山形・鶴岡「食文化創造都市」はどう生まれた? ガストロノミーツーリズムを育てた料理人と地域の力【コラム】

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こんにちは。ガストロノミープロデューサーの柏原光太郎です。

私は、不便な場所にも人を呼び寄せる強力な引力を持つ天才・変革者の情熱を持つひとを“ヘンタイ”と呼んでいます。前回のコラムでは、北九州市戸畑区にある「照寿司」の例を挙げ、ひとりのヘンタイ(照寿司)が自治体を動かし、ガストロノミーツーリズムを構築しつつあることをお伝えしました。

私は、ヘンタイはひとりだけで存在するのではなく、周囲に生産者、物流関係者などガストロノミーに関係する多くの人々がいることによってできあがると思っています。私はそうした地域を「ローカルガストロノミー」と呼んでいます。今回は、山形県鶴岡市でひとりのヘンタイが周囲を動かし、自治体も関与し、理想的なガストロノミーツーリズムが生み出されている事例をご紹介します。

※写真:山形県鶴岡市のイタリア料理店「アル・ケッチァーノ」の外観

庄内の食材で「地場イタリアン」レストランが誕生

山形県鶴岡市に2000年に開店した「アル・ケッチァーノ」というイタリア料理店があります。オーナーシェフの奥田政行さんは、この鶴岡の出身です。高校までは「地方は退屈だ。何でも手に入る東京の方が素晴らしい」と思っていて、卒業と同時に上京しました。イタリア料理、フランス料理、フランス菓子、イタリアンジェラートを修業しました。一流シェフになる夢を叶えるためです。

ところが、いざ東京で修業を始めると、彼はある事実に気づいたのです。東京に集まる食材と、自分が18歳まで食べていた故郷の食材を比べると「庄内の野菜や食材のほうがものすごく質が高かった」と。

自分の故郷である庄内地方の食材に自信を持った奥田さんは、家庭の事情もあって鶴岡に帰郷し、ホテルや農家レストランなどで修業を再開します。そして、2000年に30歳で「アル・ケッチァーノ」を開業したのです。

鶴岡市にイタリア料理店を開くにあたり、彼は庄内の在来野菜や魚介などを使う「地場イタリアン」を打ち出しました。鶴岡は日本海に面し、出羽三山を擁する、海の幸、山の幸が豊富な地域です。なかでも、「だだちゃ豆」や「温海カブ」など、多くの在来作物が受け継がれています。しかも彼は、他店と差別化するために、アラカルトを100種類以上作ることにしました。アラカルトをたくさん作るということは、食材のロスが出る可能性が高く、そもそもお客さんが来るのかさえわからない状態ですから、相当な覚悟がないとできません。

それに加えて奥田シェフは開業資金が約150万円しかありませんでした。家賃の安かった居抜き物件を使って開業。皿は100円ショップ、壁の絵は画集を切り抜いて額に入れ、メニュー表を買うお金もなく黒板に書いていました。ワインも在庫を持てず、注文が入ると近所の酒屋が閉まる前に買いに走ったとも聞きます。客も当初は入らず、食材を買う資金にも困り、裏山で自ら野草を摘んだそうですが、それがいまのアル・ケッチァーノの料理の原型を作ったともいえます。

ところが、ある雑誌に取り上げられたことをきっかけに、多くのメディアにも次々と取り上げられるようになります。やがて、連日予約で満席となり、食材が足りなくなるほどの盛況になったのです。

アル・ケッチァーノと奥田シェフが注目を集めるようになると、奥田さんと同じようにいったんは故郷を離れた若い生産者やシェフが、鶴岡へ戻って来るという動きも生まれるようになりました。食材が豊富な鶴岡市も注目を浴びるようになりました。鶴岡市や山形県は、こうした民間の動きに呼応するように「食で鶴岡をもっと盛り上げていこう」と食文化を生かした地域づくりを考え始めたのです。

地域の野菜をたっぷり使ったメニュー(筆者撮影)

「食文化創造都市」を機に、食を目的に「鶴岡に行く」

そのなかで鶴岡市が目指したのがユネスコ創造都市ネットワークの食文化分野への加盟でした。これはユネスコ(国際連合教育科学文化機関)が2004年に創設した「創造都市ネットワーク」の一分野で、地域の文化的多様性を保護し、創造的産業の振興や持続可能な発展に貢献することを目的としています。現在、加盟都市は、文学、映画、音楽、クラフト&フォークアート、デザイン、メディアアート、建築など8分野のうち1分野で加盟します。いわば、鶴岡はそのなかの食文化分野で「食を都市の文化・産業・観光・まちづくりの中心に据えている都市」になろうということです。

鶴岡では、奥田シェフが料理を通じて地元食材や在来作物の価値を発信する一方、山形大学などによる在来作物の研究も進められ、食材や食文化を“地域資源”として可視化する取り組みが積み重ねられていきました。こうした活動を基盤に、鶴岡市は見事、2014年に日本で初めて「食文化創造都市」に認定されることに成功したのです。

鶴岡市は、それまでも、羽黒山・月山・湯殿山への信仰・巡礼の旅の拠点、そして湯野浜温泉、あつみ温泉などの温泉を抱える観光地として知られていました。そこに2014年のユネスコ食文化創造都市への認定を機に「庄内の食文化そのものを目的に鶴岡へ行く」場所になりました。新たな観光の軸が加わり、食そのものを旅の目的とするガストロノミーツーリズムが地域全体へと広がっていったのです。

「ヘンタイ」の登場で、若手生産者に広がる新たな動き

さらに、奥田さんという「ヘンタイ」を得ることで、鶴岡の若い生産者や料理人は新たなムーブメントを打ち出しています。

たとえば、庄内では生産者や製粉業者、飲食店などが連携し、庄内産小麦の生産・利用を広げる取り組みも進んでいます。鶴岡がある庄内地方はラーメンも有名なのですが、ラーメンとイタリアンの共通点である小麦粉は、それまで庄内では十分に作られていませんでした。

せっかくなら庄内の小麦粉を使ってイタリアンやラーメンを作ろうと、数年前から生産に取り組むようになったのです。現在では、庄内産小麦粉を使ったパスタなどの商品が生まれています。このように「ガストロノミー」の名のもとに多くの関係者が連帯し、鶴岡市はガストロノミーの聖地となっているのです。

店を開いた当初、奥田シェフは「鶴岡の食料自給率は138%。こんなに豊かな地方はなく、ここに食べるために人が来てくれる時代が必ず来る」と考えていましたが、それがいま実現しているわけです。

柏原光太郎(かしわばら こうたろう)

柏原光太郎(かしわばら こうたろう)

1963年生まれ。ガストロノミープロデューサー。慶應義塾大学卒業後、文藝春秋入社。現在は、Kassie&Co.株式会社代表取締役、北九州市参与(食の魅力戦略担当)、「食の熱中小学校」校長、「日本ガストロノミー協会」会長、「Luxury Japan Award」選考委員など。著書に『ニッポン美食立国論』『東京いい店はやる店』『世界の富裕層は日本で何を食べているのか?』がある。

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