デスティネーションレストランとは? 強烈なこだわりを持つ一軒の店がもたらすガストロノミーツーリズムの波及効果【コラム】

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こんにちは。ガストロノミープロデューサーの柏原光太郎です。

前回のコラムでは、いま、ガストロノミーツーリズムが注目を浴びている理由を3つに分けて解説しました。では、一番有効なガストロノミーツーリズムの実現方法は何か。私は、不便な場所であっても食べに行こうと思える「デスティネーションレストラン」の存在が最も重要だと思っています。

本稿では、その象徴的な事例として、富山県南砺市のオーベルジュ「Levo(レヴォ)」を取り上げ、デスティネーションレストランが地域経済や観光にどのような波及効果を生み出しているのかを考えてみたいと思います。

※写真:レヴォで提供される料理の一例(筆者撮影)

ガストロノミーツーリズムが注目される理由

まず、なぜ今ガストロノミーが注目を集めているのか、その背景と、「デスティネーションレストラン」が果たす役割について整理してみます。

ガストロノミーツーリズムが注目される理由は、この30年で日本が貧しくなったこと、なかでも地方は人口流出と少子高齢化が恐ろしい勢いで進み、回復の余地がなくなっていることが背景にあります。

一方、2025年に訪日外国人数は約4200万人に達し、その多くは美味しい食事、特に地方の美味を楽しみに日本を訪れています。というのも、新富裕層と呼ばれる若手たちは、これまでたくさんの人々が訪れた東京や京都の三つ星レストランよりも、まだ知られていない美味に興味を持っているからです。それは地方にこそ、残されています。

それとは別に、近年、日本各地に、わざわざその土地に行くために旅をする価値あるレストラン「デスティネーションレストラン」が増えています。東京は世界の一流食材が集まる都市ですが、輸送時間の制約から鮮度では地方に優位性がありますし、だれがどのように育て、扱われた食材なのか見えにくい側面もあります。しかし、地方には「朝獲れ」の食材や、東京に流通しない希少な魚・野菜があり、なによりも生産者が誰でどのように育てたのかがわかる食材ばかりです。こうした食材を活用しようという志向を持つシェフは以前から一定数は存在していましたが、これまで経済的に成立しにくい側面がありました。

しかし、現在ではインターネットの発達によって世界中のフーディーが瞬時に情報を入手・共有できるようになり、その結果、だれでもアクセスできる東京のレストランより、「そこに行かなければ味わえない」という地方のレストランの希少価値に世界中のフーディー(美食家)が気づいたわけです。

地方はインバウンド富裕層に来てもらい、お金を落としてほしい。インバウンドは、まだ知られていない地方の美味を探したい。そして、地方の尖った食材でわざわざ食べに来てもらうレストランを作るシェフ達がいる。この3つの要素が合致したのが「ガストロノミーツーリズム」なのです。観光庁も外国人旅行者からの需要が高いガストロノミーツーリズムに注目し、2023年からインバウンドの地方誘客を促進する取組を推進しています。

また、日本政府観光局(JNTO)は、2026年3月に閣議決定された「第5次観光立国推進基本計画(2026年度~2030年度)」で掲げられた政府目標の達成に向けて、新たな「訪日マーケティング戦略」を策定しましたが、その中での重点テーマに「ガストロノミーツーリズム」を加えました。これほどまでに、現在、ガストロノミーツーリズムは注目を浴びているのです。

ここでしか食べられない料理を求めて、世界中からフーディーが

富山県の山奥、富山駅から車でしか行けず、しかも1時間半以上かかる場所に「Levo(レヴォ)」があります。フランス料理レストランを中心に、3室の宿泊施設やサウナなどをそなえたオーベルジュですが、レヴォのある利賀村(現在の南砺市利賀村)の人口は、わずか約400人。観光資源など、なにもない地域です。ところが、ここに年間8000人の客が訪れ、そのうち1000人は外国人なのです。もちろん、彼らが利賀村に来るのはレヴォで食事をすることだけが目的です。

レヴォのシェフ・谷口英司さんは大阪出身。20代でフランスの三つ星レストランで修業を積み、帰国後の2010年に富山市内の高級リゾートホテルのフランス料理の料理長を任されました。富山に赴任した当初は「なんでこんな田舎に」という思いもあったそうです。

「自分がフランスなどで身につけたテクニックや知識を使えば、いいレストランが作れるものだと思い込んでいました」と、当時の思いを、インタビューで話しています。

ところが富山の自然や食文化に接するうちに、彼の意識は変わりました。シェフが富山に来たころは、地方はまだ注目されておらず、秋田「きりたんぽ」や香川「うどん」のような名物・郷土料理が知られている程度でした。しかし、富山に根ざして料理をするなかで、地方の食の豊かさを実感するようになったのです。そして、富山でしか作れない食材を使った料理を提供したいと思うようになり、富山の歴史、食文化をより深く勉強し、器にも富山の作家のものを使うようになったといいます。

2017年ころに利賀村の人々に出会ったことで、その思いはさらに強くなりました。この地域では、採れたての山菜をすぐに干したり、塩漬けにしたりします。シェフは最初のころ「採れたてなら、すぐ天ぷらにしたほうがおいしいのに」と思っていたそうですが、豪雪地帯で冬には道路が閉ざされるこの場所では保存食が必要なのです。これこそ、テロワール(その土地でしか出せない味わい)を学ぶことだと私も思います。

こうした地方料理を知ってから、谷口シェフの料理は劇的に変化しました。そして、ここでしか食べられない料理を求めて、富山県内だけでなく、東京や大阪など県外から多くのフーディーが訪れるようになったのです。

しかし、「せっかくならもっと自分の思う通りの料理が作りたい」、なかでも山の食材を使いたいと考えたシェフはホテルの料理長の職を辞し、2020年12月に新生レヴォを構えました。オーベルジュ文化を日本に根付かせたいと思ったからです。

レヴォで提供される朝ごはん(一例)

日本一借金を背負っている料理人

レヴォは、約7500平米の敷地にレストラン棟、コテージ、サウナ棟、パン小屋など6棟を備えたオーベルジュです。これだけの規模の施設を作るためには、数年前から準備が必要です。地元の金融機関や自治体と交渉し、約6億円を調達。オープンしたのは結果的に、コロナ禍の真っ只中でした。シェフはいまでも「自分は日本一借金を背負っている料理人」と言っているほどです。

過疎地に大規模なオーベルジュを作るというのは、相当の覚悟が必要です。それでも、料理人としての理想を掲げ、彼は行動に移したのです。

彼が提供する地元ならではの料理。たとえば、地元の山でとれた熊肉とシェフ自らが採集した山菜を使った料理や、地元の契約農家に特注したひな鳥を使った一品など、究極のガストロノミーを味わえるコース料理が評判となっていきました。そうなると、不便な立地は逆に、そこに訪れる楽しさとなり、人が人を呼ぶようになるのです。

最近の若い富裕層たちはキラキラ輝くゴージャスなものには価値を認めず、まだ人が知らないことをいち早く知ったり、体験することに価値を認めるといいます。レヴォはそういった価値観の人々に見事にマッチしたわけです。

今やレヴォは年間約8000人、しかも海外の富裕層だけで年間1000人が訪れるほどの世界的名店になりました。私が企画から関係し、スタジオで解説もおこなったNHK「クローズアップ現代」のガストロノミーツーリズム特集では、レヴォを訪れる世界の富裕層が、次のように語りました。

「地元の食材を地元の人が食べているように食べたい。食事は文化の一部。その土地の人々を理解する手段です。私にとってレストランは、その国の博物館に行くのと同じです」

ある意味、海外からはるばる訪れる富裕層にとって、不便さは楽しさでもあります。彼らは、ガストロノミーツーリズムを心から楽しんでいるのです。

レヴォの一室。コテージ内の客室

レヴォを起点として地域が豊かに

レヴォがさまざまなデスティネーションレストランのなかでも素晴らしいと思えるのは、「自分の店だけが繁盛して終わり」ではないところです。しかも、世界的な規模でそれをやってのけます。

たとえば、レヴォと鶏肉の取引しているある生産者は、取引をするようになってから、売上が4倍になったそうです。それは、レヴォのシグニチャーディッシュである、ひな鶏料理「レヴォ鶏」を食べた客が、「この生産者が作るほかのものも食べてみたい」とシェフに生産者を紹介してもらい、訪ねて行ったところから始まりました。

生産者は鶏肉はもちろんのこと、米栽培も営んでいました。それを食べて感動したこの客によって、その米が今やアメリカの高級寿司店で使われるようになりました。

また、レヴォで使われている器や食用花、絹と和紙によるメニュー表などを作る企業も、レヴォを介して世界中で新たなビジネスチャンスを獲得しています。特に、食用花を提供する花農家は、取引件数が20倍に急拡大し、新たにスタッフ5人を雇うほどになったそうです。レヴォは、地域の雇用にまで影響を与えているのです。

名物ひな鶏の「レヴォ鶏」

もっと単純に考えても、レヴォという一軒のレストランがあることで、地域にはプラスの影響が生まれます。レヴォを第一目的としてたずねた客も、せっかく富山まで行ったなら、周辺の美味をたずねたいと思うでしょう。富山市岩瀬地区には数多くのミシュランの星つきレストランが立ち並んでいますし、冬なら氷見のブリ、春なら滑川のホタルイカも美味しいでしょう。金沢へ寿司を食べに行く人々もいるでしょうし、能登まで足を延ばすかもしれません。さらにいえば冬の季節なら福井まで越前ガニと温泉を求めに行く客もいることでしょう。

このように、レヴォが一軒あることで、地域経済が活性化し、雇用を創出し、さらには「よいものを作れば、それをきちんと評価してくれる人がいる」という自信を地元の方々にもたらしているのです。

これだけのことをたった一人で巻き起こした谷口シェフは、本当に素晴らしいと思います。こうした例が日本各地に起こると、地方に人を呼び寄せる起爆剤になると思うのです。私は、こうした不便な場所にも人を呼び寄せる強力な引力を持つ天才・·変革者の情熱を持つひとを“ヘンタイ”と呼んでいます。

ただ、「こんな突き抜けた人はそうそういない」と思われるかたもいるかもしれません。しかし、日本を訪ね歩くと、面白い“ヘンタイ”と呼ぶにふさわしい食関係者はたくさんいます。しかも、それはシェフだけではないのです。

柏原光太郎(かしわばら こうたろう)

柏原光太郎(かしわばら こうたろう)

1963年生まれ。ガストロノミープロデューサー。慶應義塾大学卒業後、文藝春秋入社。現在は、Kassie&Co.株式会社代表取締役、北九州市参与(食の魅力戦略担当)、「食の熱中小学校」校長、「日本ガストロノミー協会」会長、「Luxury Japan Award」選考委員など。著書に『ニッポン美食立国論』『東京いい店はやる店』『世界の富裕層は日本で何を食べているのか?』がある。

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