カジノは観光に貢献するか? ニュージーランドの観光戦略を事例に考える

コラム「観光レジェンドからの手紙」(5)

トラベルボイスでは、ツーリズムの活性化に貢献した先人の知見を次代につなぐための企画として、シリーズコラム「観光レジェンドからの手紙」を不定期に設け、2018年6月に逝去された亜細亜大学の元教授・小林天心氏が同大学学内誌に発表した論考を再編したものを掲載しています。

カジノを含む統合型リゾート(IR)整備法案が通常国会で成立し、国内各所で開発構想が動き出しています。ツーリズムへの関りも見込まれるとあって業界でもその是非について話題になりました。果たしてカジノは、日本の観光のあり方にとってどのような意味を持つのでしょうか。

シリーズ第5回目では、同氏が観光素材としての「カジノ」について、同じ島国である日本とニュージーランドにおけるそのあり方をまとめた論考をお届けします。

”Come now, Do more, Come back”

日本とニュージーランド(NZ)は赤道を挟んで対照的な位置にある。南北に長い国土の形も似ているし、四季の移り変わりがはっきりしているところも同じだ。ただし面積においては日本の方がNZより3割がた大きく、さらに人口となると日本はNZのおよそ27倍にもなる。

一方IMF(国際通貨基金)による2016年度のデータで見てみると、国民一人当たりのGDPは日本が世界ランキング22位、NZは23位だから、経済的豊かさの面ではまあまあ双方いい勝負と言えそうだ。

NZの歴史をざっと振り返ってみよう。南太平洋をはるばるカヌーで渡り、先住民のマオリがここにやってきたのはおよそ1000年前。それまでこの地は鳥類の天国であり、人類はおろか哺乳類・爬虫類なども全く住んでいなかった。

19世紀になってここにイギリス人たちの移住が始まるまで、マオリの人口は数十万人を超えていない。しかしほどなく移住白人の数がマオリを圧倒、20世紀初頭になると英国植民地として人口が100万人を超えた。第二次大戦後1947年に英国から独立。その頃人口はようやく200万人となり、1974年に300万人に達する。現在はおよそ470万人。そのうちに占めるマオリの比率は15%ほどだが、この国の歴史文化におけるマオリの存在感と誇りは、他国の先住民族よりけた違いに大きい。

NZは当初からずっと農業国だった。しかし1970年代から観光産業が大きく伸長、目下の産業規模では農業に次ぐ重要な地位を占めている。かつての大英帝国経済圏において、農業・酪農生産を担ってきた歴史的な経緯から、NZの国土全体は自然がほとんど荒れていない。それでNZは自国の山岳、川や海、田園風景などの自然を前面に据え、世界観光市場に向けて「100%PURE New Zealand」という思い切ったメッセージを発している。

さらにNZ観光局は、たんなる物見遊山的観光から一歩踏み込み、「相互交流型観光=Interactive Traveler」という概念を打ち出した。これはNZにおける多様な「体験型観光」のススメ。野外活動体験などによりNZ観光の満足度を最大化する。これによって滞在時間と消費金額の最大化をも志向する。というわけで、”Come now, Do more, Come back”という台詞が、NZ政府観光局の基本戦略を表しているのである。

カジノというよりゲーセン

さてこんなお国柄のNZではあるが、この国にもカジノがある。1994年にクライストチャーチ、1996年にオークランドに、それぞれ民間企業によってつくられた。以後観光地として有名なクィーンズタウンに小規模のものがふたつ、ハミルトンやダニーデンといった地方都市にも同様なものがつくられている。NZ全体のカジノの売り上げは2016年度でざっと500億円。ちなみに日本における最近1年間のパチンコの売り上げ額は23兆円である。それとの比較ではわずか460分の1という、ごくささやかなレベルでしかない。

カジノの規模が最大のオークランドでもカードやルーレット用のテーブルが150、スロットマシンなどゲーム機が2117台。第2位のクライストチャーチでは36卓・500台。最小規模のクィーンズタウンになるとたった6卓・74台だから、これは日本に見るそこらのゲームセンター並みといったところであり、日本のパチンコ店のほうがはるかに規模は大きい。

日本が訴求すべき観光魅力とは

わたしはNZの政府観光局に1998年から8年間勤務した。しかしながらこの間、観光局内部でカジノという単語を聞いたことは一度もない。またこの国の観光マーケティングをうんぬんする際にも、あるいは各地における地域観光局とのやり取りにおいても、カジノが語られたことは皆無である。

もちろんNZ観光局として100%PUREという戦略上、カジノと言う人工的遊技などを持ち出すことはなかったし、NZ国民もカジノが観光政策の中に持ち込まれるなど想像もしなかったに違いない。NZにおける観光的な訴求点は、この国が持つピュアな自然と平和な社会である。これこそNZの世界に対する誇りになっている。

では日本はどうか。同じ島国ながら数千年に及ぶ人間の歴史と深く多彩な文化がある。二万七千という自然湧出の温泉がある。流氷にサンゴ礁があり、平和・安全という観光にとって最も大切な社会環境も今のところ万全に近い。日本は砂漠の真ん中の国でもないし、他にみるべきものも生産手段もない小さな島とも違う。こんな日本独自の恵まれた自然や文化の上にさらなる人工的大規模カジノなど、日本が持つ真の「光」を曇らせてしまうに違いない。

ちなみにガンディーは彼の「7つの社会的大罪」のなかで、「原則なき政治」の次に「労働なき富」を挙げている。どう転がしてみたところで所詮は賭博、ろくなことではないのだ。


【編集部より】

小林氏は1968年から旅行会社で数々の観光マーケティングを実践。1998年から2005年までニュージーランド政府観光局の日本支局長を務めました。また北海道大学では客員教授として教鞭を取られていました。

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