4000万人時代を迎えた訪日インバウンド。その約7割は依然として三大都市圏に集中しているが、約9割の訪日客は地方への訪問意欲がある。「地方に行きたい」外国人、とりわけ“シン富裕層(新富裕層)”を地方に呼び込む切り札となるのが「ガストロノミーツーリズム」だ。
そこでトラベルボイスでは、ガストロノミープロデューサーの柏原光太郎氏を講師に招き、ウェビナー「トラベルボイスLIVE」を開催。国内外の「地域の食×観光」の現場を知る柏原氏は、ガストロノミーこそ、シン富裕層の訪日目的に最も合致する「一番素直なツーリズムのあり方」と話す。彼らに来てほしい地域がとるべき方策とは? 地方の先進事例や具体的な戦略が語られた講演をレポートする。
世界の富裕層を引き付ける「ガストロノミーツーリズム」とは?
ガストロノミーツーリズムとは何か?
柏原氏はガストロノミーを「美食と言われがちだが、さらに幅が広い。私は文化的な意味合いで考えている」と説明した。観光庁ではガストロノミーツーリズムを「その土地の気候風土が生んだ食材、習慣、伝統、歴史などによって育まれた食を楽しみ、食文化に触れることを目的にしたツーリズム」と定義しており、柏原氏の考えに近いという。
ではなぜ、多様な観光形態のなかで「ガストロノミーツーリズム」が注目されているのか。柏原氏は2つの観点を提示した。
1つは、各種調査で日本は、世界の旅行好きが行きたいデスティネーションのトップ3であり、その動機は「食事が美味しい」「美味しいものを食べたい」だ。特に、若い世代の起業家・投資家といった“シン富裕層”の観光の関心事も「美味しいもの」「食」となっている。以前の旅行スタイルは「名所旧跡やスキー、海水浴などが旅の目的であり、食事はついでの楽しみ」であったが、「今や主従が逆転した」と柏原氏は指摘した。
しかも、シン富裕層は豪華な旅行にはあまり興味がなく、ある調査では「まだあまり知られていない場所を、人気が出る前に見つけ出すことに価値を感じている」との回答が68%あった。彼らは、食事も「著名な2ツ星・3ツ星レストランは、すでに多数が訪れており、今さらその追体験をしても意味がない」と考える。柏原氏は「まだあまり知られていない場所は、(訪日客が集中する)東京や京都、大阪にはない。そういう意味では、地方が彼らの目的に一番合致している」と指摘した。
もう1つの観点は、日本各地に地域の食文化を担う人たちが集積する地域「ローカルガストロノミー」が増えていること。地域のシェフやレストラン、さらには生産者や物流の担い手などが主役となり、そこから新しい食文化が生まれている。柏原氏は「そういう地域が増えているので、そこを訪ねる。わざわざ訪れるのにふさわしい『デスティネーションレストラン』が、日本中で増えてきている」と解説した。
ガストロノミーツーリズムの核となるデスティネーションレストランとローカルガストロノミー
“圧倒的ヘンタイ”が辺境を聖地にする
では、ガストロノミーツーリズムでどのように、地域に訪日客に来てもらえばよいのか?柏原氏が提案するのは「“ヘンタイ”を見つけて育てる」こと。「1人の天才·変革者の情熱が、不便な場所にも人を呼び寄せる強力な引力となる」とし、地域の事例を紹介した。
その1つが、富山県南砺市利賀村にあるオーベルジュ「L'évo(レヴォ)」だ。人口400人ほどのこの村には著名な観光地はないが、同オーベルジュには年間8000人が来館する。うち、1000人は訪日客だ。そして、彼らが地域に多大な経済効果をもたらしている。
例えば、レヴォでは食材のみならず、什器や備品の多くに富山産のものを使用。それらを気に入ったシン富裕層は、生産者を訪ねて購入することも多い。今では、レヴォで使用する食材や皿・器類が世界中に輸出され、同店で提供する生産者の米を使った寿司屋が米国で開店している。さらに、レヴォの周辺にも足を延ばし、冬なら氷見のブリ、金沢の寿司、福井の越前ガニへと周遊する。
「売り上げが5倍、10倍になった生産者が何人もいる。1人の“ヘンタイ”が作ったレストランがあることによって、地域は変わっていく。それぐらいガストロノミーの力は強い」と柏原氏は強調した。
また、1人の情熱ある変革者の存在がガストロノミーツーリズムを成立させた、2つの地域の例も紹介した。
山形県の鶴岡市では、地域の食材の豊かさを知らしめて人を呼び寄せたいというイタリアンレストラン「アル・ケッチァーノ」の奥田シェフの志に呼応し、若手の生産者や料理人が集まり、ローカルガストロノミーになった。
ガストロノミープロデューサーの柏原光太郎氏さらに注目すべきは、そこに行政も連動したこと。「鶴岡はガストロノミーで変えられるかもしれない」と、奥田シェフと議論し、まだ日本では認定のなかったユネスコの食文化創造都市(地域の食文化を核とした持続可能な発展を目指す都市)への認定を目指した。そして、2014年に認定。訪日客の訪問がまだ少ない東北の中で、鶴岡市は大都市ではないにも関わらず、多くの訪日インバウンドが訪れるようになり「ローカルガストロノミー、ガストロノミーツーリズムに成功した街になった」という。
さらに、ローカルガストロノミーの担い手は、著名なシェフに限らない。静岡県の焼津市では、鮮度と美味しさに定評のある鮮魚店「サスエ前田魚店」が、長崎県の雲仙市では在来種の野菜生産をする岩崎さんという農家が、料理人や生産者、フーディー(食通)に注目され、ローカルガストロノミーを形成。「それぐらい美味しいものは力を持つ。ローカルガストロノミーを中心に、ガストロノミーツーリズムができる」と柏原氏は説明した。
行政主導の成功例、“えこひいき”も重要に
ガストロノミーの力に注目し、いまや行政が主導してガストロノミーツーリズムに取り組む例も増えている。
成功例の1つが、新潟県の「新潟ガストロノミーアワード」だ。県内の100の美味しい店を探し、さらに優れた店を個別に選定している。柏原氏は「これはすごいこと。行政は特定の対象を選び出すことを避ける傾向があるが、新潟県は断行した」と、その先進性を強調した。
なぜ、新潟県はそれができたのか。それは、外部視点の選考で得られる利点を重視したからだ。同アワードの実行委員会の委員長は、東京から南魚沼に移住して料理旅館「里山十帖」を立ち上げた経営者に委託。選考委員もすべて東京在住者にした。
利点は2つ。1つは、地元の“当たり前”を、外の目で魅力として再発見できること。もう1つは、地域社会の推薦から漏れがちな名店を発掘できることだ。地方では、特異な存在が敬遠されがちだが、そうした店こそが突き抜けた情熱を持つ“ヘンタイ”である場合が多い。「行政が“えこひいき”を断行したことで、食がガストロノミーとなり、ツーリズムの根幹になる良い循環が生まれた」と評価する。
各地で行政主導の様々なプロジェクトが始まっている。富山県や北九州市の例も紹介された
ガストロノミーツーリズムの作り方
講演の最後に、柏原氏は地域のガストロノミーツーリズムへの取り組みのヒントを提示した。
“美食の目的地”になるために、今、始めるべきポイントは3つある。「圧倒的な“ヘンタイ”(核となる人材)の発掘と支援」「官民連携のプラットフォームの設立」「戦略的情報発信(フラットではなく“えこひいき”)」だ。特に2つ目の官民連携のプラットフォームでは、地域を訪れるための2次交通や外国人の視点に沿った宿泊施設の整備の不足を指摘し、組織の集団知で解決していくことを提案した。
また、柏原氏は自身がガストロノミーツーリズムを促進すると仮定した場合のアイデアを、佐賀県を例に提示した。同県には、温泉や自然、有田焼や唐津焼、海や里山のおいしい食材や食文化など、すべての要素がある。柏原氏は、東京の有名店で学んだ主人が唐津で江戸前寿司を広めた「鮨処 つく田」などを例に挙げて、広域のガストロノミーツーリズムの形成を夢みているという。
「福岡空港を起点に佐賀に行く。そこから長崎に行くような広域ルートも考えたらどうか。福岡にあるデスティネーションレストランで都市の洗練を体験し、そこから福岡や佐賀の自然と文化の深部に触れて、他の地域へ広げていく。離島に行ってもいい。そんなガストロノミーツーリズムも考えられるのではないか」。
柏原氏がアイデアとして披露した、佐賀県でのガストロノミーツーリズムの可能性柏原氏は、さらに「九州全土を使う」という考えも披露。城や焼酎、牛肉、魚など、多様な食文化や歴史、温泉、アジアへ近い地理的優位性を加味し「オール九州ガストロノミーコンソーシアム」のようなものを作ることで、九州全土を盛り立てることも可能だと考える。そして「各地域や地方が、このようなことを考えることが必要ではないか」と話した。
Q&Aのセッションでは、進行役を務めたトラベルボイス代表の鶴本浩司が「多くの人が関心があるのではないか」として、視聴者からの質問「訪日客の富裕層が日本に求めている食はどのようなものか。日本人と外国人では口にあうものが違う気がする」をピックアップした。
これに、柏原氏は「外国人の口にあうものを考える必要はない。外国人のフーディーの関心は、その地域・風土にあった食。日本の地方の食材、料理とその文化背景を知ることで喜ぶ」と説明。「それを伝えるストーリーのほうが大切」と話した。
トラベルボイス代表取締役社長の鶴本浩司



