熊本県が見せる力強い観光レジリエンス(回復力)、創造的復興・イノベーションで次世代につなげる観光政策を聞いてきた

2016年4月に発生した熊本地震からの復興途上でコロナ禍に襲われた熊本県。さらに、コロナ禍中の昨年7月には県南部を中心に豪雨災害に見舞われた。地震で被災したJR豊肥本線が昨年8月に、国道57号が10月に開通。今年3月には被災した阿蘇大橋に代わる「新阿蘇大橋(仮称)」が開通予定などインフラは復活を見せるが、県内の観光は冷え切ったままだ。

それでも、熊本県は前を向く。昨年10月、蒲島郁夫知事肝いりで新たに「観光戦略部」を立ち上げた。熊本県が描く観光の未来図とは。観光客誘客に向けた仕掛けとは。同部部長の寺野愼吾氏と熊本県観光連盟専務理事の中川誠氏に話を聞いてみた。

宿泊客数が地震前に戻ったところでコロナが直撃

熊本県の観光産業の浮沈は数字に表れている。熊本県観光統計によると、熊本地震前の2015年の県内宿泊者数は約720万人。地震が発生した2016年は、発生前の1月~3月は訪日外国人旅行者を中心に非常に好調だったものの、最終的には約677万人に落ち込んだ。その後、「九州ふっこう割」などの効果もあり、2017年は約724万人、2018年は約805万人と地震前を超えた。

観光消費額も同様に、2015年の約3239億円から2016年は約2730億円に減少したものの、2017年約3050億円、2018年約3186億円と復活しつつあった。

しかし、地震からの復興が本格化し、将来に向けて成長軌道に乗ろうとしていたところで、新型コロナウイルスと豪雨被害が襲った。熊本県が11月に県内の主要39宿泊施設に対して行った調査によると、2020年3月~11月の宿泊客数は前年同期比で約60%減。損失額は857億円を超えると推計されるという。緊急事態宣言の4月、5月は前年比90%減に落ち込み、7月には豪雨災害で観光マインドが再び冷えたものの、県独自の宿泊応援キャンペーン「くまもっと泊まろうキャンペーン」や国の「GoToトラベル」の効果もあり、11月は同25%減まで回復した。

ところが、全国で感染拡大が止まらないなか、「GoTo トラベル」は年末年始にかけて全国一斉停止。昨年12月初旬の取材時には、今年1月の予約状況は前年並に回復する見込みとしていたが、その状況も変わってきた。

「観光戦略部」を立ち上げ、イノベーションを推進

それでも、熊本県は観光を重要な産業と位置づけている。主要な産業である自動車の年間総生産額が約3700億円、農業が約3400億円。観光は近年、その経済規模に近づき、基幹産業のひとつに成長してきたからだ。

一方、課題も多い。熊本地震からの観光の復興。コロナ問題も大きくのしかかる。デジタル・トランスフォーメーションも待ったなしだ。また、熊本県観光連盟の中川氏は「長崎から大分に抜ける九州ゴールデンルートのなかで熊本はただの立ち寄りの場所になっている」と指摘。「本気で観光に取り組まなければ、周回遅れになってしまう」と危機感を示す。

そこで、熊本県は昨年10月に新たに「観光戦略部」を立ち上げた。逆境の中、県民に光を見せるメッセージを込めて、蒲島知事自らが「観光戦略部」と名付けたという。英語名は「Department of Tourism Innovation」。同部部長の寺野氏は「新しい基軸で観光戦略を進めていく意味をイノベーションに込めた」と説明する。

熊本県観光戦略部の寺野部長具体的なイノベーションとして、まず取り組んでいるのは、ニューノーマルでの感染症対策。観光客を受け入れる側として、安心安全の体制を整えることを優先して進める。

また、デジタルによるスマートツーリズムを、まずは阿蘇地域を中心に加速させる考えだ。昨年8月には、NECとICT技術を活用した「持続可能な新しい観光地域づくり」に向けた包括連携協定を締結した。この協定に基づき、顔情報を共通のDigital IDとして使い、店舗や施設などで「非接触」「手ぶら」「決済」などのサービスを実現する共通認証基盤の実証を行う。「本来は空港の保安検査から、市内の事業者、交通、ホテルなどで一気通貫に顔認証を活用できれば理想だが、まずは県内の観光施設で実証を始める」(寺野氏)。

さらに、阿蘇地域での観光型MaaSの検討会も今年度中に立ち上げる予定だ。寺野氏は「熊本県は二次交通が弱い。JRの駅から阿蘇中岳火口などの観光地や観光施設への交通連携を考えていく」と課題解決に意欲を示す。顔認証もMaaSも、阿蘇でのモデル事業が軌道に乗れば、豪雨被災地の人吉市や球磨地域などに広げていきたい考えだ。

このほか、修学旅行が戻りきっていない中、平日の誘客対策として、損保ジャパン熊本支店や阿蘇プラザホテルなど3ヶ所の宿泊施設と共同でワーケーションの実証事業を阿蘇で行った。寺野氏は「行政としては、プラットフォームを用意し、企業のマッチングを行う。最終的には民間が自走していければ」と将来を見据える。また、ワーケーションのノウハウをインバウンド市場での長期滞在化に生かしていきたい考えを示す。

一方、イノベーションのひとつであるデジタルマーケティングについては模索が続いているようだ。中川氏は「行政も事業者も、まずマーケティングを勉強したあとで、デジタル化を進めるほうが効果的だろう。そうでなければ、予算化しても空回りしてしまう」と課題を口にした。

コンテンツツーリズムで訴求力を強化

熊本県には、阿蘇をはじめてとして、熊本城、天草など全国的にも知名度の高い観光地があり、「くまモン」は全国区の人気者だが、さらに県のブランド力を強化する取り組みとしてコンテンツ開発にも力を入れている。

そのひとつがアニメツーリズム。大ヒット漫画「ONE PIECE」作者の尾田栄一郎さんが熊本市出身という縁で、地震からの観光復興事業として「ONE PIECE 熊本復興プロジェクト」を立ち上げた。熊本県庁の「ルフィ像」など県内各地に人気キャラクターの像6体を設置。昨年11月からそれぞれの像を巡るデジタルスタンプラリーも仕掛けた。この取り組みは今年2月28日まで続くが、その後もONE PIECEを復興のシンボルに位置づけるとともに、誘客のフックとして活用していく。

熊本県庁に設置された「ルフィ像」

また、スポーツもブランディングの重要コンテンツとして強化していく。東京オリンピックでは、インドネシアのバドミントン、ドイツの競泳、アンゴラの女子ハンドボールなどの事前キャンプを誘致した。2019年11月から12月にかけては第24回世界女子ハンドボール選手権を県内各地で開催。女子のハンドボール大会として異例の30万人を集客した。寺野氏は「この大会の経済効果も高かったが、何よりも県内の事業者から『インバウンドを迎える自信がついた』という声が聞こえたのが大きい。これが最大のレガシーだろう」と話す。

このほか、国内外で観光と物産を組み合わせたブランディングを展開するほか、教育旅行プログラムとして、熊本地震の震災遺構を巡る防災ツーリズムにも取り組んでいく考えを示す。

着々と復興が進む熊本城。空中回廊も整備され、復興の様子を見学できるようになった。関係人口の創出から移住・定住へ

こうしたコンテンツツーリズムで見据えるのは関係人口の創出だ。「まずは、観光で来てもらい、地域との関係を築き、将来的には移住・定住につなげていきたい」と寺野氏。コンテンツツーリズムは大きな意味で地方創生だと強調する。

中川氏も関係性構築の重要性を説く。地震からの復興で見えてきたのは、「それぞれの施設がファンを作っておくことが非常に大切」であること。「地震後、風評被害で客足が遠のいたとき、ある宿の女将は、これまで宿泊してくれた客と直接コミュニケーションをとることで、復活を早めることができた」という。

また、熊本県観光連盟は、ファンづくりの一環としてガイドの役割を重視する。中川氏は「ガイドはソフトの観光インフラ。県内でのガイドツアーを増やすとともに、新しいガイドの育成にも取り組んでいきたい」と意欲を示す。

最近では、関係人口が移住・定住につながる実例も県内で出てきた。石橋文化が残る山間部の山都町では、県外から若者が移住し、起業するケースも増えているという。町は昨年秋に、地元で立ち上げられたICTサービス会社「MARUKU」と連携し、重要文化財に指定されている通潤橋への誘客を目的に、デジタルスタンプラリーを実施した。移住者が中心になって、町と町外とを結びつける新しい地域活性化の動きが出ている。

熊本県観光連盟の中川専務理事「創造的復興」に向けて、前を向く

地震、コロナ、豪雨被害。「熊本県はトリプルパンチに見舞われた」と寺野氏。それでも、「県外の人からもよく言われるが、熊本の県民性は明るい性格。地震後も、グループ補助金制度があったとはいえ、地元企業の立ち上がりは早かった。コロナでも豪雨でも、前を向いて進んでいくマインドは変わらない」と力を込める。

熊本県観光連盟も、地震の復興途上にあるなかコロナ禍で大きなダメージを受けている県内の観光事業者に向けて、「つなげよう熊本」というメッセージを発信している。中川氏は「熊本の魅力を将来の子どもたちの世代につなげていくために、県民の力を結集して、熊本の観光を支えるムーブメントが必要」と、そのメッセージの意味を説明する。

蒲島知事は、熊本県庁に設置されたルフィ像の除幕式で、「ONE PIECEの主人公ルフィのように決して諦めず、『創造的復興』という夢に向かって進みたい」と挨拶した。また、「ルフィのいいところは、その『無限の楽観性』をもって、友情で仲間を助けながら、冒険をしていくところだ」ともいう。

「どぎゃんかなるて」― 。熊本県は、前を向いて、次世代につながる観光イノベーションを進めている。

聞き手: トラベルボイス編集長 山岡薫

記事: トラベルジャーナリスト 山田友樹

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