欧州観光の成長に向け「8つの優先政策」を発表、ビザ改革からAI導入まで、2036年に経済効果3.8兆ドルへ ―WTTCグローバルサミット

Share:

世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)は、2026年10月9日、マルタ共和国の首都バレッタで開催された第26回グローバルサミットで、欧州の旅行・観光産業の成長と競争力強化に向けた8つの優先政策を発表した。

ビザ手続きの簡素化、長距離市場からの旅行者誘致、投資拡大、持続可能な観光、デスティネーション管理、人材育成、AI導入、交通ネットワーク強化を柱に、欧州各国政府に対して観光を戦略的産業として位置付けるよう求めた。

今回発表された報告書「Travel & Tourism in Europe: A Deep Dive Into Growth, Outlook and Policy(欧州の旅行・観光産業:成長、展望、政策の詳細分析)」では、欧州の観光産業がGDP、雇用、旅行者消費に与える経済効果を分析するとともに、2036年までの成長見通しを示した。8つの政策は、WTTCの執行評議会が承認した世界共通の戦略的優先事項に沿ったもので、既存の政策を検証したうえで具体的な対応策を提示している。

WTTCによると、2025年の欧州の旅行・観光産業によるGDP寄与額は約3兆ドル(約474兆円)に達し、欧州経済全体の9.4%を占めた。雇用者数は4070万人で、約10人に1人の雇用を支えている。2026年の同産業の成長率は3.1%と予測され、欧州経済全体の成長予測1.1%を大きく上回る。

WTTCのグロリア・ゲバラ氏(プレジデント兼CEO)は、「欧州はすでに世界の国際旅行者の約半数を受け入れている。世界の旅行市場が成長を続けるなか、その主導的地位をさらに強化できる立場にある。今、各国政府が下す政策判断によって、その成長のどれだけを欧州に取り込めるかが決まる」と指摘した。

そのうえで、「我々の調査は、デジタルビザの迅速な導入、欧州域外からの旅行者誘致、投資拡大、熟練人材の確保が、政策によって最も大きな成果を生み出せる分野であることを示している」と強調した。

世界旅行ツーリズム協議会グロリア・ゲバラ氏(プレジデント兼CEO)

政策1:ビザのデジタル化と入国手続きの円滑化

2025年にシェンゲン協定加盟国が発給した数次入国ビザは530万件で、2019年から40%減少した。発給ビザ全体に占める割合も、2019年の59%から51.7%に低下した。

WTTCは、シェンゲンビザの電子化を加速するとともに、数次入国ビザの活用を再び拡大するよう提言した。さらに、米国の「グローバル・エントリー」などの制度と相互承認が可能なEU共通の信頼できる旅行者向け制度の創設や、EU域内の空港で生体認証技術を活用するための実用的な枠組みの整備を求めた。

政策2:アジアなど長距離市場の開拓と送客市場の多様化

2025年に欧州を訪れた国際旅行者の74.3%は、欧州域内からの旅行者だった。域内旅行を除いて旅行収支を算出すると、欧州全体の339億ドル(約5.4兆円)の黒字は約450億ドル(約7.1兆円)の赤字に転じる。欧州の人々が域外への旅行に支出する金額が、域外から欧州を訪れる旅行者の消費額を上回っている。

特に、アジア太平洋地域からの旅行者の回復が遅れている。2025年の欧州への到着者数は2019年を4.8%下回り、中国市場は43.2%減、日本と韓国もそれぞれ約30%減の水準にとどまっている。

WTTCは、長距離市場における官民連携のマーケティング強化を推奨。旅行者数だけでなく、送客市場の構成比についても目標を設定し、安定した観光プロモーション予算を確保するとともに、ビザ取得の簡素化と連動した誘客キャンペーンの展開を求めた。

政策3:観光関連投資の拡大と中小企業の資金調達支援

2025年の欧州における観光関連投資額は2590億ドル(約41兆円)で、前年比7.1%増加したものの、2019年の水準を3.6%下回った。アジア太平洋地域の3950億ドル(約62.4兆円)、北米の2730億ドル(約43.1兆円)にも及ばなかった。

WTTCは、この投資格差を解消するため、EUの2028~2034年の次期中期財政枠組み(MFF)において、旅行・観光産業を戦略的な産業エコシステムとして認定することを提言。EUの投資支援制度への直接的なアクセスを確保するほか、法的予見可能性と規制の安定性を高め、中小企業の資金調達環境を改善するよう求めた。

政策4:気候変動への適応と持続可能な観光の推進

2024年の欧州の温室効果ガス排出量に占める旅行・観光産業の割合は6.3%。一方、同産業の排出原単位は2019年から2024年にかけて14.8%低下した。

欧州の国際旅行者消費額の52.2%が集中する地中海沿岸のデスティネーションは、猛暑や水資源不足の影響を特に受けやすい状況にある。

WTTCは、気候変動への適応に向けた投資、水資源や廃棄物の管理、自然環境の保護を重視。持続可能な航空燃料(SAF)や船舶燃料の導入加速に加え、施設やサービスの物理的・デジタル面でのアクセシビリティ向上を求めた。

政策5:旅行者数から地域価値へ、デスティネーション管理の高度化

欧州への国際旅行者数は、2025年の7億5730万人から2036年には11億4000万人に増加すると予測されている。

WTTCは、観光政策を住宅、地域交通、公共サービスと一体的に計画する必要性を指摘。旅行者数の拡大だけを目標にするのではなく、旅行者が地域にもたらす価値を重視した政策への転換を提言した。

また、データを活用して旅行者を地域や季節ごとに分散させる施策や、旅行者から徴収する税・課徴金の使途を透明化し、デスティネーション管理に充当する仕組みも求めた。

政策6:人材不足への対応と若年層のスキル向上

欧州の旅行・観光産業は若年層にとって重要な雇用先であり、直接雇用に占める若年労働者の割合は13.1%と、欧州経済全体の8.3%を上回る。

一方、人材需要の拡大に供給が追い付いていない。2035年には、ドイツで必要な労働力の26%、ギリシャで27%が不足すると予測されている。

WTTCは、見習い制度などを通じた職業訓練の仕組みを整備するほか、ホスピタリティ・観光分野のスキルを証明する「Hospitality and Tourism Skills Passport」の認知・活用拡大を提案。また、英国とEUの若者の交流・移動を促進する「UK-EU Youth Experience Scheme」の早期実現も求めた。

政策7:観光産業へのAI導入支援と適切な規制の整備

WTTCは、AIには欧州の観光産業の競争力やレジリエンスを高め、変化する旅行者ニーズへの対応を改善する可能性があると指摘した。また、デスティネーションが旅行需要をより効果的に管理する手段にもなるとしている。

一方で、中小企業がAI導入から取り残されないよう、政府による補助金、スキル研修、専門家からの助言、共同利用できるデジタルツールへのアクセスなど、対象を絞った支援を求めた。

AI規制については、人間中心で透明性が高く、目的に見合った規制であることが重要とした。旅行者の保護と包摂的な成長を支えながら、イノベーションを可能にする制度設計が必要だとしている。

政策8:航空・鉄道など交通ネットワークの接続性強化

WTTCは、旅行者の円滑な移動と送客市場の多様化には、航空、鉄道、海運、道路を組み合わせた交通網の強化が不可欠と指摘した。島しょ部、農村部、周辺地域へのアクセス改善は、観光消費の地域的な拡大や通年雇用の創出につながり、ピーク時の混雑緩和にも寄与するとしている。

そのため、交通機関を横断した情報の相互運用、誰もが利用しやすい予約プラットフォーム、交通手段や国境を越えた統合チケットの導入を提言した。

また、脱炭素化に向けて排出量の少ない交通手段を拡充する一方、代替交通手段が限られる地域については、必要不可欠な航空ネットワークを維持すべきだとした。

EUの新観光戦略と長期予算、2036年には雇用5000万人超へ

WTTCは、これら8つの優先政策を実現するうえで、EUの政策環境が重要な転換点を迎えていると位置付けている。

欧州委員会はEUとして初めての観光専門戦略となる「EU持続可能な観光戦略」を準備している。また、欧州議会は2026年4月、観光を専用予算のある戦略的経済部門として扱うよう求める決議を採択し、EU理事会も同年5月に関連する結論をまとめた。

WTTCは、こうした政策の動きを活用し、官民の連携、投資、交通接続、適切な規制によって、観光産業をEUの競争力強化政策の中心に据えるよう呼びかけた。

ゲバラ氏は、「各国の新たな観光戦略からEU初の観光戦略、そして次期長期予算に至るまで、欧州の政策立案者には、旅行・観光産業を本来あるべき戦略的産業として扱う、まれな機会が訪れている。我々は欧州各国の政府や関係機関と協力し、この構想を地域社会に具体的な成果として還元する用意がある」と述べた。

なお、欧州は2025年に国際宿泊旅行者数で世界全体の49.1%にあたる7億5730万人を受け入れ、国際旅行者消費額は世界全体の41%を占める8350億ドル(約132兆円)に達した。

国別の旅行・観光産業の経済規模では、ドイツが5660億ドル(約89.4兆円)で最大となり、英国の3800億ドル(約60兆円)、フランスの3120億ドル(約49.3兆円)、スペインの2910億ドル(約46兆円)が続いた。国際旅行者消費額ではスペインが1300億ドル(約20.5兆円)で欧州最大となり、旅行者1人当たりの現地消費額は796ドル(約12.6万円)と、欧州平均の1.7倍に達した。

今回のサミット開催国であるマルタも、観光産業が高い成長を示している。2025年の旅行・観光産業によるGDP寄与額は46億ドル(約7268億円)で、前年比16.8%増。経済全体の成長率4%を大きく上回り、GDPの16.6%、雇用の5人に1人を占めた。国際旅行者消費額は39億ドル(約6162億円)と、2019年を47.5%上回った。

WTTCは、欧州の旅行・観光産業によるGDP寄与額が今後10年間、年平均2.2%で成長し、2036年には3兆8000億ドル(約600.4兆円)に達すると予測している。同年の雇用者数は5000万人を超え、2026年から830万人増加する見通しだ。

※ドル円換算は1ドル158円でトラベルボイス編集部が算出

取材・文: 鶴本浩司

Share:

注目企業 セレクトSPONSORED

トラベルボイスが注目する企業の特設サイトです。ロゴをクリックすると注目企業のインタビューやニュースを一覧することができます。

観光産業ニュース「トラベルボイス」編集部から届く

一歩先の未来がみえるメルマガ「今日のヘッドライン」 、もうご登録済みですよね?

もし未だ登録していないなら…