ナビタイムが旅行事業の開発に20年かけた理由とは? 大西社長に「商品開発のこだわり」と「最大の危機」を聞いてきた

経路検索ナビゲーションの最大手、ナビタイムジャパン。旗艦サービス「NAVITIME」をはじめとするナビタイムジャパンの全サービスの利用者は月間ユニーク数約4800万、有料課金も約480万人に到達し、日常の移動に欠かせない存在になっている。現在では公共交通の乗換から渋滞状況、訪日外国人の動態分析まで、移動にまつわる様々なサービスを提供しており、2016年には第2種旅行業に登録。旅行プランの作成、航空券・宿泊予約、観光情報を網羅するトラベル事業「NAVITIME Travel」を展開している。

昨今、旅行サービスではLINEやDMM.com、さらにはメルカリなど、IT事業者をはじめとする異業種がスピード感を持って参入表明をする例が続き、旅行業界ではナビタイムも新規参入組とみる向きがある。しかし、実は、ナビタイムジャパンの旅行サービスのスキームは1996年に開発されていた。開発からサービス発表にいたるまで、20年の時を経た理由と背景を、代表取締役社長の大西啓介氏に聞いてきた。

20年前に開発した旅行サービスとは?

ナビタイムジャパンは現在、経路検索(トータルナビゲーション)、トラベル、インバウンド、交通コンサルティングなど多数の事業を展開している。骨格となっている技術が、徒歩から公共交通機関、自動車まですべての移動手段を使って出発地から目的地まで最適なルートを案内する「トータルナビゲーション」だ。

大西氏の父親が経営する大西熱学がインキュベーションとなり、1996年に社内ベンチャーとして経路探索エンジンのライセンスビジネスをスタート。1998年にトータルナビゲーションを完成させ、2000年にナビタイムジャパンを設立する。トータルナビゲーションの完成は、世界初のことだという。

そして、1996年の時点で、地図をデジタル化し、出発地、目的地、観光地などを入力すると、最適な個人旅行プランニングを表示する仕組みも完成していた。各スポットの距離や交通手段、移動や観光、食事にかかる所要時間を計算して表示するので、1日の観光プランをインターネットで自動的に完成できるというサービスだ。つまり、旅行に関わる技術開発は、創業時から着手されていたのだ。

当時、ここまで画期的なサービスを開発したならば、すぐにでも発表して収益化を図りたいと考えてもおかしくないだろう。ところが、大西氏は違った。「時刻表データや乗換時間、施設数と場所、レコメンド機能など、すべてが正確でないと利用者に信用されるサービスにはならない。自分たちが納得できる信頼性が担保されるまで、作り込む必要がある」と判断し、いったん事業を休眠状態とした。

1996年は折しもインターネットの商用化が始まり、旅行関連では楽天トラベルの前身であるホテル予約「ホテルの窓口(後の『旅の窓口』)」がスタート。日本のオンライン旅行業の幕開けの年でもある。当然ながら、サービスで使用できる旅行関連データもメモリーも少ないうえ、データを増やすほど即時性を保つことが難しくなる時代だったことも、サービス発表をとめた理由だ。

ナビタイムジャパン代表取締役社長の大西啓介氏

そのためナビタイムジャパンでは、看板事業のトータルナビゲーションの携帯電話向け提供やASP展開、通信カーナビなど、別のサービス開発に注力。そうするうちに、時代の流れとともにインターネット、WiFi環境が整い、旅行市場では団体旅行から個人旅行へのシフトも進んだ。

「リリースするタイミングはさまざまだが、あまりに早すぎても無理が生じる。テクノロジーの進化、インフラ整備、市場変化の波長が合ったことは大きい」(大西氏)。そうして20年の時を経て2016年にいよいよトラベル事業に乗り出した。

NAVITIME Travelは日本語だけでなく、英語、簡体字、繁体字、韓国語版もあり、2020年に東京オリンピック・パラリンピックを控え、急増する訪日外国人の取り込みも視野に入れる。通信状況が変動しても、データが膨大になっても即時性を保つために改良を重ね、入力から結果を表示するまで2秒というルールも守り続けているという。

ガラケーからスマホへの移行は最大の危機

もっとも、すべてが順風満帆だったわけではない。最大の試練は2000年代後半まで普及していた従来型の携帯電話(ガラケー)に代わり、スマートフォンが普及したことだった。ガラケー時代にはインターネット上でデジタルコンテンツを配信して収益を得るコンテンツ企業が多数登場してコンテンツ配信バブル時代を迎えたが、スマートフォンへの対応が遅れたためにその多くが壊滅状態に陥ることになる。

現在でもユーザー課金のビジネスモデルが成り立っている企業は、ナビタイムジャパン、クックパッド、ウェザーニューズなど数えるほどしかない。スマートフォンのコンテンツは無料という感覚が定着し、ガラケー時代に比べ、ユーザー課金の敷居がものすごく高くなってしまったのがその理由だ。

「それでも当社が生き残れたのは、お金を払ってでも利用したいサービスを追求してきたから。その根幹と並行して、無料会員に対しても航空券やホテル予約を通じて収益を得るビジネスモデルなど、様々な事業を派生させることができたからだろう」と大西氏は振り返る。

こうした開発の姿勢を象徴する事業のひとつが、2016年にリリースしたスマートフォン向け有料アプリ「トラックカーナビ」だ。大型車ドライバーのために、車両の高さ、幅、重量など道路の交通規制データ、トラックの駐車可能施設などを独自に収集・整備し、トラックの大きさに応じて通行可能な経路を案内できるようにしたものである。安全かつ効率的に配送先までの経路案内をサポートできるこのサービスは、人材不足が深刻化するトラック業界に、若年層や未経験者ドライバーの採用を促進させる一助となった。

また、開発時には必ず社員がサービスを体験して、納得できるまで精度や使い勝手を高めるのも、同社のポリシー。トラックカーナビでは、社員が試験段階で同乗していたからこそ、大型車ドライバーは手の指が太い人が多いことに気づき、通常のアプリよりもアイコンを大きくして操作性を高めることができた。時間や費用がかかる作業をITやアウトソースでいかに軽減するかが通例となり、旅行業界でも現地視察に出ることが少なくなっている時代に、IT企業である同社がコツコツと現場を見る業務を重視しているのだ。

本質は世の中に求められているものにある

IT業界はスピード感が必要といわれ、サービス提供を開始しながらも、並行して商品サービスの精度向上を目的としたABテストを行なうことが一般的。しかし大西氏は「AかBでお客様にいい方を選んでいただくというものではない。世の中に何が必要とされているのかさえ見極めることができれば、本質的に正しいことはひとつしかない」と力を込める。このように業界のトレンドとは一線を画した開発、経営判断を貫くのはなぜなのか。

NAVITIME Travelの説明をする大西社長。訪問を希望する観光地や飲食店などのスポットを選び、交通機関と移動時間を自動算出してルートを作る機能は、1996年の時点で開発されていた

その背景には、大西氏の経歴が大きく影響している。ナビタイムジャパンは、上智大学大学院理工学研究科で同じ研究室だった大西氏と副社長の菊池新氏の出会いが始まり。「これからはコンピューターの時代が来る」と判断して情報処理を学ぼうと考え、大西氏は「車用経路検索のアルゴリズム」を研究テーマに博士課程に進んだ。大西氏と菊地氏の研究テーマを融合し、事業化した大学発のベンチャー企業だったのだ。

「理学ではなく、理工学であったのがポイント。世の中をよくするものをユーザーファーストで研究開発するのが工学」と話す大西氏の名刺には、「代表取締役社長」と並び、「工学博士」の文字が記されている。

世の中にないものがあれば、自分たちで手間ひまかけてつくる。技術開発は一切外注することがない。「ナビタイムは大学の研究室の延長。当時はパソコンが初めて商用化されたばかりで、少ないメモリーでどうやっていいルートを出すかというアルゴリズムを考えるのが楽しくて仕方なかった」と大西氏が振り返る。

約500名の大所帯になった同社には、技術系のみならず事務系、営業系など多職種の社員が働く。だが、その根底には世の中のために技術を生み出すことを使命とし、スピードより堅実さ、信頼性を常に重視する大西氏の工学マインドが流れている。社員との会話ではいつも「本質を追求せよ」の言葉が口に出るという。

同社のトラベル事業は、まだ始まったばかり。まずは月間4800万のユニークユーザーを牽引する経路検索ナビ「NAVITIME」のようなサービスにするのが当面の目標で、9月のツーリズムEXPOジャパン2018にも旅行会社のブースで出展する。同イベントへの出展で、業界内外での存在感を高める考えだ。

聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫


編集・記事:山田紀子、野間麻衣子

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