KNT未来創造室が次々と放つアイデア事業群、「スマートツーリズム」の展開とその狙いを聞いてきた

農園法人やレシピ投稿サイト「クックパッド」との連携事業や、スマートグラスによるタイムトリップツアー、ロボットを活用した音声翻訳配信サービス、旅や地域をテーマにしたクラウドファンディングサイトの開設など、これまでの旅行業で見られなかった先進的な事業を次々と創出している近畿日本ツーリスト(KNT)。その推進役が、小川亘社長の肝いりで創設した組織「未来創造室」だ。

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メディアによる露出ではITやテクノロジーを活用した取り組みが目立っているが、実はそれだけにとどまらない。立ち上げから1年がたち、アウトラインが見えてきたという、同室部長の安岡宗秀氏にその目的とこれまでの成果、今後の展望を聞いた。


スマートツーリズムの真の目的

knt安岡氏がこの1年の手ごたえとしてあげたのは、やはりスマートツーリズム。エプソンのスマートグラスで、観光地の今と過去の姿をVR(バーチャルリアリティ)で見る“タイムトリップ”的な新感覚の次世代型ツアーが特徴だが、安岡氏は「技術は以前からあったもので、誰でもできたこと。それを真っ先に観光で使い、本気で商品化したのがポイント」と、ツアー内容よりも取り組み自体の真価を強調する。

旅行業界では売れるツアーの“後追い”が珍しくないことから、商品化にあわせてメディア露出を従来以上に強化し、一気に話題性を出すことに注力。その結果、スマートツーリズムにおけるKNTのイメージを植え付けたとともに、これまで旅行会社が接する機会の少なかったIT企業をはじめ、異業種企業からのアプローチが増えた。アジア最大級のIT展示会「CEATEC JAPAN 2015」にも声をかけられ、旅行会社として初出展。こうして得た新たな出会いやそこでのやり取りは、今後の未来創造室の事業展開で大きな糧になるという。

また、ここまで広がりが早かった理由について安岡氏は、「スマートツーリズムは観光でいま、注目されている『訪日旅行』と『地域ビジネス』の2つの要素を備えている」と説明。そのため最も問い合わせが多かったのは、この2つに力を入れる地方自治体だったとも明かす。実は、ここがKNTのねらい目。ツアー自体は第1弾の「江戸城天守閣と日本橋復元3Dツアー」で約1000名の申込みがあったが、KNTとしては送客ビジネスではなく、自治体を対象に「地方の魅力を再発見させる地方創生事業の武器の一つ、そのツールとして展開していく」ことを見据えていたのだ。


社会に必要とされる事業展開

未来創造室が発足したのは2014年10月1日。その最大のミッションは、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年以降を見据え、KNTの「企業価値の向上」だ。「少子高齢化や企業のグローバル化などによる環境変化が予想される中、教育旅行とMICEを主力事業とするKNTの企業価値がどう変わっていくか、ここが一番のポイント」と安岡氏は説明する。

「企業価値」をどこに置くか。KNTが出した答えは「社会に必要とされる企業であること」。「もちろん利益を上げれば社会貢献に繋がるが、それだけではない。『この会社がないとダメだ』と思われるまで高めることに焦点を当てた」。そこで、長年の旅行業の経験とその営業ネットワーク、提案力、非製造業というKNTのリソースで、「社会課題の解決」に繋がる取り組みに軸を置く決定をしたという。

例えば、スマートツーリズムは国策でもある訪日旅行の増加と地方創生に繋がる。その核となる地方自治体は、地域への観光客の呼び込みや魅力創出、訪日外国人対応で、頭を悩ませているところだ。また、卓上ロボットの「音声翻訳配信事業」も同様。観光業の専門用語に対応した初の音声翻訳サービスで、月々数万円からの料金設定のため、地方の小規模なホテル旅館、民宿なども導入しやすくなる。この音声翻訳はリースだけではなく、「利用者のニーズに応じてどのようにもカスタマイズできる。旅行専門の翻訳データをどれだけ持つことができるかが武器になる」と、ソリューションサービスとしての利用を視野に入れている。

このほか、「グローバル人材育成事業」、「次世代シェアサイクル」、さらには旅行とは直接関係のないような「産後ケア」も、ホテルで行なうことで社会的課題の「育児支援」を旅行と結びつけた。いずれも共通なのは異業種企業や組織と連携し、共創事業としていること。すると、「異業種も同じ課題や発想を持っていることが分かった。それぞれの分野で共感が得られる」という。


アイディアの源泉、KNTのDNAを呼び戻す

KNT未来創造室部長 安岡宗秀氏

新規事業のアイディアは、未来創造室発のものばかりではない。スマートツーリズムなどの形が見えてくると、社員の思いが聞こえるようになってきた。そこで社内のアイディアを集約・反映できる機能として「KNT-LABO」を設置した。

とはいえ、社内募集型の“新規プロジェクト”は応募が集まらないことが往々にしてある。これについて安岡氏は(1)先行事例がない、(2)採用された後が面倒、という2点が理由と分析。応募者が「これなら成功するかも」と思えるような体制作りに努めた。

具体的には「アイディアのタネを募集」の感覚で、企画書不要で応募できる仕組みを用意。外部のアドバイザーも招聘し、自分のアイディアを電通や野村総研、バンダイなど、旅行・観光やエンターテイメント企業の第一人者の目とあわせて精査する体制とした。

さらに安岡氏がこだわったのが、メンタリング機能。良いアイディアがあっても、発案者が事業化までもっていくのは難しいと思われたら、そこまでになる。そのアイディアを逃さぬよう、選抜された発想を形にするのは、別の担当者(メンター)が行なうというものだ。

すると、第1回の募集は111件もの応募があった。KNTのみならず、グループ全体に募集したが、応募者は営業担当者ばかりではなく、経理、総務など、年齢も部署もさまざま。さらに、応募アイディアに対する評価を社員投票で受け付けたところ、500人の反応がコメント付きであったという。

「部署や年齢に関係なく、社員の根っこは“旅行”にあると感じた」と安岡氏。これまで行ってきた“観光業”を強みとした新たなアイディアが多くあったという。話を聞いてみると、これまでも業務中や他社の動きなどを見聞した時など、いろいろなアイディアが浮かぶことが多い。しかし、業務多忙のなか、上司に相談してもまずは通常業務が優先となるため、アイディアを出さなくなってしまう傾向にあった。「弊社は常に『初めて』に挑戦してきた歴史がある。今の社員にこのDNAを呼び戻してもらえれば」との思いもある。

KNT-LABOは1年に2回程度実施する予定。今回は5件を選抜し、現在、その具現化に向けてメンターが取り組んでいるという。


旅行のリアル感を強みに総合プロデュースへ

この1年は、「とにかく取り組みの内容が分かるように発信を強化し、形を作ることに注力してきた」という未来創造室。今後はどのような展開をしていくのだろうか。

安岡氏は、まだ従来の送客ビジネスが主流としながらも、「2020年以降、観光立国になったとき、我々の役目は観光プロデュース業になるだろう」と展望。イメージとしてあげた一例は、カナダの「メープル街道」だ。「あの概念を作り出し、観光ルートを複合的に作り出して誘客した成功例だと思う」とし、地域の観光コンサルティングやピーアール、観光資源の磨き上げ、地域が連携した総合地区づくりなど、様々な切り口での観光ブランディングを行なう考え。

「それができるのはコンサルティング会社が広告会社と言われる。しかし、そこに旅行の“リアル感”はなく、それがあるのが旅行会社の強み」と強調する。

その第一弾といえるのが、現在推進中の「道の駅元気プロジェクト」だ。「日本版DMO」といわれ、地域の発信拠点として期待される道の駅を、「全国『道の駅』連絡会」との連携し、支援していくものだ。しかし、コンサルティングに関しては専門ではない。そこでKNTが考えたのは、「食」「農業」「観光」の切り口で、地域の魅力を発信する企業とコンソーシアムを組み、道の駅側が地域特性にあわせて必要なサポートを選べるよう、提携会社と多様な“メニュー”を作ること。

そこで組んだ企業がまた、ユニークだ。フリーペーパー「ハイウェイウォーカー」でのPRとドライブ旅行パッケージ支援を担当する「NEXCO」のように、もともと業界に関連の深い企業もあるが、観光農園のプロデュースや直売所の販売支援を担当する「農園法人 和郷」、地元食材を生かしたレストランのメニュー開発を担当する「辻調グループ」、そして「レシピサイト クックパッド」は道の駅専用サイトの開設や同サイトでのPR、地産商品のEC販売支援なども担当する。これを、KNTが全体プロデュースとして取りまとめ、着地型観光の企画や誘客支援を行なう。同時に、それぞれの強みはKNTの価値にもなっている。

未来創造室の構成専任メンバーは現在のところ6名。少数精鋭で「誰よりも早く」をモットーに、2、3年後に花開く事業をどんどん出していく。意思決定のポイントは事業の収益性もあるが、KNTの価値向上にあたるかどうか。毎月1~2つのアイディアを出し、小川社長も出席する「企業価値創造委員会」で即決。2、3か月以内に立ち上げるのが、理想だという。


聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫

記事:山田紀子

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