ベンチャーリパブリック柴田代表に聞いた、コロナ禍の旅行回復に立ちはだかる「5割の壁」、LINEトラベルjp事業の今

都道府県を越える移動の自粛が解除され、官民挙げての需要喚起策が動き出しつつあるなか、短期的には宿泊需要や近場の国内旅行の回復に期待がかかる。感染者数の推移が気にかかるところだが、長期的な視野ではパンデミックを経て、トラベル分野で起きる今後の変化にも要注目だ。観光×デジタルの国際会議「WiT Japan」の実行委員長でもあり、LINEトラベルを運営するベンチャーリパブリック社代表取締役社長、柴田啓氏に話を聞いた。

コロナ危機前に起きていたこと

まず、柴田氏は「そもそもパンデミック以前から、旅行・観光マーケットにおけるファンダメンタルズは悪化していた。コロナ危機後について考える際にも、この点は重要なポイントになる」と指摘する。

すでに、ここ1~2年ほど、世界のオンライン旅行(OTA)各社の成長率は鈍化していた。

一方、トラベル分野への投資熱は続き、グーグル、中国のスーパーアプリ美団、さらにタビナカ予約のクルックやGetYourGuideなど新興勢力の台頭により、需給バランスは供給過多へ。柴田氏は、「その結果、中国やインド、東南アジアでは、激しい値下げ合戦が続いていた。」と振り返る。

こうしたなかで起きたコロナ感染拡大による旅行需要への急ブレーキ。「過剰な投資資金と供給過多で膨らんでいたバブルが、想定していた以上の勢いで、一気に弾けてしまった。潤沢な手元資金を持つ大手各社ですら、日々の事業コスト負担は重く、リストラに動かざるを得ない」(同氏)と現状を見ている。

日本では6月19日から、都道府県をまたぐ移動の自粛がようやく解除され、日本政府が支援するGoToキャンペーンによる需要喚起への期待が高まっている。旅行マーケットの回復は、今後、どのように進んでいくのか?

「5割の壁」が立ちはだかる?

柴田氏は「世界各地で明るい兆しが見えており、特に宿泊需要は、確実に戻り始めた」と話すが、同時に、インバウンド市場も含めた完全回復までには、2年以上かかるとも覚悟している。

ベンチャーリパブリック傘下の韓国市場向け宿泊メタサーチ、オールステイ(AllStay)では、6月段階で、すでに予約取扱は前年対比50%まで戻っており、済州島など、一部では満室となるケースも出ているという。韓国の場合、もともと海外旅行マーケットが、国内旅行と同規模あるなど、日本とは異なる特性もあり、「海外に向かうはずだった需要が国内に転じたインパクトは大きい」と柴田氏は説明する。

同様に、中国や米国でも、宿泊分野の売上や利用泊数はすでに明らかな回復を示しており、「米国の各指標を見ると、宿泊需要の戻りは、当初予想を20~25ポイント上回るペースで推移している」(柴田氏)。

とはいえ「しばらくは“5割の壁”が立ちはだかる」、つまり前年比50%までの回復は順調に進むが、そこから先の回復には、じりじりと時間がかかるというのが同氏の予測だ。

空路で長距離を移動する国内旅行の回復には時間がかかる上、海外からのインバウンド需要に至っては、当面、ほとんど見込めない。

国内の近場に出かけるマイクロツーリズムだけに頼らざるを得ない状況が続く間は、限界は否めない。

航空需要に比べ、回復が早い宿泊分野に限った予測見通しでも、最終的に2020年の総需要は前年対比50%。翌2021年でもまだ同65%。「2019年レベルに完全復活するには、2023年までかかる」と分析している。以上は、感染拡大の第2波、第3波がなかった場合の想定だ。

旅行需要の回復に時間がかかる要因の一つは、前述の通り、パンデミック以前から旅行マーケットが供給過多と価格競争に陥っていたことだ。柴田氏は、「今後、旅行ビジネスにおける業界再編は必至。その結果、供給は縮小し、消費者が期待しているほど価格は下がらない。一方、世の中は景気後退の局面に入り、財布の紐は固くなる」と危惧している。

需要低迷からの回復スピードを左右するのは「事業のコスト構造。やはり身軽に動くことができるOTAやネット系は復活が早く、業界再編をリードすることになるだろう」と柴田氏。この機会にオンライン系事業者が、不動産やクルーズ、航空機材など、ハード・アセットを抱える事業に本格参入し、大きなパラダイムシフトが起きるかどうかにも注目している。

見えてきた新たなトレンド

長期的には、トラベル産業はますます発展すると自信をもって断言する。「今から5年後の旅行ビジネスについては、ものすごく楽観視している」(柴田氏)。コロナ危機下でリモートワークが普及したり、一時休業などで余暇時間が増えたことで、ワーケーション(仕事+バケーション)を始め、今まで定着しなかったライフスタイルが、日本でも一気に広まりつつある。その片鱗は、コロナ禍がむしろ追い風になり、長期滞在が増えた民泊の利用状況からもうかがえる。

ベンチャーリパブリックがシンガポールで展開する英語の旅行情報メディア「trip101」では、民泊エアビーアンドビー(Airbnb)など、世界各地の民泊予約を扱っているが、今春は長期滞在の需要が急増し、週当たり利用泊数では過去最高値も記録。現在までの累計泊数は、前年比3倍となった。

同データを見ると、3月末以降、予約件数は一時、激減したが、学校や仕事がオンライン対応に切り替わったことや、自主隔離などの特需が発生し、平均泊数はそれまでの3泊強から7泊に拡大。5月18日の週には、trip101で扱う民泊の総予約泊数が創業以来、過去最高となった。

同サイトでは、日本国内の民泊物件の利用状況も、2020年1~5月までの累計泊数で前年比42%増と好調。4月上旬には平均泊数が従来の倍以上となる8泊に伸びるなど、海外とほぼ同様の動きが見られた。利用が多かった地域は、「東京」の他、大阪や札幌など主要都市以外の「その他」のカテゴリーが目立つ。

「米国ではパンデミック以降、キャンピングカーの予約が取れなくなり、国立公園滞在の人気が高まるなどの変化が見られる。日本でも自粛期間中に、余暇の過ごし方や、自然との共存について、今までよりも真剣に考え、洞察を深めた人は多いはずだ」と柴田氏。

パンデミックをきっかけに「贅沢とは違う、本当の意味でゆとりある生活スタイルへの関心が高まったことは、これからの旅行ビジネスにとって追い風になる」と期待している。

かつてない危機を経験した旅行者がどのように変わっていくか?というテーマは今、柴田氏が最も注目していることの一つ。同時に、経営者としての自身の立場から、ビジネスの今後について大いに悩んだ。「旅行産業はこうした不可避のシステマティック・リスクに極めて脆弱」とも痛感した。とにかく経費は増やせない。コストをスリム化し、限られた経営資源を注ぐべきことは何か。結果的に、ベンチャーリパブリックの強みについて考えるよい機会にもなり、そこから戦略を練りなおしていった。

自社ファンやリピーターを獲得できているか

経営者としてのパンデミックからの気付きの一つは、「危機に直面していないときでも、今回と同じぐらい、必死で事業の未来について考える機会を持つべきだということ。そして将来の成長の糧のために、常に新しい分野に挑戦し続けること。ただ、これはものすごく難しいことでもある」とジレンマを明かす。

特にここ数年の訪日インバウンド旅行のように、マーケット全体が右肩上がりで成長している時には、後回しになりがちだ。「自社ファンやリピーターを増やすことに、果たしてどこまで心を砕いていたか。自戒を込めて考えている」(柴田氏)。例えば集客をグーグルに頼るのも、自社ファン作りが出来ていない裏返しだと指摘する。

コロナ危機で短期的には旅行マーケットが縮小するなか、その後は熾烈な顧客の争奪戦が始まる。「検索サイト経由での顧客獲得コストは上昇するため、これをなるべく抑えるためにも、自社ファンやリピーター獲得が急務になる。中国や韓国マーケットを見ると、コロナ危機後に真っ先に動き出している旅行者は、慎重なシニア層ではなく、若い世代。冒険心のある若い旅人をどうやったらファンにできるかも、大きなポイントになる」(同氏)。

ターゲットに向けた戦略として効果的なのは動画アプリ「TikTok」か、5G対応か。目下、社内では次の「波」をキャッチし、真っ先に乗りこなすべく、「プロジェクト・サーフ」がスタート。60以上のアイディアが集まったところで、これから精査を進めていく。

LINEトラベルの今は?

登録者数が2200万人となり、順風満帆だったLINEトラベルでも、緊急事態宣言が出た4月以降、アクセス数は前年比80%減となり、5月もほぼ同じ状況が続いた。6月現在、アクセス数は同60%減まで改善し、国内旅行では、検索や予約も少しずつ戻り始めた。

ただし、動いているのは、新幹線とシティホテルを組み合わせたダイナミック・パッケージ商品など、ビジネス需要を思わせるものが多く、予約時期は圧倒的に当月分。夏から秋の予約は全体の2割、10月から年末が1割ほど。海外ツアーの動きは、さらに緩慢だ。まだ今後への不安がぬぐえないなか、消費者側の慎重な姿勢がうかがえる。

予断を許さない状況は続くが、LINEトラベルだからこそ、今の状況下で、トラベル関連企業やデスティネーション関係者に提供できる価値に磨きをかける。

他社にはないユニークな資産と柴田氏が自負しているのは、LINEトラベルで旅行情報を発信しているナビゲーターたちだ。国内の観光地や自治体は、旅行者の不安を払拭し、旅の動機付けになるストーリーを届けたいと尽力しているが、公式HPで感染防止ガイドラインや現地情報を発信するだけでは、なかなか響かない。こうしたなかで、旅行コンテンツも発信できるLINEトラベルには、これまで以上に強い関心が寄せられるようになり、手応えを感じているという。

さらに、メッセージアプリならではの最強の武器は、ユーザーIDから把握できる相手の位置情報。これを組み合わせることで、様々な地域側の要望に対応しながら、観光の復興支援が可能になる。全国から人が殺到する状況を避けつつ、対象地域を絞って展開できる需要喚起もできる。すでに、6月に岐阜県の自治体と、県内のユーザーを対象に温泉観光キャンペーンを実施した。

そして、柴田氏は、コロナという未曾有の危機によって生まれ、新しく動き出した事業計画があることも明かした。具体的な発表はこれからになるが、コロナ禍の中で、必死で事業の未来と向き合った結果だという。

厳しい状況に出口は見えていないが、柴田氏は、「あまり悲観的になりすぎないことが重要」と力を込める。そして、最近、エアビーアンドビーのブライアン・チェスキーCEOの「将来、旅行産業は必ず復活する。その頃に起きていることは2つ。これまで以上の規模になっている。そして旅行スタイルも変わっている」という言葉に強く共感したという。

自身も5年後には、人々は旅行意欲をすっかり取り戻していると確信するが「長期滞在して、仕事しながらのワーケーションだったり、キャンピングカーで移動したり、様々な変化が起きていくはず。これに対応できる柔軟さがあるなら、我々はさらにもっと大きな産業になっていくだろう」と未来を展望した。

ベンチャーリパブリック代表取締役社長 柴田啓氏(取材はリモートで行った)聞き手 トラベルボイス編集部 山岡薫

記事 谷山明子

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