SNSのミーム動画は旅のきっかけになるのか? バリ島の伝統継承と再生型ツーリズムを考察【コラム】

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Denny Aulia / Shutterstock.com

国学院大学観光まちづくり学部の井門(いかど)です。

私はいま、約1万7000の島々に1300以上の民族が暮らす、人口約2億8000万人を超える国、インドネシアに注目しています。ひとつは、春先からSNSで話題となっているサカナクションの楽曲「夜の踊り子」に合わせたミーム動画の舞台が、インドネシアの伝統行事だったこと。加えて、外来の宗教や習慣、文化に寛容でありながら、自らの信念や伝統を大切に守り続ける社会には、観光先進国として学ぶべき点が数多くあるからです。

実はこの夏は、観光人類学のフィールドとしても古くから知られるバリ島を、学生たちと訪ねます。今回のコラムでは、日本の観光の未来を考えるうえで、インドネシアのどのような点が参考になるのか、ご紹介したいと思います。

拡散されている動画の舞台

40~60人の漕ぎ手が、森から切り出した大木で造られたボートを操り速さを競う、インドネシア・リアウ州の伝統的なボートレース「パチュ・ジャルール(Pacu Jalur)」。この映像が2024年頃から世界中で拡散されています。インドネシアの無形文化遺産にも登録されている伝統行事ですが、注目を集めたのは競技そのものよりも、舳先に立って漕ぎ手を鼓舞する少年の躍動的な動きでした。世界各国の楽曲を組み合わせた動画が次々と投稿され、日本でも真似して踊る人が続出しました。

学生たちも誰もがこの動画を知っていました。しかし、それがインドネシアの伝統行事であることを知る学生はほとんどいませんでした。

「なぜ日本人は旅に出ないのか」と問われるなら、これもひとつの理由なのかもしれません。同じ動画を共有、同調することには価値を感じても、その舞台や背景までは関心が広がりにくいのです。情報との接点は増えても、その土地への興味にまで結び付かないのかもしれません。

一方で、世界各地では、この動画をきっかけにインドネシアへ足を運ぶ人も増えました。パチュ・ジャルールは2025年には前年より約10万人多い観客を集めたといわれています。日本でも広く知られるようになった2026年は、どのような盛り上がりを見せるのでしょうか。

バリ島にみる文化のインボリューション

さて、この夏訪れるバリ島では、伝統文化、とりわけ舞踊や音楽などの芸能が、観光の発展とともに保存されてきたことは読者のみなさんであればご存知でしょう。アメリカの人類学者フィリップ・マッキーンは、この現象を「文化のインボリューション(内向きの発展)」として論じています。

20世紀前半、バリ島は「神々の楽園」として世界に紹介され、祭礼や祈りも観光の対象となりました。神に祈るという宗教的文脈を離れ、観光客のまなざしにさらされる場面も生まれました。そうした状況の中で、伝統文化の「聖」と「俗」を意識的に切り分けることで、その本質を守りながら継承されてきたのです。

外資が投資を重ね、フロンティアを開拓して「俗」の切り売りをしていく、植民地的な「外向きの発展」に向かう場面もありましたが、バリ島では、文化のインボリューションにより「聖」なる文化が守られています。

このインボリューションという概念は、もともと文化人類学者クリフォード・ギアツが、オランダ植民地時代のジャワ農業を分析する中で用いた言葉です。当時の農民は耕地を広げられない状況下で、灌漑技術の工夫や輪作などによって土地当たりの生産性を高めようとしました。外圧や環境変化に適応しながら、内向きに仕組みを極めることで発展する。その姿勢は、インドネシアの伝統文化にも通じています。

そうした歴史を経て、神・人・自然の調和を重視する「トリ・ヒタ・カラナ」の思想と、それを体現するスバック灌漑システムによる棚田景観は、「バリ州の文化的景観」として世界文化遺産に登録されました。

パチュ・ジャルールで舳先に立つ少年の動きも、私たちが真似するダンスというより、川の精霊との対話や祈りを体現する所作なのかもしれません。

近年、このインボリューション的な発想は、私たちの社会にも見られます。グローバル経済の影響による実質賃金の低下や売上の伸び悩み、タイパやコスパを追求し、限られた資源で生産性を高めようとする動きは、その一例といえるでしょう。

コミュニティを支えるトランスローカリティ

インボリューションの先進地ともいえるバリ島では、どのような新しい動きが生まれているのでしょうか。日本に応用できる要素はあるでしょうか。私も実際に現地でリサーチしてきたいと思います。

特に注目しているのが「トランスローカリティ」という概念です。社会学や人類学で議論されている考え方で、人の移動をホームとアウェイの二項対立で捉えるのではなく、複数の地域への帰属意識を育み、異なるコミュニティ同士の心理的・社会的距離を縮めていくというものです。どこに所属するかではなく、どのように所属するか。移住や地域との関わりを観光の文脈で考えるうえでも、今後重要性を増すキーワードだと考えています。

バリ島では世界中から人々が訪れ、移住し、地域コミュニティとともに新しい価値を生み出しています。たとえば、環境教育で世界的に知られるインターナショナルスクール「Green School」や、伝統医療やウェルネスを取り入れた滞在プログラムなどは、その代表例でしょう。

観光を単なるレジャーとして捉える限り、需要は一時的・集中的となり、オーバーツーリズムを招きかねません。しかし、移住者が地域に根づき、新たな価値創造に参加することで、観光は量から質へと転換していきます。

リジェネラティブ・ツーリズムの先駆者

バリ島・ウブドでリジェネラティブ・ツーリズムを実践する「アストゥンカラウェイ(Astungkara Way)」も、その好例です。有機農場を拠点に、観光と農業の価値創造を目指すコミュニティで、ウブドで一世を風靡したコワーキングスペース「HUBUD」と同様、Green School出身の人々によって運営されています。

観光客の少ない集落を巡る「Astungkara Trail」では、地域住民とともに森で食材を採取し、農場ではコーヒー、果樹、根菜類を混植することで土壌の再生を目指しています。

こうした観光と農業の再生を目指す取り組みも、現代におけるインボリューションといえるでしょう。そして、それを支えているのが移住者の知恵とインドネシア社会の寛容さであり、その両者を結び付けるのがトランスローカリティという考え方です。

日本でも、里山で山菜やキノコを採り、小規模な有機農業を営む地域は少なくありません。しかし、観光収入を地域へ還元し、伝統文化や一次産業の保全・再生へつなげる仕組みは、まだ十分とはいえません。また、その担い手として移住者を地域コミュニティの一員として受け入れ、帰属意識を育むことも重要になるでしょう。

こうした役割を観光セクターが担い、新たな地域価値を創造していくインボリューションが求められているのです。

そのヒントを得るためにも、海外を見て、知ることは大きな意味があります。みなさんもこの夏は、パチュ・ジャルールをきっかけに、インドネシアを訪れるとともに、足元の日本の観光の未来へも思いをめぐらせてみてはいかがでしょうか。

9世紀に造られたバリ島の水の寺院ティルタ・エンプル寺院では、多くのヒンドゥー教徒や訪問者が沐浴している。寺院は世界文化遺産「バリ州の文化的景観:バリ・ヒンドゥー哲学トリ・ヒタ・カラナを表す水利システム『スバック』」のひとつ(筆者撮影)

井門隆夫(いかど たかお)

井門隆夫(いかど たかお)

国学院大学観光まちづくり学部教授。旅行業、シンクタンクで25年勤務し、関西国際大学、高崎経済大学を経て2022年から現職。専門分野は宿泊産業論、観光マーケティング。文教大学や立教大学を含め、20期以上のゼミ生を各地でのインターンシップや国内外でのフィールドワークで育成。観光を通じて社会変革をもたらすことが目標。

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