次世代航空機の誕生で「20時間超え」フライトの時代が到来、「超長距離路線」が続々と復活する背景を解説した【コラム】

【秋本俊二のエアライン・レポート】

シンガポール航空が2018年10月に世界最長のシンガポール/ニューアーク線を開設すると、飛行距離を競うようにその後はカンタス航空がシドニー/ロンドン線を、デルタ航空がニューヨーク/ムンバイ線就航を発表。超長距離路線の開設や復活が相次いでいる背景には、何があるのか?

新規路線で〝世界最長〟を目指す

オーストラリアのカンタス航空が2023年までにシドニー(またはメルボルン)とロンドンを結ぶ直行便開設を計画していることが、今年4月に海外メディアで報じられた。両都市間の飛行時間は約21時間(飛行距離約1万7000キロ)。実現すれば文字通り「世界最長」となる。その超長距離を無給油で飛べる機材として「同社幹部はエアバスA350かボーイング777を候補に選定に入った」と記事は伝えている。

世界最長を競うシドニー/ロンドン線とシンガポール/ニューアーク線(著者作成)

2019年6月時点での世界最長路線は、昨年10月にシンガポール航空が飛ばしはじめたシンガポール/ニューアーク線である。飛行時間は18時間45分、飛行距離や約1万6700キロだ。ほかにも最近、超長距離路線開設のニュースが相次いでいる。アメリカのデルタ航空は、同社のハブ拠点のひとつであるニューヨーク(JFK)からインド・ムンバイへの直行便運航を今年12月から始めると発表した。

シンガポール航空のシンガポール/ニューアーク線もデルタ航空のニューヨーク/ムンバイ線も新規の開設ではなく、正確には「復活」である。シンガポール航空は2004年からエアバスの4発機A340-500でシンガポールとニューアークを結んできたが、機材の燃費の悪さなどで採算に合わず、2013年11月で運休に。デルタ航空も2006年からニューヨーク/ムンバイ線(使用機材はボーイング777)を運航してきたが、機内サービスなどの評価が高い中東系エアラインの攻勢に押され、3年後の2009年に運航を停止した。

それらの復活を含めた超長距離路線の開設ラッシュが始まったに背景には、何があるのか? 理由はふたつ。ひとつは燃費効率のいい次世代機の誕生、もうひとつは利用者にとっての乗り心地の向上である。

長時間を過ごしても快適な機材

どの都市へ向かうにも「ダイレクトに飛びたい」という需要はもともとあった。しかし長距離国際線を運航する場合は、毎回のフライトに大量の燃料が必要になる。そのため大容量の燃料タンクを備えた大型機に頼らざるを得なかった。大型機での運航となると、一度にたくさんの乗客が利用する路線でなければビジネスとして成立しない。結果、東京をベースにしたフライトでいうと、パリやロンドン、ニューヨークなどいわゆる〝ドル箱〟と呼ばれる路線にしか直行便を飛ばせなかった。

その状況を最初に変えたのが、ボーイングが開発した次世代機787である。機体全重量の50%以上が炭素繊維複合材でつくられた787は燃費効率に優れ、同サイズの旧型機に比べて20%も燃費が改善された。200〜250人程度の乗客数で長距離を飛ばしても、コストを抑えられる787ならビジネスとして十分に成り立つ。シンガポール航空のシンガポール/ニューアーク線の運休後に、世界最長のひとつとなったカンタス航空のパース/ロンドン線(飛行距離約1万4500キロ)にも使用機材には787が選択された。日本からの最長となるANAやアエロメヒコ航空の成田/メキシコシティ線も、いずれも787での運航である。

ANAの成田/メキシコシティ線(777)の機内サービス

さて、シンガポール航空がシンガポールからニューアークへの世界最長路線復活に向けて選んだ機材は、787ではなくエアバスのA350-900ULRである。「ULR」は「Ultra Long Range」の略。A350-900の航続距離を伸ばしたモデルで、燃料システムや翼端のウイングレットを改良し、燃料タンクの容量をA350-900より2万4000リットル多い16万5000リットルに増やした。公表されている航続距離は最長9700海里(約1万7964キロ)なので、シンガポール/ニューアーク間も問題なく届く。燃料コストも、同じ路線で2013年まで使用していたA340-500では1回のフライトに約1300万円かかっていたのをA350-900ULRなら約1000万円に──。つまり、毎回300万円を節約できるというデータもある。

シンガポール航空の超長距離線機材エアバスA350-900ULR(提供:エアバス)

いよいよ20時間超えの時代に

そうした機材の低燃費化に加え、超長距離路線に乗客を呼び込むためには、長時間フライトに肉体的・精神的に耐えられるだけの「乗り心地」向上も重要なポイントだろう。出張などで飛行機に乗り慣れている人でも、東京からアメリカ東海岸など12時間を超えるフライトでは、さすがに苦痛を覚えることがある。その点、機体構造に炭素繊維複合材を多用して飛行中の気圧や湿度など地上とほとんど変わらないキャビン環境を実現した787やA350は、ロングフライトであればあるほどその快適さを実感できる。

シンガポール/ニューアーク線を復活させるに際し、シンガポール航空では座席設定も見直した。A350-900ULRのキャビンを最新型ビジネスクラス67席、プレミアムエコノミー94席の計161席でゆったりとレイアウト。同路線ではエコノミークラスは従来から置いていない。フライト中も地上と変わらない仕事環境を提供するため、高速Wi-Fiももちろん完備している。搭乗前からモバイルアプリをダウンロードしてウェルネスプログラムを始められるようにするなど、健康面へのケアにも配慮した。

デルタ航空が12月から開設するニューヨーク/ムンバイ線の使用機材は777ファミリー最長の航続性能を誇る777-200LR(Longer Range)と発表された。キャビンレイアウトはビジネス28席、プレミアムエコノミー48席、足元が広いエコノミー(デルタ・コンフォートプラス)90席、通常のエコノミー122席の計288席。とくに通路との間に扉が設けられ高いレベルでのプライバシーが守られる個室型新シート「デルタワン・スイート」は、ビジネスクラスの最高峰といっていい。実際に乗ってみると、これはシートというより〝部屋〟だ。超長距離フライトでは、いかに良質な睡眠をとれるかが現地に着いてからの行動力に影響を与える。仕事をするために座席テーブルに広げたノートPCやiPhone、資料類なども、扉を閉めることで安心だ。

デルタ航空の最新ビジネスクラス「デルタワン・スイート」(提供:デルタ航空)

シンガポール/ニューアーク線を抜いて世界最長の座を射止めるカンタス航空のシドニー/ロンドン線には、A350-900ULRかボーイングが開発を進める777Xにどちらかに決まる模様だ。そこには、どんなシートがどんな形でレイアウトされるのか──。いずれにしても2023年までには、20時間超えフライトの時代が到来する。

シドニー国際空港のカンタス航空ファーストクラスラウンジ
秋本俊二(あきもと しゅんじ) 作家/航空ジャーナリスト

秋本俊二(あきもと しゅんじ) 作家/航空ジャーナリスト

東京都出身。学生時代に航空工学を専攻後、数回の海外生活を経て取材・文筆活動をスタート。世界の空を旅しながら新聞・雑誌、Web媒体などにレポートやエッセイを発表するほか、テレビ・ラジオの解説者としても活動する。『航空大革命』(角川oneテーマ21新書)や『ボーイング787まるごと解説』『みんなが知りたい旅客機の疑問50』(ソフトバンククリエイティブ/サイエンスアイ新書)など著書多数。

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