
みなさんこんにちは。
日本修学旅行協会の竹内秀一です。
5月の連休明けから6月は、中学校の修学旅行がピークを迎える時期です。高校の修学旅行は10月~11月がピークになりますが、今年度(2025年度)に実施される修学旅行の多くは、2023年に結ばれた契約に基づいているため、旅行費用の高騰やインバウンド客の急増による旅行先の混雑など、コロナ禍の収束後、顕著になってきた修学旅行を取り巻く環境の変化の影響が如実に表れてくるのではないかと思っています。
そこで、今回はとくに旅行費用の高騰にスポットを当てながら、学校側の工夫、現場が抱える苦悩をお伝えし、今後を展望してみたいと思います。
修学旅行費用の高騰と学校の工夫
とくに、旅行費用の高騰は、今、学校が修学旅行を計画・実施するにあたって最も悩ましい問題になっています。というのは、コロナ禍前から修学旅行にかかる総費用の4分の3は交通費と宿泊費に充てられ、修学旅行で最も大切なはずの体験活動に充てられるのは総費用の10%程度という状況がありましたが、さらに最近では、宿泊費と交通費(とくに貸切バスの料金)の値上がりが著しいため、これまでと同じ費用でこれまでと同じ旅行先で修学旅行を実施しようとすれば、それらが体験活動費を圧迫してしまい、結果として中身の乏しい修学旅行になってしまうからなのです。
図1:値上がりする国内修学旅行費用
学校のほうも、このような現状を踏まえ、いろいろと工夫して計画・実施している様子がうかがえます。たとえば、中学校などでは、初日の昼食を持参した弁当にする、昼食は班別行動の際に自費で摂る、貸切バスにはバスガイドをつけない、班別行動を増やして貸切バスや貸切タクシーは利用をしないなど、できるだけ旅行費用を節約して実施しようという事例が見られました。
しかし、昼食を班ごとに自由に摂ることにしても保護者の負担はあまり変わりませんし、旅行先でも生徒たちは慣れ親しんだファーストフードを食べるということが、これまでもよくありました。旅行先での「食」の体験からは、その土地の歴史や生活文化、地産地消の意義や第一次産業のあり方などについて学ぶことも多いはずです。そのような機会が失われてしまうのは、とてももったいないことではないでしょうか。
各自治体の修学旅行実施基準とは?
とはいえ、旅行費用の高騰に合わせて積立金の額を上げることは保護者の負担を重くすることになり、それは経済的な理由で修学旅行に参加できない生徒を増やすことにつながってしまいます。とくに公立学校では、この点を考慮しなければなりません。公立学校の修学旅行については、各自治体が「修学旅行実施基準」を定めていますが、そのなかで修学旅行費に上限を設けたり、あるいは「保護者の過重な負担ならないように」と明記したりしている自治体があるのはそのためでもあると考えられます。
「修学旅行実施基準」には、修学旅行の費用だけでなく、実施学年や実施時期、宿泊日数、旅行方面、引率者の数などが定められています。日本修学旅行協会では毎年度、すべての都道府県と20の政令都市の実施基準を調査し、公開しています。
図2:修学旅行費用の上限例
公立中学校の修学旅行費用上限の課題
では、自治体が定めている今年度の修学旅行費の例をみてみましょう。これによると、公立中学校の国内修学旅行の費用に関しては、いくつかの自治体が上限額を引き上げていることがわかります。ただ、この引き上げ幅で修学旅行費の高騰に対応できるかどうかというと、いささか心許ないのではないかと思います。
図2には出ていませんが、東京都の葛飾区や墨田区、荒川区はそれぞれ上限8万円、品川区は上限7万5000円、足立区は上限7万3520円と、区によって上限額は異なるものの、修学旅行費の無償化が打ち出されています。また、大阪府の豊中市でも無償化が決定されています。
しかし自治体任せでは、生徒が居住する地域によって保護者の負担に差が生じてしまいます。修学旅行は学習指導要領に教科と同列に位置づけられている特別活動の一つです。したがって、経済的な理由で修学旅行に参加できない生徒があってはならないと考えます。諸物価が高騰し保護者の様々な負担が増している現在、少なくとも義務教育課程の公立学校が実施する修学旅行については、国がその費用を負担すべきではないでしょうか。
海外修学旅行に関わる旅行費用上限は?
一方、公立高校の修学旅行費をみると、国内・海外ともに上限額を引き上げている自治体はほとんど見当たりません。旅行先や現地での活動内容、宿泊施設など、学校がもっと工夫して計画・実施せよということなのでしょうか。
それにしても、海外修学旅行の場合、渡航費や滞在費などへの円安の影響も大きく、学校の自助努力だけではどうにもならないことが多くあります。現に、公立高校の海外修学旅行の実施率の伸びは、私立学校に比べてかなり鈍くなっています。
図3:高校の海外修学旅行の実施状況
学校の教育目標に国際交流や異文化理解を掲げ、その目標に沿って海外修学旅行を予定していたにもかかわらずそれが実施できないとなれば、その学校に入学してきた生徒たちは貴重な体験と学びの機会を失うことになり、学校としても教育目標の達成に近づくことが難しくなってしまいます。
ある学校で、海外修学旅行費用が高騰したため保護者会で積立金の追加徴収を提案したところ、保護者からの反対はなかったという話を聞いています。その学校の教育目標や教育課程を十分に理解して生徒を入学させているのであれば、そのために多少負担が増えることもやむを得ないと考えている保護者が多いのかもしれません。
一覧表には表れていませんが、東京都では、2025度に海外で「探究フィールドワーク」を実施する都立高校・中等教育学校については、都の指定校(30校程度)になれば、現地でインタビューや調査の機会を設ける、国連大学の施設を活用した事前・事後研修を実施するなどいくつかの要件をクリアすることで、生徒一人当たり上限額2万円(税込み)が補助されることになりました。
また、2026年度以降に実施する海外修学旅行の費用については、これまでの「11万5千円(税抜)を上限とする」から「11万5千円(税抜)を標準額とする」に改められました。これによって「標準額を踏まえた生徒一人当たりの負担額」に関して、担当部署からの指導・助言はありますが、協議する余地が生まれ、海外修学旅行は計画・実施しやすくなるだろうと思います。
より困難な状況にある小規模校の修学旅行
これまで旅行費用の高騰について述べてきましたが、それに関わるもう一つの問題として、旅行会社が見積もり依頼や入札に応じてくれないという声が、多くの学校からあがってきています。とくに、島嶼や地方にある小規模な学校の修学旅行については、これまで引き受けていた旅行会社が撤退するなどして、修学旅行の実施そのものが難しい状況になっています。これに対しても、閑散期に複数の学校が合同で実施するといった工夫がなされていますが、そもそも教育課程はそれぞれの学校の教育目標に沿って編成されるものなので、修学旅行も旅行先や実施時期、活動内容などは学校ごとに異なっているはず。それを「合同」で実施することは容易なことではありません。
今、学校の先生たちの「働き方改革」が進められています。修学旅行は、先生たちにとって負担の大きい学校行事ですが、それでも、いろいろと工夫しながら困難な状況に対処し実施していこうというのが学校の基本的な姿勢です。一方、自治体や修学旅行の受入地・施設でも修学旅行の実施を助成する様々なしくみがつくられています。
修学旅行は、生徒にとって貴重な「学び」の場であり、新たな人間関係を築くきっかけを得る機会でもあります。また、修学旅行を通して生徒たちは旅することの楽しさを実感し、訪れた場所のファンにもなってくれます。
修学旅行を取り巻く現在の環境はたいへん厳しいものがありますが、学校と修学旅行に関わるすべての事業者がしっかりと連携してこの状況に対処するとともに、何よりも国や自治体が、生徒の成長にとって大切な教育活動である修学旅行の円滑な実施に向けて、効果的な対策を早急に打ち出すことを願わずにはいられません。