衰退から一転、「熱海の奇跡」が実現した舞台裏を、再生キーパーソンに聞いてきた ―街づくりと観光の連動から「関係人口」の創出まで

静岡県・熱海が最近変わってきたと聞いて、何十年ぶりかに訪れてみた。かつては会社の慰安旅行などの団体が多かったが、今では熱海銀座を歩いているのは女子旅のグループ、カップル、ファミリーが目立つ。「コロナ禍で高齢者が少ないこともありますが、若い個人観光客は確実に増えています」。そう話すのは、熱海で街づくりを手掛けている「machimori」の代表取締役・市来広一郎さん。元気な街には人が訪れ、消費し、さらに街が活性化される。街づくりは観光の素地と言えるが、観光誘致を目的に行うものでもない。街づくりと観光の関係とは。「熱海の奇跡」と言われるV字回復の背景にあるものは。熱海再生に取り組んでいる市来さんに聞いてみた。

どん底時代にUターン、熱海再生の志で起業

熱海の観光の歴史を振り返ってみる。観光需要のピークは高度経済成長時代の1960年代半ばで年間500万人以上が宿泊した。その後、増減を繰り返しながら徐々に減少し、バブル経済崩壊の1991年以降、急激に落ち込み、2006年には熱海市が「財政危機宣言」を発出。2011年にはピーク時の半分の246万人にまで落ち込んだ。

この凋落には複合的な要因がある。バブル崩壊によって多くの企業の保養施設が閉鎖され、企業の慰安旅行も激減。旅行市場のトレンドも団体から個人に変化していくなかで、宴会型宿泊から体験型宿泊に変わってきた。また、1990年代前半に発生した伊東沖での群発地震も観光客の足を遠のかせた。

熱海生まれで東京のコンサルティング会社に勤めていた市来さんが、故郷の未来に強い危機感を抱き、熱海再生の志を持ってUターンしたのは2009年のこと。どん底のときに、街づくりを手掛けるNPO法人atamistaを立ち上げた。

市来さんが、熱海再生に向けてまず問題意識を持ったのが「地元が地元を知らない」ということだ。特に熱海に多い別荘族は、かりそめの居住で地元のことを知らない。「熱海の人たちは地元にネガティブなイメージしか持っておらず、地元を楽しんでいないのが問題だと思いました」と当時を振り返る。

そこで、始めたのが地元の人が地元を楽しむ「熱海温泉玉手箱(オンたま)」プログラム。街歩き、温泉めぐり、農業体験、マリンスポーツ体験など、地域の人がガイド役を務めるツアーを仕掛けた。この取り組みは2011年まで約3年間続き、徐々に案内される方も、案内する方も地元に対する意識が変化していったという。地域の人が地元に満足を覚えれば、訪問者に対してホスピタリティーが育ち、訪問者の満足度も上がるという好循環が生まれ始めた。

市来さんたちの民間による活動とともに、熱海市も街の復興と観光需要回復に向けた取り組みを強化していく。すると、宿泊客数は2012年からV字回復。2017年には約310万人まで持ち直し、「熱海の奇跡」と呼ばれるほど観光の活気を取り戻した。

市来さんは、熱海以外の街づくりでもコンサルティングを行っている。地域の価値を上げることは観光の価値を上げること

回復への手応えを感じるなか、市来さんは2011年にビジネスとして街づくりを進めるために株式会社machimoriを設立する。目的は主に熱海市の中心である「熱海銀座」の再生。その象徴となっているのがゲストハウスとシェア店舗スペース「RoCA」だ。両方ともmachimoriが開発し、運営している。

ビジネスとして観光客を呼び込む装置と同時に、「地元の人たちが集まり、外の人とも交流できる場所をつくりたかった」と市来さんは話す。「guest house MARUYA」には、エントランスに「MARUYA Terrace」と名付けたコミュニティスペースをつくり、宿泊者や旅行者と地元の人たちが交流できる場を設け、宿泊者の朝食では、商店街の干物屋で干物の購入を促すことで、地域にお金が落ちる仕組みとコミュニケーションの機会を創出している。RoCAに入居する「caffe bar QUATRO」は地元の人たちの情報交換の場にもなっている。

『MARUYA Terrace」は共有スペース。この奥に宿泊者専用のロビースペースとカプセルタイプの30部屋がある。部屋の内装はそれぞれ異なり、どれも個性的だ。machimoriが運営するもうひとつの宿泊施設「ロマンス座カド」。元映画館をリノベーションした。各部屋は映画をモチーフに。チェックイン/アウトは、歩いて30秒の「MARUYA」で行う。

市来さんは、「街づくりと観光は切り離せない」と話す。

特に多くの住民が何らかの形で観光産業に携わっている熱海では、どのような経済活動をしても観光につながる。「観光が地域にとってプラスになるように考えていく必要があると思います。かつての大量生産大量消費の観光は、今の地域も観光客も求めていない。地域の価値を上げていくことは、観光の価値を上げていくことにもなります」。

時代が変化するなか、財政危機宣言を発出した熱海市も観光政策を抜本的に練り直す。2007年には、「熱海市観光基本計画」を策定。湯治場「熱海」の復権を目指すとともに、リピーターの育成、地域経済効果を狙う街歩き、市民全員参加の町おこしを掲げ、観光プロモーションも20代や30代の女性にターゲットを当てた。

「ここ10年近く、行政も民間も新たな客層としてその世代をターゲットとして施策を進めてきたんです。その考え方を熱海のさまざまなプレイヤーが共有し、ターゲット層に好まれるコンテンツをつくってきました」と市来さん。machimoriでも、若者の間で人気が高まっていた「熱海プリン」2号店を街歩きのキラーコンテンツとして熱海銀座に誘致した。

熱海銀座の「熱海プリン」には若者や家族連れが多く訪れる。熱海で特徴的な傾向のひとつは、東京からアクセスしやすい場所にもかかわらず、インバウンドの割合が少ないことだ。2016年のデータでは、熱海の外国人宿泊者数は約3万2000人で全体の1.1%に過ぎない。近隣の箱根の11.1%と比較すると10分の1の割合だ。熱海市もインバウンド市場を軽視しているわけではなく、熱海市観光基本計画やその後の観光戦略会議でも「インバウンドの推進」を政策として掲げている。

市来さんは、インバウンドの少なさは戦略の優先順位の違いのためと明かす。「2000年代熱海が衰退していくなかで、地元の観光産業が考えたのが、いかに顧客満足度を高めて、リピートしてもらえるかだったんです。だから、東京近郊の既存の顧客層をまず大事にしていこうと。最近になって、その結果が出てきたので、あえて優先順位をインバウンドに変えることはしなかったのだと思います」。その方向性は、コロナ禍でインバウンドが完全に止まっているなか、大きなメリットとなっている。

関係人口の創出で地場産業にインパクト

市来さんは、ハード面である街づくりと同時に、地元での起業をサポートする人材育成や関係人口の創出というソフト面にも力を入れている。「街のファンをつくり、ファンがサポーターになり、サポーターが地元のプレイヤーになるサイクルを作り出したい」。特に力を入れているのが「30代のクリエイティブな人材の誘致」だ。

machimoriでは、熱海で働く「まち起業家」を生み出すことを目的に、起業したい人をサポートする創業支援プログラム「99℃」を運営している。この事業から生まれたサービスは現在までに20件ほど。市来さんは、「成果が出るまで時間がかかるが、地場産業にインパクトを与えるサービスも生まれています」と手応えを示す。

たとえば、2019年には副業のマッチングサービス「サーキュレーション・ライフ」が立ち上げられた。熱海と東京を往来する都市型循環生活を新しいライフスタイルとして提案。熱海のわさび漬け屋や旅館などに東京から副業として定期的に通い、新しいアイデアやサービスを生み出している。市来さんは「小さなサイトが立ち上がっただけですが、地場のカルチャーも変化してきている」と話す。

副業、兼業も含めて働き方は多様化している。ウィズコロナ時代、その傾向はさらに加速すると見られている。コロナ禍でにわかに注目が高まっているワーケーションもその多様性のひとつ。市来さんは、コロナ以前から、その働き方あるいは休み方に注目してきた。2016年には熱海銀座にコワーキングスペース「naedoco」をオープンし、新しい働き方を提案してきた。

「ワーケーションも、地域のコミュニティーに入っていくきっかけとして考えないと定着しないでしょう」というのが市来さんの持論だ。バケーションのなかで働くのではなく、関係人口の入口としてのワーケーション。東京と熱海の関係でいうと、ワーケーションが、2拠点居住ではなく「2拠点職住」につながる可能性に市来さんは期待をかけている。

エリアマネージメントで街開発、大きい家守の存在

熱海の街は、長い歴史の中で、土地が細分化され、土地所有者が複数にまたがる。日本の多くの街もおそらくそうだろう。所有者は自身の土地にしか気を配らないのが普通だ。他の土地で空き店舗が出ても別に困ることはい。市来さんは「それだと、街としての価値が下がり、訪れる人にとっても魅力的なものにはならない」という。

そこで、市来さんたちmachimoriが重視しているのが「エリアマネージメント」という考え方だ。街歩きが楽しい観光地熱海にするには、エリアとして価値を上げていく必要がある。そのためには、エリア内の不動産オーナーと新しくエリアに入ってくる人とをつなぐ役割として、江戸時代に存在した「家守」のような機能の重要性を説く。「店舗のリノベーションやエリア開発は、顔が見える関係がないと難しい。家守が気を配るエリアは狭い方がいいと思います」。

バブル崩壊後は、空き店舗が多くなり、旅行者からは「残念な街」と言われた熱海。machimoriが家守としてマネージメントする熱海銀座では今年の秋、空き店舗がなくなる。「6年かかりました」と市来さんも感慨深げだ。

熱海銀座には老舗の干物屋とmachimoriが手掛けた「RoCA」が並び、新旧の店舗が新しい街の雰囲気を作り出している。「伊豆100年構想」、地域で循環型経済を

ビジネスとして熱海再生に取り組んでいる市来さん。家守としてエリアマネージメントを進めるほかに、「今後は、もう少し広い視野で地域を見ていくことが必要だと考えています」と明かす。

熱海は、観光で外貨を稼いでいるが、食料品や物販などは地域外からの輸入に依存しており、稼いだお金が外に流出している状況だという。「地域内で経済を循環させるエコシステムを作らなければ、地域は潤わない」。一次産業から三次産業まで、さらに関係人口や移住者が創り出すデジタル産業やエンターテインメント産業も含めて、地域で生産し、地元と旅行者が消費し、さらにその需要を満たすために地域がさらに生産するサイクル。熱海では、「グリーンエネルギー推進協議会」も立ち上げられ、エネルギーの地産地消も目指している。

市来さんの未来図はさらに広がる。「伊豆半島のなかの熱海にも大きな価値があるのではないかと考えてるんです」。食材が豊富で観光資源も豊かな伊豆半島は、地域循環経済という点でも潜在性は高い。首都圏からの国内旅行先として、気軽に訪れることができる伊豆半島は人気だが、インバウンドの誘致でも、熱海を拠点とする伊豆半島の将来性は高い。

「伊豆半島が自立した経済圏として成り立つようになれば面白いですよね」。

市来さんの「伊豆100年構想」は始まったばかりだ。

トラベルジャーナリスト 山田友樹

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