AIに見えない地域やホテルは「旅行者からも見えなくなる」、宿泊施設の情報発信と「人」の価値を議論 ―ブッキング・ドットコム

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2026年に創業30周年を迎えたブッキング・ドットコム(Booking.com)は、日本の観光産業の未来を共創する場として「Booking.com Innovation Summit Japan 2026」を開催した。AIテクノロジー、フィンテック、サイバーセキュリティなどを担う同社のエグゼクティブリーダーと各分野の専門家が登壇し、旅行体験におけるAIの飛躍的進歩や、地方観光の発展に向けた今後のロードマップについて議論が交わされた。

AIから見えなければ、旅行者からも見えなくなる

「旅行業界におけるAIの影響」をテーマとしたセッションでは、ブッキング・ドットコム 宿泊事業担当シニア・バイス・プレジデントのマシアス・シュミッド氏と、三菱総合研究所 AIイノベーション推進室長の比屋根一雄氏が登壇した。

比屋根氏は、旅行AIを活用したサービス市場が2024年の34億ドル(約5340億円)から2030年には139億ドル(約2.2兆円)規模へ急激に拡大するとの予測を紹介した。探索・計画・手配・決済をワンストップで実行する「旅行AIエージェント」の登場により、旅行業界は従来の検索・予約ツールからユーザー体験の主導権争いへとシフトしている。同氏は「宿泊施設やDMOは、情報をAIに『読ませる』ことが最も重要視される時代になる」と指摘し、情報流通の起点を構築できずAIから見えなくなってしまえば、結果的に世界中の旅行者からも見えなくなると警鐘を鳴らした。

これに対しシュミッド氏は、ブッキング・ドットコムにおけるAI戦略として以下の重要ポイントを挙げた。

まず、顧客接点の早期化。従来の「検索・予約・決済」という機能を超え、生成AIの活用によって、旅行者がインスピレーションを得て計画を練り始める段階からアプローチが可能になった。

次に、旅行者のインテント(意図)の深い理解。従来の機械学習に生成AIを掛け合わせることで、自然言語による柔軟な検索(例:「東京で特定のエリアの近く、高層階の部屋」)を実現。ユーザー生成コンテンツ(UGC)と施設情報を組み合わせ、一人ひとりに最適化されたパーソナライズ提案を提供している。

さらに、生成AIを通じた新たな需要創出にも取り組んでいる。ブッキング・ドットコムは、ChatGPT、Claude、Google Geminiといった主要な生成AIプラットフォームと緊密に連携。旅行者がAIを使って計画を立てる際、自社のパートナー施設のコンテンツが確実に露出される仕組みを構築し、小規模施設に代わって需要創出のエンジンとして機能している。

ブッキング・ドットコムシュミッド氏(中央)と三菱総合研究所比屋根氏(右)

AI時代にこそ高まる「人」と「おもてなし」の価値

「地域経済の成長:AIと地方観光の多様化の可能性」のセッションでは、テクノロジーがいかに地方誘客や地域経済に貢献できるかが議論された。

ブッキング・ドットコム 日本代表のルイス・ロドリゲス・デ・パウラ氏は、同社が推進する「Authentic Japan(日本らしい伝統的かつ本格的な滞在)」の取り組みに触れ、AIが旅行者のインテントと地方の「ヒドゥン・ジェム(隠れた名所)」を的確に結びつける役割を果たしていると説明した。AIとの対話によって、旅行者は東京などの主要都市から足を延ばした先にある、自身にとって特別な体験を容易に発見できるようになっている。

AIの導入は、宿泊施設の現場における時間の使い方も大きく変えつつある。旅館・南禅寺八千代 代表取締役兼オーナーの中西敏之氏は、AI革命によって事前の顧客コミュニケーションが飛躍的に増加し、顧客のニーズを事前に把握しやすくなった実体験を共有した。「煩雑な業務をAIが担うことで、私たちは旅館の価値を高める作業、つまりお客様への直接的なおもてなしに集中できるようになっている」と語った。

セッションの結びとして、テクノロジーの進化が逆説的に「人」の価値を浮き彫りにしている点が強調された。地域観光プロデューサーの福田直子氏は、地域の価値を言語化・ストーリー化してAIに届ける重要性を指摘しつつも、「誰が何を伝えるかで体験は全く変わる。最終的に体験の価値を決めるのは人」と語った。三菱総合研究所の宮崎俊哉氏もこれに同意し、「AIに地域のコンテンツを見せることがスタート地点だが、AIは人を作りきれない。地域の人づくりこそが重要だ」と総括した。

AIがロジスティクスやマッチングを担い、人間が日本特有の「おもてなし」に注力する。この役割分担こそが、今後の日本の地方観光を活性化させる最大の鍵として示された。

(左2人目から)旅館・南禅寺八千代の中西氏、地域観光プロデューサーの福田氏、三菱総合研究所の宮崎氏、ブッキング・ドットコムのパウラ氏

デジタル決済がもたらす収益向上と省人化

「フィンテックと地域観光の活性化」のセッションでは、ブッキング・ドットコム 決済担当バイス・プレジデントのラジブ・アパナ氏と、SQUEEZE 執行役員兼CMOの渡部健太郎氏が登壇した。

アパナ氏は、「誰もが世界を体験できるようにする」という同社のミッションにおいて、決済の多様性が重要であると強調した。同社は日本市場だけでも約50種類の決済方法に対応しており、支払い時期を選べる「BNPL(後払い)」も提供している。同社の決済システム「Payments by Booking.com」を利用した場合、より高額な予約が行われる傾向があるだけでなく、キャンセル率が約35%低くなるというデータが示され、パートナー施設にとって大きな利点となっていることが明かされた。

SQUEEZEの渡部氏は、同社が運営するホテルがすべて「完全キャッシュレス(事前決済のみ)」で運営されている実態を紹介。事前決済は直前キャンセルの抑止やノーショー時の確実な代金回収につながり、収益確保に貢献しているという。さらに現地のオペレーションにおいても、セルフチェックイン端末「KIOSK」による宿泊税のカード決済徴収や、エスコンフィールド北海道での「自動化POS」を活用した名産品の無人キャッシュレス販売を紹介。これにより、スタッフが決済業務に時間を取られることなく、省人化と売上向上、ゲスト満足度の向上を両立させていると語った。

また、AIとフィンテックの今後の展望についても活発な意見が交わされた。渡部氏が「レベニューマネジメントをAIに任せることで、人間はSNS運営やホスピタリティなどクリエイティブな業務に注力すべき」と語る一方、アパナ氏はブッキング・ドットコムの今後の構想を披露した。例えば、AIがレビュー低下の原因を「ベッドの老朽化」と分析した場合、外部の銀行を介さず同社プラットフォーム内で直接ベッド買い替え資金の融資を受けられるような、パートナー向けの金融サービスの可能性が示唆された。

ブッキング・ドットコムのアパナ氏(中央)とSQUEEZEの渡部氏(右)

巧妙化するAI詐欺と業界・官民連携の必要性

「オンラインの安全性:旅行者、企業、地域社会の安全を守る」のセッションでは、急速に拡大する旅行需要とAIの進化によって高まるサイバーセキュリティのリスクが議論された。

ブッキング・ドットコム 最高セキュリティ責任者のマーニー・ウィルキング氏は、「旅行業界はサイバー犯罪者にとって格好の標的。AIの進化により、高度な技術を持たない犯罪者でも巧妙な詐欺を仕掛けられるようになっている」と警鐘を鳴らした。この課題に対し、一企業だけでなく業界全体での連携が不可欠であるとし、同社が小売・ホスピタリティ業界のグローバルな情報共有組織「RH-ISAC」に加盟していることを紹介した。

内閣官房・国家サイバー統括室(NCO)の前田京太郎氏は、サイバーインシデントが国境をまたぐ特性を持つことから、各国の機関との連携強化が必要であると指摘。欧州連合駐日代表部のピーター・ファテルニグ氏は、法制度が世界で異なる中で、標準化された安全な基盤となる「デジタルアイデンティティ」の導入が、法人・一般顧客双方の安全な取引を円滑にする解決策になり得ると提言した。

最後にウィルキング氏は、消費者への啓発・教育における官民連携の重要性を強調。業界やプラットフォームの垣根を越えた知見の共有を呼びかけた。

(左2人目から)ブッキング・ドットコムのウィルキング氏、欧州連合駐日代表部のファテルニグ氏、内閣官房・国家サイバーセキュリティ事務局の前田氏

※ドル円換算は1ドル157円でトラベルボイス編集部が算出

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