2025年10月、チリ南部パタゴニアの景勝地プエルトナタレスで「アドベンチャー・トラベル・ワールドサミット2025(ATWS 2025 Chile)」が開催された。会場には世界約60カ国・地域から、約700名の観光事業者が集結した。
※写真:プエルトナタレス近郊のグレイ氷河。水面上だけでも高さ30メートルに及ぶ氷壁が参加者を圧倒。
アドベンチャーツーリズム(AT)とは、「身体的アクティビティ」「自然とのつながり」「異文化体験」の3要素のうち、2つ以上を含む旅行形態と定義される。特別な体験や高付加価値なコンテンツが多く、環境負荷の軽減や地域コミュニティの維持・発展といった「サステナブルツーリズム」とも密接に関わるのが特徴だ。
ATWSは、1990年設立の世界最大級のAT業界団体「アドベンチャー・トラベル・トレード・アソシエーション(ATTA)」が主催する、ATに特化したBtoB商談会および年次総会だ。ATTAは世界約100カ国に、富裕層を顧客に持つツアーオペレーターや旅行アドバイザー、宿泊施設など約3万人の会員を抱える。2023年には北海道で開催されたことも記憶に新しい。
プエルトナタレスの市営総合スポーツセンター「Polideportivo Municipal」が会場となった
地域経済と共鳴するATの成長性
開会式では、ATTAのシャノン・ストーウェルCEOがATの経済波及効果に言及した。「ATは都市部から離れた地方で、小規模事業者による少人数催行が中心だが、観光収入10万ドルあたり2.6人の地域雇用を生み出している」と述べ、大都市型のマスツーリズムと比較して、地域経済への貢献度が高いことを強調した。
市場規模も右肩上がりだ。ATTAによると、AT市場は2017年の約6830億米ドル(約106兆円)から2024年には1兆1600億米ドル(約180兆円)へと急成長。 一方で、ストーウェルCEOは「人数や金額といった数字だけが重要なのではない。最も重視すべきは、旅行業が地球にとって正しい方向に進んでいるかだ」と語り、サステナビリティの重要性を改めて訴えた。
チリ政府観光局が示す「多角的」なATの可能性
ATWSでは、本会議前に実施される「プリサミットツアー(PSA)」という現地視察が重要な役割を果たす。今回も開催地のパタゴニアをはじめ、イースター島やアタカマ砂漠など、チリ全土を舞台にそのポテンシャルが披露された。
プエルトナタレス周辺で最も人気の観光地の一つグレイ氷河筆者が参加したチリ中央部プコン拠点のツアーでは、ATの「多様性」が色濃く反映されていた。4日間でラフティングやビジャリカ火山への雪山登山(標高差1400メートル)、2日間の長距離サイクリングをこなすハードな行程だ。3要素のうち「自然」と「アクティビティ」に軸足を置いた体力勝負の内容だが、そこに「異文化体験」が巧みに組み込まれていた。
先住民の家庭を訪ねて伝統スポーツや毛糸作りを体験し、食卓を囲む時間。あるいは、欧州系チリ人に受け継がれてきた伝統ダンスを鑑賞し、最後は全員で踊るひととき。これらを通じて、地域の歴史とアイデンティティを深く理解する構成となっていた。
先住民の伝統的な住居での異文化体験。交流のあとには伝統料理が振る舞われた
迫力ある地元の伝統ダンス。参加者も輪に加わり、文化の鼓動を肌で感じるまた、会期中には1日限定の視察ツアー「Day of Adventure (DOA)」も39ルート用意された。「プーマ追跡サファリ」「森林浴」「ガウチョ(カウボーイ)の牧場体験」など、いずれも単なる観光に留まらず、体験を通じて環境保全や地域振興の意義を学べる仕掛けが施されていた。
「ATファミリー」が醸成する共創の場
商談の場では、デジタルの活用と対面の両立が図られた。専用アプリ「ATTAコンパス」によるマッチングに加え、予約制の「マーケットプレイス」、予約不要のフリーブースの3形式で商談が進行した。また、期間中、約15のパネルディスカッションと5つのワークショップも併催された。
参加したバイヤーからは「新規サプライヤー開拓が主な目的」という声がある一方、「同業者が実体験や失敗談を惜しみなく共有してくれる勉強の場。商談と学びが半々だ」という評価も聞かれた。
会場全体を包んでいたのは、競合他社との駆け引きではなく、志を同じくする「ATファミリー」としての連帯感だ。このアットホームな熱気こそが、アドベンチャートラベルが持つ「世界を変える力」の源泉であることを強く実感させるサミットとなった。
閉会式では、次回の開催地がカナダ・ケベック州となることが発表された。恒例の「引き継ぎ式」では、チリとケベック双方の先住民による工芸品が交換され、文化継承の姿勢を象徴した。

