今回のコラムでは、ホテル業界が「旅行市場」から「居住市場」へ進出し始めた背景とそのインパクトについて考察します。
外資系大手の長期滞在ブランド急拡大やブランドレジデンスの最新動向、そして国内勢の参入から見える「宿泊」から「暮らし」へのシフト。日米の市場環境の違いや法規制の課題を整理し、ホテル各社の新たな成長戦略の本質に迫ります。
客室数から「生活時間」の奪い合いへ
ホテル大手の決算資料を追っていると、最近ある言葉が繰り返し登場することに気づきます。「長期滞在(エクステンデッドステイ)」です。マリオット・インターナショナル、ヒルトン、ハイアット、IHGホテルズ&リゾーツなど、各社のアニュアルレポートや決算説明会で、この言葉が戦略キーワードとして浮上しています。単なる客室タイプの多様化ではありません。各社は専用ブランドを新設し、専任チームを置き、開発パイプラインを急拡大させています。
なぜ今、長期滞在なのでしょうか。答えは収益構造にあります。1泊の客を30組獲得するよりも、30泊の長期滞在客を1人(1組)確保した方が収益は安定します。清掃回数やフロント対応も削減できるため、運営効率も向上します。コスト構造が改善される分、投資家(オーナー)の収益性も高まりやすく、デベロッパーを巻き込んだ開発案件が加速しやすい構図があります。ホテル各社は「客室数の競争」から、顧客の「生活時間」を奪い合う競争へ移行しつつあるのです。
さらに先を見ると、長期滞在の延長線上に「ブランドレジデンス」という新たな市場があります。ホテルブランドの名を冠した分譲住宅で、宿泊ではなく「居住」そのものを事業領域とする動きです。長期滞在型ホテルからブランドレジデンスまで、ホテル業界は今、旅行市場の外側へ踏み出し始めています。
マリオットもヒルトンも新ブランド
マリオット・インターナショナルは2023年に新ブランド「StudioRes(スタジオレズ)」を発表し、2025年6月にフロリダ州フォートマイヤーズに1号店を開業しました。2025年末時点で稼働は4施設ですが、パイプライン(開発契約済み・交渉中)はすでに85件に達しています。スタジオレズを含むマリオットのミッドスケール3ブランド(スタジオレズ、シティ・エクスプレス、フォーポインツ・フレックス)は、2025年末に216施設・約2万7000室を擁し、年間で50%超の成長を記録しました。
ヒルトンは2025年7月に「リブスマート・スタジオズ」の1号店をテネシー州タラホーマに開業しました。10泊以上の滞在を想定したミッドスケール長期滞在ブランドで、全室にキッチン・コンロ・食洗機を備えます。225件超の交渉案件を抱え、今後数年で90施設以上の開業を見込みます。さらに2026年1月には「アパートメント・コレクション・バイ・ヒルトン」を発表しました。住宅運営会社プレイスメイカーとの提携でスタジオから4ベッドルームまでを提供し、ニューヨーク、ワシントン、アトランタを皮切りに2026年上半期から予約受付を開始しています。既存の約1万室のアパートメント型客室に加え、3000室規模を上乗せする計画です。
ハイアットの「ハイアット・スタジオズ」は2025年末時点でパイプライン約70件。チョイス・ホテルズの「エバーホーム・スイーツ」も2025年にブランド開設ペースを加速させています。不動産サービス大手CBREによると、米国の長期滞在型ホテルの客室供給は2012年から2022年の10年間で50%以上増加し、年平均成長率7.1%は、ホテル市場全体の3.2%を大幅に上回ります。2022年秋以降だけで5つの新ブランドが相次いで発表されています。
これらのブランドの主要顧客は富裕層ではありません。出張者、転勤者、医療従事者、半導体工場や再開発現場の建設プロジェクト関係者、リモートワーカーです。コロナ禍以降のリモートワークの浸透と米国住宅価格の高騰が、「数週間から数カ月単位で別の都市に住む」という行動様式を定着させ、市場を押し上げています。
長期滞在の先にあるブランドレジデンス
さらに先を行くのがブランドレジデンスです。高級ホテルブランドの名を冠した住宅で、宿泊ではなく住宅そのものを購入・長期賃貸する仕組みです。サヴィルズやナイトフランクの調査によると、2025年のブランドレジデンス市場は前年比約20%増と過去最速ペースで成長しました。フォーシーズンズ、リッツ・カールトン(マリオット系)、マンダリン・オリエンタル、アマン、ウォルドーフ・アストリア(ヒルトン系)などが積極展開を続けており、アジアだけでも2025年上半期に307億ドル(約4.5兆円)相当の供給が記録されています。
購入価格は新興市場では50万ドル台から存在する一方、マンハッタンやロンドンの旗艦物件は数百万ドルから数千万ドルに及びます。比較可能な非ブランド物件に対して25〜40%の「ブランドプレミアム」が生じるとも指摘されており、マンダリン・オリエンタルでは購入者の約95%が同ブランドの宿泊経験者だったとされています。ロイヤルティの高い顧客をそのまま住宅購買へ転換できる――これがホテル会社にとってのブランドレジデンスの最大の利点です。
日本での象徴が麻布台ヒルズのアマン・レジデンス東京です。アマンブランド初の都市型レジデンスで、全91戸の完全招待制。中層階でも20〜40億円、最上階ペントハウスは最高300億円とも報じられています。円安を背景とした海外富裕層の関心も高く、森ビルの辻慎吾社長が「引き合いが大きい」と発言するほど好調な反応を集めています。
日本でも広がる「長期滞在」
国内でも「住むように泊まる」市場は着実に育ちつつあります。共立メンテナンスはドーミーインブランドでウィークリー・マンスリー利用向けプランを展開し、出張やワーケーション、仮住まい需要を取り込んでいます。同社はもともと学生寮・社員寮の運営で成長した企業です。「住む」を支援してきた企業がホテル事業へ進出し、そのホテルが再び長期滞在市場へ接近するという独特のサイクルがあります。MIMARU(ミマル)はキッチンと洗濯設備を備えた客室で数週間単位の滞在を想定しており、訪日客向けのマンスリープランも用意しています。オークウッドや森ビルのサービスアパートメントも同じ流れの中にあります。
日本で米国型エクステンデッドステイ市場がそのまま再現されるとは限りません。単身者向け賃貸住宅の供給が比較的充実しており、「ホテルに住む」必然性は米国ほど高くないからです。それでも、インバウンドの長期滞在需要、半導体工場建設や大型再開発に伴うプロジェクト系の長期出張需要、そして円安を追い風とした富裕層・外国人向けのサービスアパートメント・ブランドレジデンス需要という三つのドライバーが存在します。一方、長期滞在と住宅の境界をまたぐビジネスモデルは旅館業法の規制枠組みと摩擦を生じやすく、制度の明確化が課題として残っています。
競争相手は「他のホテル」だけではない
長期滞在型ホテル、サービスアパートメント、ブランドレジデンスを並べると、一つの共通点が見えてきます。いずれも「一時的な滞在」ではなく「生活の一部」として機能することを志向している点です。
マリオットのスタジオレズは、手頃な価格帯で長期滞在顧客を囲い込む戦略。ヒルトンのアパートメント・コレクションは住宅運営会社との提携で資産を持たずに住宅市場へ参入する戦略。アマン・レジデンス東京はホテルブランドの信頼を住宅購買体験へ直接移植しました。手法は異なりますが、「旅行者の宿泊先」という枠を超えた事業拡張という点では、同じ方向を向いています。ホテル会社が競争している相手は、もはや他のホテルだけではありません。賃貸住宅であり、サービスアパートメントであり、場合によっては分譲マンションでもあります。
決算書に頻出する「長期滞在」という言葉は、単に新商品開発の話ではありません。ホテル業界の成長戦略そのものが変化し始めていることを示すシグナルです。ホテルに「泊まる」のではなく、ホテルと「暮らす」時代が、静かに始まっています。



