏は、温泉に浸かる幸せを感じて別府に移住した料理人の例を挙げて、「温泉を支える人を見つけることはとても大切」と強調。また、北出氏は「温泉文化を守っていくためには、温泉の効用など機能性だけでなく、日本ならではの自然崇拝など日本の心を伝えていくことが必要ではないか」と話した。
温泉地の活性化についての議論では、亀岡氏は「宿泊施設があるからこそ、人は温泉を楽しむことができ、その地域独自の温泉街であったり、いろいろな温泉の文化が形成される」と話し、温泉宿が地域の核になるとの考えを示した。
また、北出氏は「やはり人が大切」と主張。「地域の人たちが自分事として、地域を愛して、それが観光客に伝わることが一番の地域活性化になると思う」と話し、「宿の人たちがいなければ、私たちは快適に温泉に入れない。酒造りの杜氏のように、温泉に携わる人たちのストーリーを伝えていくことも大事なこと」と続けた。
小山氏は、自身が発案した『くまモン』を例に、「リアルに存在する宿は、『この指止まれ』の指になり得る価値がある」と発言。ただ、宿には人を集める機能があるが、「その場をどのように、あるいは、どのような人に使ってもらえたら、その街のプラスになるかもっと考えるべき」と提案した。