「北回りルート」開設への道のりとは? スカンジナビア航空の苦悩の日々から最新鋭機を投入する未来まで【コラム】

秋本俊二のエアライン・レポート

かつて南回りルートしかなかった時代に日本から54時間もかかっていた欧州へのフライトが、北回りルートの開設で大幅に短縮された。1957年にそのベースとなる「北極航路」を開拓したのが、スカンジナビア航空(SAS)だ。

2017年2月24日で新ルート開設60周年を迎えるのを記念し、SASスウェーデン本社からグローバルセールス&レベニューマネージメント副社長のアンネリー・ナッセン氏が緊急来日。都内でプレスカンファレンスが開催された。同社のパイオニアとしての取り組みを振り返り、日本路線の今後を展望する。※冒頭写真は都内で開かれた「SAS北極ルート開設60周年記念プレスカンファレンス」。中央がグローバルセールス&レベニューマネージメント副社長のアンネリー・ナッセン氏。

日欧間の移動はかつて50時間以上も

日本からヨーロッパへは、直行便なら11時間か12時間でアクセスできる。けれど航空の長い歴史で見ると、こんなに近くなったのはわりと最近の話だ。まだ南回りのルートしかなかった時代には、欧州のどの国へ行くにも50時間以上を要していた。

当時はなぜ、わざわざ南回りでフライトしていたのか。理由のひとつは、航空機の性能にある。どの機種もまだ航続距離が短く、途中で多くの経由地に立ち寄らないと目的地へたどり着けない。極地上空を安全に飛行するための航法技術が未発達だったことも南回りルートで飛行を続けた要因だった。

SASはデンマーク、ノルウェー、スウェーデンのスカンジナビア3国が共同で設立したエアラインであり、北欧を拠点とする同社が世界に翼を広げるには高緯度地域ネットワークの拡充が不可欠だった。東京への初フライトは1951年4月。その路線はストックホルム−バンコク線を延長し、南欧、中東、インド、タイ、香港を経由するルートで開設された。50時間を超すこの長時間フライトをなんとか短縮しなければ! 社員たちのそんな思いでスタートしたのが、SASの「北極航路開拓プロジェクト」だったのである。

新しい航法技術の研究にSASは早くから力を注いできた(提供:スカンジナビア航空)

技術者やクルーたちの苦悩の日々

当時は操縦士や航空機関士とともにコクピットに「ナビゲーター」が乗務していた時代である。眼下に広がる地形や夜空の星を見て飛んでいる現在位置を突き止め、コンパス(方位磁石)と照らし合わせながら目的地を目指していた。

しかし北極圏を横断するには、そうした航法は通用しなかった。子午線の間が次第に狭くなり、やがて北極の一点に達する従来の航図では、ナビゲーターは飛行中に常にコースの是正を繰り返さなければならない。とくに星が見えず、太陽の位置もはっきりしない北欧特有の薄暮の季節(春分や秋分)には、位置測定がまったく不可能に。また地球の磁北極は地図上の北極点より南に約1600キロずれているため、北極では通常のコンパスは南を指してしまう。方向を安定的に把握することが極めて難解だった。

SASの技術陣は、それらの問題を一つひとつ解決するための取り組みに着手した。最初に完成させたのが、従来の航図に代わる北極を中心とした「SAS900北極地図(格子形地図)」である。グリニッジを南にして子午線の0度を通し、アラスカから南太平洋に伸びる線を便宜上「北」に。これが「ポーラー・グリッド地図」と呼ばれるものだ。

グリニッジを南にして子午線の0度を通し、アラスカから南太平洋に伸びる線を便宜上"北"にしたポーラー・グリッド地図(提供:スカンジナビア航空)

コンパスについても、1分間に2万4000回転するコマを組み込み、フライト前にセットした飛行方向を20時間持続できる性能を備えた「北極通過ジャイロ・コンパス」を開発した。同時に、太陽が水平線のすぐ下にあり位置測定が難しいときに使うコンパスとして、偏光の原理を利用した「コルスマン・スカイ・コンパス」が考案された。

北極航路を飛ぶためには、クルーたちも厳しい訓練を受けなければならなかった。新ルート開設に向けて選ばれたクルーたちの訓練は、計16回にも及んだという。北極圏に緊急着陸しなければならない場合に備えて、乗客乗員を保護するための特殊な衣類やテントが開発され、暖房装置や緊急の無線送信装置のほか白熊を一撃でしとめるための特殊な銃までが用意された。道具類の中には4人用の寝袋などもあったそうだ。寝袋は単独で使用するより、4人で一つにくるまったほうが温かさを保つためには効果的であるという発想だったのだろう。スカンジナビア半島北部のラップランドを舞台に、それら特別に用意された装備品の扱い方などの訓練がクルーたちに繰り返された。

2020年までに羽田にA350で就航

それから60年。SASがデイリー運航を続ける現在の成田−コペンハーゲン線も、60年前に開設された北極航路がベースになっている。コペンハーゲンへ向かうSK984便の機内で出会うクルーたちの中には「ルート開拓に汗を流してくれた先輩たちへの感謝の気持ちを、私たちは忘れてはいけないと思う」と話す人が少なくない。

「離陸して1、2時間で着陸準備に入らなければならない短距離路線では、忙しくてなかなか乗客のみなさんとの交流が持てません」と、クルーの一人は言う。「その点、東京路線などの長時間フライトなら、じっくりサービスしながらコミュニケーションをとることができます。北極ルート開設は私たちクルーの活動の幅を、そしてサービスの可能性を広げてくれました」

成田−コペンハーゲン線は現在、フルフラット型の新シートを搭載したエアバスA340での運航だが、SASは2019年より最新鋭機A350の受領を開始する。会見の席でアンネリー・ナッセン副社長は「SASが就航する世界の都市の中でも、65年の歴史をもつ東京線は最重要路線の一つです。A350受領後は最優先で導入したい」と明言した。羽田就航への意欲も強い。日本各地からの旅行者を、羽田とコペンハーゲン経由でヨーロッパの各都市へ。東京オリンピックイヤーの2020年を目標に、同社はそんなシナリオを描いている。

コペンハーゲン線は現在A340での運航だが、2019年以降は最新鋭のA350導入が期待される都内で開かれた「SAS北極ルート開設60周年記念プレスカンファレンス」。中央がグローバルセールス&レベニューマネージメント副社長のアンネリー・ナッセン氏
秋本俊二(あきもと しゅんじ) 作家/航空ジャーナリスト

秋本俊二(あきもと しゅんじ) 作家/航空ジャーナリスト

東京都出身。学生時代に航空工学を専攻後、数回の海外生活を経て取材・文筆活動をスタート。世界の空を旅しながら新聞・雑誌、Web媒体などにレポートやエッセイを発表するほか、テレビ・ラジオの解説者としても活動する。『航空大革命』(角川oneテーマ21新書)や『ボーイング787まるごと解説』『みんなが知りたい旅客機の疑問50』(ソフトバンククリエイティブ/サイエンスアイ新書)など著書多数。

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