観光の国際規格は誰がつくるのか? 日本が「ルール形成」に参画すべき理由【コラム】

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日本観光振興協会の最明(さいみょう)です。

観光産業が拡大するなか、国境や業種を越えてサービスをつなぐ国際規格の重要性が増しています。今回は、観光分野のISO規格をめぐる各国の動きと、日本がルール形成に主体的に関与する必要性を考えます。

写真:パリ北駅。欧州の鉄道の標準化は、国際列車の運行をきっかけにEU単一市場政策から産業競争力の強化につながった(筆者撮影)

異業種が交わる観光市場に必要な「共通ルール」

拡大する日本の観光市場には、国内外から多くのプレイヤーが参入してきています。外資系ホテル、キャッシュレス決済、民泊、OTA、ライドシェア/タクシー配車アプリなどは、観光産業そのものです。一方で、文化、芸術、コンテンツ、スポーツ、食品、医療、製造業など、かつては観光との関わりが薄く、観光に高い関心を示してこなかった異業種が観光に注目し、様々な取り組みを進めています。そのことをうれしく思う一方、観光産業が苦境にあった時代を知る世代としては、やや複雑な気持ちにもなります。

こうして観光に関わる業種やサービスが広がるほど、それぞれを円滑につなぎ、品質や安全性を共通の基準で担保する仕組みが重要になります。

製品やサービスが国境、業種を超えて使用し、取引できるようにするためには、国際的な共通ルールである国際規格が必要になる場合があります。例えば、「単語の定義、使い方」「商品や部品の物理的なサイズ」「案内サインのデザイン」「注文、予約、決済の流れ」などです。その国際規格を策定する代表的な組織のひとつがISO(国際標準化機構:International Organization for Standardization)です。

ISOは、国や業界によって異なる製品・サービスの仕様や管理方法について、各国の専門家の合意に基づく国際規格を策定してきました。特に欧州では官民で国際市場獲得の手段として活用され、近年は、製品だけでなく、品質管理や情報セキュリティ、観光を含むサービス・マネジメント分野も標準化の対象が広がっています。さらに、第4次産業革命が加速する中で、あらゆるモノやサービスを横断する標準化が進められてきました。

なお、ISOは国際規格を策定する組織であり、企業や施設を直接認証する機関ではありません。規格への適合性を審査し、認証するのは、第三者の認証機関などです。

ISOが果たす5つの役割

1.相互運用性(Interoperability)の確保

異なる国、企業、業界が、それぞれ独自のルールで製品やサービスをつくれば、相互に接続できない場合があります。乾電池、USB、ネジの寸法、コンテナのサイズなども「共通ルール」があるからこそ、世界中で使うことができます。

2. 品質評価の共通化

「自社の商品、サービスは品質が良い」と主張しても、基準が違えば比較できません。 ISO9001のような規格は、品質マネジメントシステムに求められる基本的な考え方や要求事項を国際的に共有するものです。

3. 取引コストの削減

国ごとに仕様書を書き替えたり、試験をやり直したりすれば、大きな負担が生じます。ISOがあることで、契約、調達、検査、認証など共通の基準を設けやすくなります。

4. 安全・環境・社会的信頼の担保

ISO14001やISO27001などは、企業が一定水準で環境や情報セキュリティを管理していることを示すもので、社会的な信頼や企業評価の向上にも寄与しています。

5. イノベーションの普及

新たな技術やサービスに共通の仕様が整備されれば、多くの企業が採用しやすくなり、市場の拡大につながります。

ただし、国際標準化は、単なる技術的な調整の場ではありません。自国の制度や技術を国際規格に反映できれば、自国企業の海外展開に有利に働く可能性があります。一方、対応が遅れた国や企業には、仕様変更や再試験、認証などの追加コストが生じることもあります。

また、規格への対応を支援するコンサルティング費用の増加や、標準化の過程における知的財産・技術情報の取り扱いにも注意が必要です。国際規格の策定は、国や企業の利害が交錯するルール形成の場でもあるのです。

観光サービスをつなぐ「インテグレーション」

私は、観光分野におけるISOの役割は、これらに加えて「インテグレーション」という言葉でも説明できるのではないかと考えています。ISOは「インテグレーションそのもの」を実現する組織ではありません。国境や業界の壁を越えて協働するための共通仕様をつくり、異なる組織・文化・産業・国家を円滑につなぐためのインターフェースとして機能します。言い換えれば、インテグレーションを可能にする「共通言語」「共通ルール」をつくる役割です。

相互運用性が「異なるシステムやサービスが接続できる状態」を指すとすれば、インテグレーションは、接続された複数のサービスを一連の旅行体験として機能させることだと考えられます。

ITでいうと、異なるサービスをつなぐAPIのようなものです。

例えば、MaaS事業者、鉄道会社、バス・タクシー会社、OTA、DMOなどは、それぞれ目的も仕事の流れも異なる存在です。しかし、入力(入口)、出力(出口)、品質、安全性を共通仕様にしておけば、相互に接続し、サービスを連携させやすくなります。

こうした連携には、ISO規格に限らず、データ形式、API、チケット、決済、本人確認などに関する、さまざまな国際規格や業界標準が必要です。

観光分野の国際規格をめぐる各国の動き

観光と関連サービス分野については、ISOの第228技術委員会(TC228)で標準化の議論がおこなわれています。

TC228では、スペインの標準化委員会が事務局を担い、大きな役割を果たしてきました。コロナ禍で安全な観光を確立するための国際規格が検討された際には、スペイン国内の規格や運用経験を原案に反映される動きも見られました。自国の規格や標準が国際規格として採用されれば、海外進出への効果は絶大になります。

TC228では、ダイビング、観光案内所、アドベンチャーツーリズム、OTA、展示会・イベント、ガストロノミーツーリズム、サステナブルツーリズムなど、幅広い領域でワーキングをつくり、規格の策定に向けた議論がおこなわれてきました。

ISOをめぐる国際標準化の活動では、これまで欧州各国が大きな影響力を持ってきましたが、近年、中国も積極的に関与しています。

私がJR東日本で国際事業に携わっていた10年ほど前から、中国の専門家が鉄道、公共交通分野の国際会議に姿を見せるようになり、次第に議長や委員長といった主要なポストを目指す働きかけも見られるようになりました。

私自身、中国側から国際機関のキーパーソンを紹介してほしいとアプローチされたことがあります。将来、主要ポストを目指してくるのだろうと考えていましたが、まさにその通りでした。

日本側の参加者が限られる一方、中国側が多数の専門家を送り込む場面もあり、正面から主張を競うだけでは対応が難しいと感じることもありました。

彼らの意図を探りながら常に緊張感と危機感を持って接してきましたが、途中からは、中国側と協調できる部分ではその影響力を生かし、日本の主張を欧州側に受け入れてもらうなど、方針を変えて柔軟に対応してきました。

国際標準化の場では、相手国の意図を見極めながらも、対立だけでなく、協調できる部分を探る現実的な対応が必要です。

観光分野では、2024年に習近平主席が発出した「観光関連の政策について重要な指示」を示したことも、大きな意味を持ちます。観光プラットフォームや、AI、ロボティクスなど、観光と先端技術の交わる分野についても、標準化を主導しようとする動きが強まってきています。

日本も「規格を受け入れる側」から「つくる側」へ

ISO規格は、認証制度の基盤となるだけでなく、現在では多くの国で国際取引・国際入札・法令、諸規制の参照基準として活用されています。

ISO規格は原則として任意ですが、国際入札や公共調達、取引契約、法令・規制などで参照されれば、その市場に参入するための事実上の要件となる場合があります。日本では、シェアリングサービスやホスピタリティ分野で「日本版〇〇」として国際標準に日本独特のテイストを加えた制度や仕組みも見られます。

日本国内に限れば導入しやすい面もありますが、この先、旅館やホテル、交通システムなど、日本の観光産業が培った知見、ハード・ソフトの力を海外に展開しようとする際、国内独自の仕組みが追加コストや参入の遅れにつながらないか、心配をしています。

一方、インバウンドでお客さまを受け入れる際、海外の旅行会社など送り出し側から契約条件として特定の国際規格への適合や第三者認証を求められる可能性もあります。

欧州をはじめ、海外でつくられた国際標準をそのまま導入するのではなく、日本が主体的に世界のルール形成に参画し、日本発の規格を提案することもできるはずです。

この場に十分に関与しなければ、他国が自国の産業構造に有利な規格を提案し、日本の観光産業は不利な条件への対応を強いられる可能性があります。国際会議に出席すると、自国の利益を全面にだした主張が繰り返される場面もあります。その一方で、日本の積極的な関与に期待する声も多く聞きます。

例えば、ユネスコ無形文化遺産登録をめざす「温泉文化」。これを、日本から国際規格を提案するチャレンジをしてみても良いでしょう。こうした取り組みは、日本国内外の国際標準化に対する見方を変えるきっかけになるかもしれません。

国際標準化を支える体制を

日本は観光立国を国家戦略として掲げ、インバウンド需要の拡大、地域観光の活性化、観光産業の高度化を進めています。近年は、GSTC(Global Sustainable Tourism Council)への関心が高まり、サステナブルツーリズムの認証制度が国内でも普及しつつあります。

ところが、観光産業の国際競争力を左右しうる、もう一つの重要な領域ISO/TC228(観光・関連サービス)による国際規格策定については、国内では十分に認識されているとは言い難い状況です。

私が国際標準化活動に関わってきた範囲では、日本からワーキンググループなどに参加する専門家は限られています。また、その活動の多くは、所属する企業や団体の負担と、参加者個人の献身に支えられています。

ISOでの活動は、基本的には企業や団体が主体です。しかし、国際規格の策定に関わる活動が、それぞれの個社や団体の利益に直接結びつくとは限りません。

それでも、そこで定められるルールは、将来の市場参入条件や、日本企業の海外展開、訪日旅行者の受け入れ方にも影響を及ぼします。個々の企業や団体だけに、人材と費用の負担を委ねてよい課題ではありません。

日本のために、日本の提案を国際規格へ反映させようと、世界を舞台に粘り強く活動している人々がいることを、ぜひ知っていただきたいと思います。

欧州や中国では、政府や関係機関が国際標準化活動を産業政策の一部として位置づけ、専門家の派遣や活動を後押ししている例も見られます。日本政府にも、国際会議への参加費、調査費、人材育成、事務局機能など、経費・体制面での支援を期待します。

日本の観光産業が「決められた規格に対応する側」にとどまらず、「規格を提案し、つくる側」に回るためには、専門人材の育成、継続的な会議参加、官民の情報共有を支える仕組みが必要です。私は、この枠組みができていないことに大きな危機感を感じています。

政府による支援とともに、観光産業全体が国際標準化を競争力に関わる課題として捉え、積極的に参画していくように強く呼びかけて行きたいと考えています。

最明 仁(さいみょう ひとし)

最明 仁(さいみょう ひとし)

日本観光振興協会 理事長。1985年日本国有鉄道入社、JR東日本で主に鉄道営業、旅行業、観光事業に従事。日本政府観光局シドニー事務所を経て、JR東日本訪日旅行手配センター所長、新潟支社営業部長、本社観光戦略室長、ニューヨーク事務所長、国際事業本部長などを歴任。2023年6月より現職。自他ともに認める鉄道・バスファン。

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