こんにちは、国学院大学観光まちづくり学部の井門(いかど)です。旅館・ホテル業界の人手不足が、少しずつ落ち着きを見せています。
帝国データバンクが定期的に実施している「人手不足に対する企業の動向調査」によると、2026年4月時点で、旅館・ホテル業界において非正社員の人手不足を感じている企業の割合は38.5%でした。前年同月の51.8%から劇的に低下しています。正社員についても、すでに全業種平均を下回っており、人手不足感は緩和されつつあるといえます。
2023年1月には、約8割の旅館・ホテルが正社員・非正社員ともに不足を訴えていましたが、その後は3年にわたり減少傾向が続いています。外国人雇用の増加に加え、DXの進展やスポットワークの普及による生産性向上が理由として挙げられています。単に採用人数が増えたという量の解決だけではなく、限られた人数で現場を回すオペレーションが定着してきたという質の変化の表れとも解釈できます。
では、その立役者のひとつであるスポットワークは、今後も宿泊業を支える働き方になっていくのでしょうか。今回は、その先にある地域戦略の組み立て方について考えていきたいと思います。
制度改正が後押しするスポットワーク
スポットワークが注目されている背景のひとつが、年金制度改正です。2026年秋には、パートタイマーの社会保険加入要件である「106万円の壁」が撤廃されます。これにより、報酬面で社会保険加入への心理的なハードルは下がり、社会保険を気にせずに、もっと稼ぎたいと考えるパートタイマーが増えるでしょう。ただし、「週20時間未満」という条件は残ります。
つまり、非正規雇用においてスポットワークは、「週20時間を超えない範囲で、すき間時間を活用して収入を増やせる働き方」として、今後さらに広がる可能性があります。また、スポットワーク事業者と連携する自治体も増えており、その流れは地方にも広がっています。繁忙期の人手不足に悩む旅館・ホテルにとっては、まさに渡りに船でしょう。
ただし、スポットワークへの依存が常態化すると、別の課題も生まれます。地域の宿泊業にとって、本来は平準化すべき季節変動や曜日変動が固定化されるおそれがあるからです。短期的には労働生産性が向上しても、スポットワーカーが集まる時期に合わせて繁閑が固定されてしまえば、経営体質そのものは変わりません。
「人手を埋める」から「稼働を高める」へ
労働生産性は、以下の数式で表されます。
労働生産性 = 資本生産性 × 資本装備率
- 資本生産性:どれだけ効率よく付加価値を生み出せているか(スポットワーク活用など)
- 資本装備率:どれだけ設備投資が進んでいるか(DX、改装、新業態への転換など)
宿泊業では近年、スポットワーカーの活用などによって人員配置の無駄を減らし、資本生産性は向上しています。一方で、設備投資を示す資本装備率は、中小宿泊業では20年間ほとんど伸びていません。人手以上に固定資産が減っているためです。
つまり、現在の宿泊業は、「少ない人手を効率的に回している」状態ではあっても、「将来に向けた投資が進んでいる」状態とは言い切れません。今後、さらに労働生産性を高めるには、DXだけでなく、客室稼働率や単価を高めるための、攻めの投資が必要です。たとえば、泊食分離を進めた素泊まり型への転換、料理を目的に平日需要をつくるオーベルジュ型、ひとり旅需要の開拓、インバウンド強化など、戦略はさまざまです。
これらに共通するのは、「商圏を広げ、需要を平準化する」という視点です。稼働が安定すれば、スポットワーカー頼みではなく、正社員雇用の安定にもつながっていきます。
しかし、現状は、スポットワーカーによって当面の人手不足を補えるようになった安心感から、その先の戦略づくりが止まってしまっている面はないでしょうか。
「地元の力」と「旅する労働力」の両輪で
統計上、飲食業は労働集約型産業ですが、宿泊業は本来、客室という設備を活用して収益を上げる資本集約型産業です。つまり、旅館・ホテルは客室稼働率を高めてこそ強みを発揮する産業だといえます。
もし、季節変動や曜日変動が固定化されたままになると、資本生産性は上がっても資本装備率は高まらず、結果として「人手依存型」の経営から抜け出せません。人口減少が進む地方では、少しずつ経営への重い負担になっていくおそれがあります。
すなわち、労働力確保が見えてきたのであれば、新しい需要につながる投資を考えていくべきです。
現在のスポットワーカーの多くは、地域に眠っていた潜在労働力の掘り起こしによって生まれています。「短時間なら働ける」「近所で少しだけ稼ぎたい」といったニーズを拾い上げた、いわば「地元の力」です。地域の所得向上にもつながるため、自治体の期待も大きいと思います。
一方で、今後は地元の力に加えて、「旅する労働力」をどう生み出すかも重要になってきます。地域外から人が訪れ、働き、地域と関わる流れをつくっていく動きです。
旅人は「遊ぶ広報」、移住のきっかけにも
そのヒントになるのが、島根県大田市の石見銀山世界遺産地区に本社を置く石見銀山地域経営研究所が実践する「遊ぶ広報」です。
この仕組みでは、旅人は14日間地域に滞在し、1日だけガイド付きツアーに参加します。それ以外は自由に過ごしながら、地域での暮らしや体験をSNSで発信していきます。滞在費補助として7万円が支給される点も特徴です。
「過疎」や「関係人口」という言葉が生まれた島根県をはじめ、全国の過疎地域で実践されるようになりました。地域との深いつながりを生む新しい広報の形としても注目されています。
参加者は、単なる観光客では終わりません。祭りや地域のアクティビティに参加しながら、少しずつ地域の日常に溶け込んでいきます。こうした関係人口の積み重ねが、将来的にはスポットワーカーだけではなく、二地域居住、さらには移住へとつながっていくこともあるでしょう。
実際、「遊ぶ広報」を実践している地域には、都市部からの移住者が多い傾向も見られます。「遊ぶ広報」が人のつながりを生み、次は「旅する労働力」となる。さらに、労働力の増加が需要の平準化を目指す投資のきっかけとなり、客室稼働率の向上や宿泊業の生産性向上へとつながっていくようになればベストです。そして、移住者が増えていくことにより「地元の力」も増していきます。
もちろん、これは短期で成果が出る取り組みではありません。だからこそ、長期的な視点で地域戦略を描ける、民間の若い世代の参加が重要になってきます。
スポットワークはあくまでひとつの戦術としてとらえ、長期的に宿泊業を核とした地域戦略を組み立てていくことが、その先にあることを忘れずにいたいものです。

