ワーケーションはデメリット? 誤解されるポイント

旅先テレワークは滞在先での仕事が主になりますが、休暇を主として考えられるワーケーションに関しては、否定的であったり懐疑的な意見も結構多く耳にします。よく聞くのが「休みの日にまで仕事させるのか」「プライベートと仕事はきっちり分けたいから嫌だ」「ワーケーションできない仕事の人はどうするんだ」などの声。どういう点がデメリットとして誤解されているのかについて解説します。

誤解その1 「休みの日にまで仕事させるのか」

ワーケーションについて、おそらく一番多く聞かれる否定的な意見です。しかしこれは、もともとの発想が逆になっています。

働き方の多様化が進み、少しずつ「在宅勤務」、いわゆる「リモートワーク」(もしくは「テレワーク」)が普及しはじめていました。ただこれの基本は「勤務」を「自宅」でおこなうことです。一方で日本の住宅事情は決して在宅勤務に適しているとは言い難く、大都市部で自宅に「書斎」をもっている勤労者はおそらくかなり限定的で、多くはリビングルームや食卓で仕事をしているのが実態ではないかと思います。

そんな矢先に、2020年4月7日に、日本政府によってし「非常事態宣言」が発出され、外出自粛となりました。その結果、一気にリモートワークの普及が加速しました。

リモートワークは、すなわち通勤しておこなう「オフィスでの勤務」とは異なり、パソコンとzoomに代表されるテレビ会議システムがあればおこなえます。つまり「場所」を問わずにできるわけです。

そこで、労働環境が整っているとは言い難い自宅で勤務するよりも、開放的なリゾート地のコンドミニアムなどで心地よく勤務するほうが効率も上がります(このことは実証実験でも証明されています)。そのリゾート地で、例えば翌週は一週間休暇をつなげることで、新たな休暇のための空間移動をしなくてもすぐに休暇に突入できます。そんな考え方が「ワーケーション」の基本になります。それなので、「休みの日にまで仕事させるのか」というのは、この部分の誤解から発生したものと言えます。

さらに一歩進んで考えると、休暇は無理やり「取らされる」ものではなく自主的に取るものです。そうした休暇をベースに働く時間を自分の裁量でプラスするワーケーションも、「させられる」ものではなく、働き手の判断に任されると言えます。
もし、自分の所属する企業がワーケーション制度を導入しても、利用したくない人はしなくていいのです。「しなくてはならない」ものではありません。
制度を導入する企業側について言えば、ワーケーションはより快適に社員に働いてもらうために提示する休み方の選択肢の一つです。従って、利用するかどうかは社員の自由であり、制度を導入したからといって一律に強制的に「取らせる」のは本末転倒と言えます。

誤解その2 「プライベートと仕事は分けたい」

「旅行に行ってまで仕事をしたくない」「休む時は完全に休みたい」という声は多く聞きます。プライベートと仕事を完全に分けたい人は、自分の会社にワーケーション制度が導入されていても、そのスタイルを変える必要はありません。しかし、一方でプライベートの時間と遊びの時間が曖昧でもいい、むしろその方がいいアイデアが生まれたり、結果的にいい仕事ができるといった人もいます。
ワーケーションは働き方や休み方が多様化する中で生まれた選択肢の一つと言えます。2週間の長期滞在で日中仕事をするスタイルもあれば、3日間の休暇で半日だけリモート会議をする、1泊の温泉滞在で資料整理の合間に入浴して気分転換する、これらはすべてワーケーションと言え、スタイルに決まりはありません。
ワーケーションという選択肢が増えたことで、仕事を忘れて完全に休む時もあれば、休暇の合間に仕事をする時もある、といったように一人の働き手が状況に応じて休み方を選ぶことが可能になります。

誤解その3 「ワーケーションできない仕事の人はどうする」

銀行などの接客業務、宅配などエッセンシャルワーカーにはワーケーションは無理、できる人とできない人がいるのに国や自治体で推進するのは不公平といった声もあります。
デジタル化が進んでも、すべての職種がリモートワークやワーケーションをできるわけではありません。働き方が多様化している中、すべての人が実施できないことは当然ですが、それは良くないことなのでしょうか。
例えば、ワーケーションが可能な人がオフシーズンに地方に長期滞在することは、休暇の分散化や観光地の繁閑差を縮め、需要の平準化に寄与します。企業はワーケーションできる職種について制度導入を検討すればよく、受け入れ側はワーケーションができる人、積極的にしたい人に対して快適な環境を作ることが大事であり、「一律であること」を重視し、「できない人」に意識を向けた議論は生産的ではないのではないと考えられます。