国学院大学観光まちづくり学部教授の井門(いかど)です。
日本人の海外旅行市場は回復途上にありますが、大学生と接していると、海外旅行への距離感はいまなお大きいと感じます。大学生と接していても肌感覚で痛感しますが、背景にあるのはシンプルに「お金がない」ことです。円安や物価高で旅行費用が上がるなか、若者に海外旅行を促すには、安さだけでなく、「それでも行きたい」と思える動機付けが必要です。
国内旅行データ(じゃらん観光国内宿泊旅行調査)を見ても、旅行実施率は実質賃金の低下と明確に相関しています。2024年に名目賃金が上がった際も、翌2025年に旅行実施率が回復したのは50代のみ。20〜30代の若年層は落ち込みが続いており、海外旅行も同様の厳しい状況でしょう。
抜本的な制度改革がないかぎり賃金の急回復は望めないため、需要喚起には「費用以外の動機付け」をおこなう必要があります。お金がなくても行きたくなる旅とは何か。毎年夏に約3週間、学生とアジアをめぐる中で見えてきた旅の設計術をお伝えします。
冒頭写真:2026年夏、学生とともに出かけた観光人類学のフィールド旅行。先住民族はマイノリティではなく開拓者だと教わったモン民族の学校(筆者撮影)
「人と違う発想」を恐れる大学生のリアル
現代の大学生の弱点は、「人と違う発想をすること」へのためらいです。
この背景には、子どもの頃からの友人づくりの問題があります。文部科学省は、2011年に「近年の子どもは気の合う限られた集団の中でのみコミュニケーションをとる傾向が見られる」点を指摘しています。また、ユニセフの調査では、日本の15歳の精神的幸福度が低く、その要因として「友人を作ることが簡単ではない」点が挙げられています。
文科省の調査がおこおわれた頃にはスマホが普及し、SNSの影響が取り沙汰され始めていました。この時期に小学生だった子どもたちが現在、大学生になっているわけですが、一貫して友人づくりが彼らの最大の課題となり、そのために周囲に過剰に適応(同調)しながら生きています。
そのため、「常に周囲と同じ答えが最適解」という発想になってしまっています。私のマーケティングの授業では、「Slido」というアプリを使い、250人の匿名回答をスクロールして映写し、全員が他者の答えを見られるようにしています。しかし、「人と違うことを書きなさい」と指示しても、同じ答えばかりが並びます。
授業の最終課題は新商品企画にしていますが、他者にはない尖った発想が出てきません。この傾向は年を追うごとに顕著になっています。他者と同じであることで安心するのだと思います。
しかし、これではマーケティングの業務どころか、旅に出る際の行き先選びも大変です。皆で意見が一致しないかぎり、旅に出ようとしないわけですから。
若者の背中を押す「2つの軸」のアプローチ
こうした特性を持つ大学生に旅をしてもらうために、私は2つの軸で旅をカテゴライズしています。
1つ目の軸は、旅先が「既知の地」か「未知の地」か。既知の地は、SNSで拡散されているので、行ったことがなくてもある程度の情報は持っていて、「いつか行きたい」と思っているような国。一方で、未知の地は、「自分では思いつかない、あるいは行こうと思わない」国を指します。
まず、彼ら、彼女たちを連れ出すために提案するのは、未知の地です。大学生に迎合して人気のある旅先を示しても、結局は価格で決めることになってしまうので、私はそうした方法はとりません。
2つ目の軸は、行く相手が決まっている「協調性」重視型か、自分で手を挙げて参加する「主体性」重視型か。修学旅行や合宿、あるいは親しい仲間での旅行などは前者、募集型ツアーやひとり旅は後者になります。
初めて海外旅行に行く学生を含む、海外に慣れていない学生に最初に提示するのは、「未知の地×主体性」重視型の旅です。
2026年夏、学生を募集して連れだした行き先は5泊6日でのベトナムとタイにしました。旅費は25万円。それほど安いわけではありません。おそらく多くの学生がアジアの国を自分で選ぶとしたら、韓国か台湾を選びます。ベトナムやタイも思いつくかもしれませんが、「辛い食べ物やパクチーが不安」という思い込みだけで避けられてしまいます。一度行くとハマるベトナムやタイでさえ、最初はそう思われています。
そこで、「知っている教員が同行する旅に参加してみる」という、ハードルを下げた募集型旅行によって動機付けを促します。留学やバックパッカーの旅というレベルの高い旅ではなく、仲間と韓国や台湾に行くといった、いつでも誰とでも行けそうな旅でもない。旅行経験の裾野を広げ、「旅好きになってもらうための最初の一歩としての旅」です。
教科書にない体験が、学生の好奇心を呼び覚ます
今回の旅先では、半分はエスコート、半分はフリータイム型としました。エスコートするのは、旅の仕方やリスクを教えるためです。
たとえば、バンコクでは、26人という人数に対し、移動にはバスを使うことなく、チャオプラヤー川のボートなど、地元の足を使いました。夜はカオスとなる繁華街、カオサン通りにも連れていきました。バンコクを離れ、カンチャナブリーでは日本の教科書にはない悲惨な歴史も学び、クウェー川の奥地では先住民族の村も訪ねました。
全員が初めてのタイです。彼らが最も印象に残ったのは、日本軍が捕虜に敷設させた山岳鉄道跡地のヘルファイアパスです。「実際に訪れてみないと絶対に知ることのなかった歴史だ」と、英語のイヤフォンガイドに聞き入っていました。
そして、バンコクのセンセープ運河ボート。交通渋滞を後目に運河を爆走するボートに、「日本ではありえない交通機関だ」と目を見張っていました。そして、モン民族の村。ここでは、先住民族はマイノリティではなく開拓者だと教わり、日本人が持ちがちな先入観が否定され、多民族国家の多様性を学ぶことができました。
フリータイムは、年頃なのであちこちで衣服やアクセサリーのショッピングに走り回ってはいました。一方、「BeReal」や「Setlog」など「今、その場」を発信するSNSがムーブメントとなったこともあり、少し前なら皆が向かった「映え観光地」には、わざわざ足を向けません。
それよりも、課題となっていた「日本で食べられないタイ料理」を求めてローカル食堂にチャレンジするほうが楽しかったようです。心の中に眠る好奇心を刺激できれば、旅好きへと自己変容していきます。
日本軍が捕虜に敷設させた山岳鉄道跡地のヘルファイアパス。豪州政府の建てた資料館がある(筆者撮影)
「未知の旅」が育む、社会で必要な主体性と協調性
こうして彼ら、彼女たちは海外旅行に目覚め、必ず次は仲間と「協調性」重視型の旅へと向かうはずです。この時もゼミなどで「未知の地」を選ぶように導けば、今夏訪れたカンボジアでのホームステイや、インドネシアでの国際交流などの経験が増え、未知の土地へ向かう心理的なハードルも下がっていきます。
毎年こうして育った学生は、卒業までに全員が、親しい友人同士での「既知の地 × 協調性」重視型の旅を経て、卒業旅行では自ら調べた地域へ「既知の地 × 主体性」重視型の旅をするために、ひとり旅かふたり旅で向かいます。お金がないと言いながらも、旅に目覚めれば学生時代に3回、4回と海外旅行に向かいます。
大学生が旅に出ない理由は、未知の地への誘いがなく、いきなり既知の地へ友人同士で向かう自己判断を期待しているためです。これでは、安くなければ行きません。旅行費用の高騰が続く現在、大学生の足は遠のくばかりです。
旅に出ることさえできれば、その経験を通じて、社会で必要な主体性、協調性を養うことができます。むしろ、旅の経験がないままに社会に出てしまう若者が増えているとしたら、危機感を覚えます。
大学生を旅好きにするための手順 ― いかに未知の地に連れ出すかがカギ
若者に海外旅行を促すには、安さだけを訴えるのではなく、未知の場所へ踏み出す不安を下げ、好奇心を刺激する設計が必要です。観光産業に携わる人が多いトラベルボイス読者のみなさんも採用面接の際、学生時代にどんな旅をしたのか、どこに向かい何を発見したか、その経験を尋ねてみるのはいかがでしょうか。



